漫画版かたかわ連載一周年記念:7.5話『荷造りさせてくれない一葉さん』
「……どうしてこうなった」
俺こと吉住勇也は自室のベッドに腰かけながら自嘲気味に呟いた。学校から帰宅したら両親が借金を残して海外へ逃亡。そこに借金取りのタカさんがやって来て人生終了したかと思ったら日本一可愛い女子高生に選ばれた一葉楓さんが突然訪問してきて借金を肩代わりすると言い出した。もう何が何だかわからない。
「理解が追いつかない……というかツッコミ役が俺一人じゃ足りない」
こういう時に必要なのは常に冷静かつ的確にボケを処理できる人物だ。俺の知り合いの中で言えば二階堂がそれに該当すると思うが、さすがに彼女でも理解できずに脳がパンクするだろうな。
「それにしても、いきなり荷造りしろって言われたけど何から始めたらいいのかさっぱりだな」
身体を倒して天井をぼんやり眺める。一葉さんは〝最低限の荷物〟と言っていたけど、何を持っていったらいいんだろうか。というかそもそも荷物をまとめる段ボールも何もないんだけど。
「勇也君、失礼します! スーツケースと段ボールのお届けに参りました!」
まるで俺の思考を読んだかのように、一葉さんと初老の男性が荷造りに必要な物を持って俺の部屋にやってきた。
「ありがとう、一葉さん。でも人の部屋に入る時はノックくらいしてほしいかな?」
あまりに自然な侵入だったので忘れそうになるがここは俺の部屋。幸いなことに床に物は散らばっていないし見られて困るようなものは目につくような場所に置いていないからよかったものの、もしそうじゃなかったら発狂していたところだ。
「まぁまぁ、細かいことは気にしないでください! これから一緒に暮らすんですからこういうことはきっと何度もありますから!」
「一緒に暮らすからこそ気を付けてほしいかな!?」
そもそも自分の部屋があるかわからないけど、もしあるなら鍵を用意した方が良さそうだ。この調子でいくと俺のプライバシーがなくなってしまう。
「それはさておき。とりあえず荷物をここに詰めていってください。今日のところは着替えを中心にして、残りは後日にしましょう」
「……わかった」
さておかないでほしいところではあるが、時間も惜しいので早速準備に取り掛かる。マストは学校生活に欠かせない制服類、次いで下着を含めた部屋着の類か。いくら明日は休みだからと言ってもこの辺がないと話にならない。
「秋穂ちゃんから聞いてはいましたけど、勇也君は本当にラノベや漫画が好きなんですね!」
「……何をしているのかな、一葉さん?」
「あっ、この漫画サッカー漫画なら知っています! 最近アニメ化もしましたよね? 観てみましたがすごく面白かったです!」
すごく面白いですよね、と言いながら本棚から一巻を手に取ってパラパラと読み始める。一葉さんのような人でも漫画とかアニメを観るんだな。
「こっちにあるバトル漫画は秋穂ちゃんに勧められました! 推しキャラがスルッと消えていくので鬱になるぅって言っていました」
「それは……勧めているって言うのか?」
あの人ことだから、どちらかと言えば同じ苦しみを味わう同志を作りたいだけの気がする。ちなみに一葉さんのいう〝秋穂ちゃん〟とは俺の親友の日暮伸二の恋人の大槻秋穂のことである。
「こっちにある漫画はラブコメですね! これも秋穂ちゃんに勧められて読んだんですよね」
そう言って一葉さんが本棚から抜き取ったのは中学生の男女が織りなすピュアなストーリー展開がヤバい奴な作品だった。これを勧めるとは、大槻さんは中々いいセンスをしていると思う。
「傷つくのが怖くて踏み出せなかった主人公の男の子が勇気を出して一歩を踏み出すシーンはとても感動しました! これを読んで私も頑張らないと! って思ったんですよね」
感慨深そうに一葉さんは話しているが、何をどう頑張ろうと思ったのかは聞かない方がいいだろう。
「でも私の計画は始動する前に破綻してしまいましたけどね。まぁ結果的にはこれ以上ないくらい距離を縮められたのでオッケーです!」
「孫〇空もびっくりの瞬間移動だったよ」
ただ一葉さんが来てくれなかったら俺の人生は終わっていたので感謝の言葉しかない。まぁ条件が一緒に暮らすことって言うのは未だにどうかと思うが。
「勇也君の一般的な趣味がわかったところでそろそろお手伝いしますね!」
「いや、別に手伝いは特にいらないけど……」
むしろ部屋から出て行ってくれた方が助かるのが本音だ。一葉さんがいると気が散って進むものも進まないし見られたくない物を見られてしまう危険性もある。
「水臭いことを言わないでください。そもそも荷造りをお願いしたのは私なので手伝う義務があります!」」
