8.目の前の残骸
適当な理由をつけて会社を休んだ。結局昨夜は一晩、トイレとよろしくやっていて、立ち上がる気力もなかった。
会社がゴタついているために理由を深く突っ込まれなかったのが幸いだ。誰も俺なんかに構っている状況じゃないんだ。
「きもちわりぃ……」
うっすらと埃が積もった床に身体を横たえる。目だけで部屋を見れば、ビールの空き缶の山。その向こうに乱雑に脱ぎ散らかした洋服。机の上には空になって倒れたワインボトルとコップ。
どうしてこんなふうになっちまったんだ。
昨日の配信を思い出してまた吐き気を覚える。
あんなたった1人の言葉で、こうも変わってしまうものなのか。俺を愛し、崇拝していたリスナーは脆くも崩れ去った。重課金勢を失うのはデカいが、また新しく1位を獲ればいい。
たったあれだけのことでそっぽを向くような連中は、俺の方から願い下げだ。
「俺はFORKで1位の配信者だぞ」
気持ちに反して声は震えて弱々しく、情けなくて惨めだ。
いくら頭の中でそんなことを考えても、リアルを打ちのめされた俺はナメクジのように地を這っている。ネットとリアルを切り離せなかったその部分が俺を悩ませている。いや、これは切り離してしまった部分がそら寒いせいだろうか。
この半年間、俺は何をしてきたんだろう。何を見てきたんだろう。何を得てきたんだろう。何を捨ててきたんだろう。いつから変わってしまったんだろう。誰かが悪いんだろうか。俺自身の問題なのだろうか。
鉛が詰まった頭では何も考えられない。考えたくない。
―――――
張り付くような喉の渇きで目が覚めた。断末魔のような無視のできない痛みだった。カーテンを透かして見えるオレンジが、俺を責め立てている。
身体を起こしてみるとひどい空腹を感じた。あんなことがあったって、腹が減るのか。なんて、当たり前の感想が自分から湧き上がってくる。
「みず……」
蛇口を開け、コップを満たして一気に飲んだ。飲み下すそばから消えてしまうような錯覚を覚えて、結局3杯たっぷり飲んだ。無味無臭の透明な液体が、身体の隅々まで運ばれていくのが分かるようだった。
一息つくと、異臭が気になってくる。自分の汗や脂、ワインの腐臭、空き缶から立ち上る刺激臭、コンビニ弁当から発せられる生ごみの臭い。生活感のある臭いではない。自分がないがしろにしてきた現実そのものが腐っているような、そんな気がしてくる。
「ほんと、なにしてんだろうな」
吐き出した声はカサカサとしていたが、言葉に輪郭があった。
自虐でしかないが、呟かずにはいられなかった。
換気扇を回し、服を脱いで洗濯機を回す。乱雑に脱ぎ捨てていた服も拾い上げ、ぐいぐいと洗濯機へ押し込んだ。机の上を片付け、ボトルを水ですすぐ。コップを洗って、浴室の扉を開けた。
降り注ぐ熱い湯を頭からかぶり続けていると、良いも悪いも全部流れていくような気がした。
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