第6話:頭のネジをどこかに忘れてきた家族

 俺が、一葉さんと同棲するだけじゃなくて来年には結婚!? 婿入り!? うちの両親はそれを許可したの!? あっ、ばっちり署名されてから二つ返事で了承したのか。笑顔でサインしているクソ親父と無駄に笑顔で「これでユウ君も幸せになれるわぁ」とかのんきに言ってる母さんの顔が浮かんでくる。


「安心してください。私としては勇也君を養っていくつもりですがそれでは気が済まないという立派な精神を持っている勇也君には婿入り後は父のそば付きとして働いてもらい、行く行くは一葉グループの社長になっていただきます。これは決定事項です」


 どうなってんだよこの親子は!? 家も家だが一葉家も一葉家だ! 顔を合わせたことのないただの高校生の俺と大事な一人娘の結婚を許した上に俺を次期社長にするとかどう考えても頭のネジが吹き飛んでいるとしか思えない。


「あなたのご両親、私の両親、双方が許可をしたのです。そして勇也君。残念ながらあなたに拒否権はありません。もし断れば……どうなるかわかりますね?」


 あぁ。なんとなくわかる。俺は間違いなく一葉グループの社員として奴隷のように働かされるのだろう。もしくは漫画の世界のように地下行きになるのだ。死ぬまで太陽を拝めない地獄の日々が俺を待っている。


「フフフ。さすが勇也君。察しがいいですね。拒否すればあなたは私専用の執事として一生そばに居てもらいます。執事ですからね、キスはおろかエッチなことなどできません。私が無防備な姿を晒してもあなたは手を出せない地獄を味わうのです」


 地獄は地獄でも違う地獄だった。一葉さんの口からキスとかエッチとか聞く日が来るとは思っていなかったが、顔を真っ赤にしていることから大分無理をしているのだろう。執事としてお嬢様に仕えながら禁断の愛に堕ちていく。悪くない。


「ダメです! 禁断の愛には堕ちません! それはそれで悪くないですが、やはりそこはその……やっぱり……純愛がいいといいますか……堂々とラブラブしたいといいますか……」


 何この人すごく可愛いんですけど。学校での一葉さんはいつも凛々しいし、清廉潔白だし、高潔でクールな人ってイメージだったけど、今の彼女はそんな様子は微塵もない。可憐にして純潔。まるで少女漫画をこよなく愛する女の子ようだ。外見と立ち振る舞いが一致していないから盛大なギャップを生んでいる。そして男とはギャップに弱い生き物だ。


「わ、わかった。その話、受けるよ。そもそもわざわざ断るような話じゃないし、俺にとっては奇跡のような申し出だからね。一葉さんのような人と一緒に暮らせて結婚だろう? 夢のような話じゃないか。最高かよ」


 努めて明るく振る舞って。俺は湯のみの茶を飲み干した。ツッコミで乾いた喉に沁み渡る。早鐘を打つ俺の心臓に落ち着きをもたらしてくれる。


 あぁ、言っちまった。勢いに身を任せて同棲からの婿入りの話を当事者である俺も了承してしまった。でもこれでいい。一葉さんのような超絶美人と同棲出来て結婚、いずれは社長のいすが待っている。だからこれでいい。別に寂しくなんて―――


「勇也君! どうしたんですか!? どこか痛い所でもあるんですか!?」

「……え? どうしたの、一葉さん。俺は別に痛い所なんてどこも……」

「ならどうして……勇也君は泣いているんですか?」


 頬を触る。指が濡れる、冷たい感触があった。おかしいな。馬鹿な両親から解放されて自由になれたのにどうして涙が止まらないんだろう。どうして胸が張り裂けそうになるくらい痛くて苦しんだろう。どうして―――


「大丈夫です。大丈夫ですよ、勇也君。私がそばに居ますから。ずっと、あなたのそばに居ますから」


 気付けば俺は一葉さんに抱きしめられていた。優しく、小さな子をあやすように背中をさすりながら声をかけてくれる。慈愛に満ちたその声音。俺は思わず彼女の腰に腕を回してぎゅっと抱きしめ返す。


「今まで辛かった分。これから幸せになりましょうね、勇也君」


 女神さまの抱擁はとても気持ちが良かった。このまま溶けてしまいたいくらいだ。


「落ち着いたら荷造りしてください。このお家は取り壊しますから」


 なんて幸せな気分を味わっていたら現実に引き戻された。え、この家なくなるの? 嘘でしょう?


「一度更地にしてから家を建て直して貸家にします。その家賃収入も私達の懐に入ります。あぁ、私達の愛の巣なら大丈夫です。すでに用意していますから。幸いないことに明日は土曜日で学校が休みなので、色々買い物に行きましょうね」


 俺は鼻水をすすりながら頷いた。ヨシヨシと笑顔で頭を撫でてくる一葉さん。一体全体何がどうなっているのやら。


俺の身体にもしっかりダメ親父の血が流れているらしく、ギャップ萌えにやられた勢いで人生を左右する大事な決断をしてしまったのかもしれない。

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