ぐいっと身を寄せながら力強く主張して来る一葉さん。そのせいで豊潤に実ったたわわな果実が目と鼻の先に現れて俺の心拍数は加速度的に上昇して大変なことになる。
加えてつい先ほど蕩けるような抱擁をしてもらった時には気にも留めなかった感触が今になって蘇ってきて身体も熱くなってくる。
「フフッ。どうしたんですか、勇也君? 顔が真っ赤になっていますよ?」
「だ、暖房が効きすぎているのかな!? なんか急に熱くなっちゃって……」
我ながら頭の悪い言い訳を口にするが、そもそもこの部屋に暖房器具の類は一切ない。
「エアコンはついていないしストーブ等の器具もないのに暖房のせいにするなんて……勇也君は面白いことを言うんですね」
「大丈夫! ホント、大丈夫だから! 一葉さんが離れてくれたらすぐに収まるから!」
小悪魔を通り越して精気を根こそぎ吸い尽くす夢魔の女王のような艶のある笑みを浮かべる一葉さん。ダメだ、これ以上彼女の顔を直視していたら俺の心臓が持たない。
「勇也君がナニを考えているかはおいおい追及するとして、とりあえず手を動かしましょうか」
「誰のせいで手が止まっていたと思っているんですかね?」
「さすがに下着類を私が触るわけにはいかないのでそちらは勇也君に任せますね。私はベッドの下などを確認させていただきます!」
「…………はい?」
突然何を言い出すんだ、この美少女。どこを確認するだって? 俺の聞き間違いじゃなければベッドの下を確認するって言っていたけど気のせいだよな?
「古今東西、男の子が見られたくない物を隠す場所はベッドの下だと相場が決まっています! なので私がチェックします!」
「よし、今すぐ口を閉じようか! そして回れ右して部屋から出て行ってくれ!」
「そうやって慌てるってことはベッドの下に見られたくないものが隠してあるってことですよね? なら是が非でも確認させていただきます!」
名探偵もびっくりのガバガバ推理をドヤ顔で口にした勢いそのままにベッドの下を覗こうとする一葉さん。人の秘密を暴きたくてしょうがない怪盗さんの頭に優しく手刀を落とす。
「痛いっ!? もう、何をするんですか勇也君!」
「それはこっちの台詞だからね? 厚意を通り越して悪意を感じるからやめてくれ。荷造りは俺一人でやるからリビングでテレビでも見ながら待ってくださいお願いします」
「いいじゃないですかぁ! これから一緒に暮らすんですから少し早くなるくらいの誤差ですよ! それにさっきも言いましたけど、私は勇也君の性へk……ではなく趣味が特殊であっても期待と希望に応えてみせます! ですから───」
暴走機関車と化した一葉さんの頭に今度は少し強めの手刀を落とす。まさか一葉さんが口を開くと残念美人と化すとは。みんなが知ったらどんな反応をすることやら。まぁ恐らくギャップがあっていいとさらに人気が出るだろうけど。
「うぅ……勇也君のいけずぅ。どうしてそこまでひた隠しにするんですかぁ」
頭を抑えながら涙目で訴えて来る一葉さん。美少女の上目遣いの破壊力に気圧されて思わずごくりと生唾を呑みつつ、
「そ、そういうことはもう少しお互いを知ってからにしよう! 俺だってその、恥ずかしいから……」
まさかこの場で『一葉さんは俺の性癖ど真ん中です』なんて言えるはずがない。まぁ一生口にする機会はないと思うけど。
「……わかりました。そういうことでしたら今日のところは退散します。大人しくリビングで待っているので終わったら声をかけてくださいね」
「う、うん……わかった。なるべく早く終わらせるようにするから」
「急がなくても大丈夫ですよ。忘れ物だけはしないようにしてくださいね?」
ついさっきまでの暴走がまるで嘘のように落ち着いた態度を見せる一葉さん。その様子にわずかな戸惑いを覚えつつも俺が頷くと、一葉さんは満足そうな表情を浮かべて部屋から出ていった。
やれやれ、ようやくこれで落ち着いて作業が出来るな。そう心の中で安堵のため息をついていると再び扉が開き、一葉さんがひょっこり顔を覗かせた。そして、
「その日が来るのを楽しみに待っていますね、勇也君」
とびきりの小悪魔スマイルに俺の心臓がどうなったかは言うまでもないだろう。
【書籍化】両親の借金を肩代わりしてもらう条件は日本一可愛い女子高生と一緒に暮らすことでした。 雨音恵 @Eoria
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。【書籍化】両親の借金を肩代わりしてもらう条件は日本一可愛い女子高生と一緒に暮らすことでした。の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます