3.続いていく道

「お会計888円になります」


 コンビニバイトをしていると時々遭遇する、ゾロ目のお会計。なんてことはない日常なのに、ほんのちょっとハッピーな気持ちになる瞬間。


「末広がりの八で、なんだか縁起がいいね」


 お客さんも、同じように思うタイプの人だったみたいだ。それだけで、心が通ったような気がして嬉しくなる私は単純なんだろう。


「戸井田さん、そろそろ上がっていいよ。今日もお疲れ様」


「はい、ありがとうございます。お疲れさまでした」


 店長から声をかけられ、スッとバックヤードに下がった。


「疲れたなぁ」


 今日もよく働いた。仕事としてがんばっている社会人の人は尊敬する。私はこんな短時間ですごく疲れてしまうし、作っていた笑顔の跡が上手く戻らなくて、頬がちょっと痛い。


「お疲れさまでしたー」


 タイムカードを切って、また一声かけてコンビニを後にする。


 コンビニの外はもうずいぶんと寒くなっている。もうすぐ冬がやってくる。コートをそろそろ出そうかなと考えつつ、カバンからスマホを取り出して、時間と通知を確認した。


『今晩は。俺は今日はふろふき大根を作ってみました。


冬にはちょっと気が早いかもですが、立派な大根をもらったので。


戸井田さんもしっかり栄養をつけて、年明けの試験がんばってくださいね』


 鈴木さんから連絡が来ていた。


 画像も送られていて、大の字に寝そべったような形の大きな大根が写されている。


「ふふっ」


 こんな大根、スーパーには絶対売ってない。


『今晩は。すごく立派な大根ですね。


冬はもう少し先みたいですけど、もうかなり寒くなってきて、バイトの帰りで手がかじかんじゃいます。


今日も帰ったらビシバシ勉強しますよ。


鈴木さんもお身体気をつけて』


 そう返事を送信して、空を見上げる。


 薄い雲が月にかかっていて、こういうのって風情があるって言うのかな。


「上手く写らないなぁ」


 なんとなく写真を撮ってみたけれど、雲の感じが写せなかった。


 今年から始めたコンビニのバイトで、いろんなお客さんと知り合った。親切な人もいたし、不親切な人もいた。怒鳴ってくる怖いお客さんもいたし、仲良くしてくれるお客さんもいた。


 鈴木さんは、良い方のお客さん。優しくて、時々冗談を言ったりして、緊張しっぱなしだったバイトの時間が和んだりした。


 連絡先を渡された時はすごく困ったけど、一生懸命な感じがして真剣に受け取らなきゃなって気持ちになったっけ。


 私が行ったことのない、見たことのない場所に鈴木さんは引っ越して、でもなんだか楽しそうにしている姿を時々連絡してくれる。


 それに私が看護師になるためにがんばっていることも応援してくれる。私は学生で、社会に出て仕事をする苦労がまだ分からないけど、きっと鈴木さんの方が大変なはずなのに。


 小さい時、盲腸で入院した私に優しくしてくれた看護師さんの姿に憧れて、私もあんなふうに誰かに安心を与える仕事に就きたいって思ったのがきっかけだったな。もう名前も覚えてないけれど、私の心にそのあったかさはまだ残っている。


「あとちょっとか~」


 試験までもう少し。やれることは全部やりたい。帰ったらご飯を食べて、お風呂に入って、それから勉強だから……。


 考え事をしていたら、スマホが震えた。


『お隣さんにおすそ分けに行ったら月があんまり綺麗だったんで、写真を撮ってみました。


戸井田さんの夢、応援しています。でも、あんまり夜更かしするのは身体によくないですからね。


では、おやすみなさい』


 真っ黒い夜空に、月だけが爛々と光って写った写真が送られてきた。


 同じ時間に写真を撮っていたのかと思ったら、なんだか嬉しくなった。この綺麗な月を見ていたのは私だけじゃないんだ。


 鈴木さんだけじゃない。きっと名前も知らない、住んでるところも知らないような人たちが、私と同じようにこの月を見上げているはずだ。


「よーし、今日もがんばろっ」


 月明かりが照らす道がどこまでも続いていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

半年間で配信者のトップになった俺が捨てた羞恥心 燈 歩(alum) @kakutounorenkinjutushiR

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