後編



 むかしむかしのそのまたむかし。

 あるところに、とってもわんぱくなしょうねんがおりました。


 しゅういのこどもたちにくらべてはやくせいちょうしたしょうねんはだれよりもげんきでだれよりもべんきょうがとくいでありました。


 あるとき、ひとりのしょうじょがいいました。


「あたしはあなたがしらないことをしっているわ」


 じぶんがしらないことをめのまえのしょうじょがしっているはずがない。そうおもったしょうねんは、しょうじょにいいました。じゃあ、しょうめいしてみろよ。と。


 しょうねんのことばをまっていましたとばかりにしょうじょはいっさつのほんをとりだします。みんながだいすきなまんがです。ですが、えがちがっておりました。


 ふしぎにおもいながらもそのほんをよんだしょうねんは、

 そのひから……。



 ※※※



 事の発端は、悟空さんが平天さんに謝罪した事件の前日にまで遡ります。

 そうです。悟空さんが上半身裸で如何にして帰れば良いか悩んでいた日で御座います。あの日、なんとか服を手に入れた悟浄さんの上着を強奪した悟空さんは急いで隣町にまで出掛けていったのです。

 まるで違法薬物を手に入れようと企む犯罪者のように周囲を確認し続ける悟空さんが入っていったのは一軒の本屋でありました。ただし、普通の本屋では御座いません。アニメや漫画といったサブカルに特化した本屋さんで御座いました。


 悟空さんも漫画は嗜まれます。ですが、それは誰でも名前くらいは聞いたことがある作品を、それも他の人の漫画を借りて読んでいる程度でありました。そんな悟空さんが入るには不似合いな本屋へ、悟空さんは我が物顔で入っていきます。外での不審な動きが嘘のように生き生きと。


 悟空さんは、たくさん漫画が並べてある棚を気にも留めずに、駆け上がるように二階へと上がっていきました。

 そこには一階同様にたくさんの本が陳列されておりますがその様子が異なります。一階に並べられていた文庫本に比べて随分と大きく、そしてなにより薄いのです。


 そうです、所謂同人誌と呼ばれる本に御座います。

 様々な人々が自身の思いを形にし発行している同人誌。そのなかには原作が存在しているものもあれば、作者オリジナルな作品も御座います。

 更に三階へあがれば、そこにはアダルティな作品が陳列されているのですが、悟空さんはそちらには興味がない御様子。


 女性のお胸が大きく描かれている、つまりは男性向けな絵には一切興味を示さずに悟空さんが向かったそこは。

 一般的な空気とは異なる空間の中でもまた異質。周囲に入るのは悟空さんをのぞけばみな女性しかいない。そうです。女性向けのエリアでありました。


 そこで悟空さんは数冊の同人誌を手に取ります。とても真剣な瞳を以てして。

 はじめは男性である悟空さんの侵入に驚く周囲の女性たちでありましたが、悟空さんのその瞳に同士であるとすぐさま察知し、何食わぬ顔で戦場へと舞い戻るのです。


 だからこそ、周囲が自信を意識していないと分かっていたからこそ悟空さんは見逃したのであります。

 本では無く、彼を見つめるたった一人の存在を。


「やあ」


「ッ!!」


 厳選に厳選を重ねた数冊を購入した悟空さんが本屋を後にしてすぐのことでありました。悟空さんの道を塞ぐようにして待っていた一人の女性。そうです、三蔵さんで御座います。


美猴びこう悟空ごくうだね」


「生徒会長様が何の用だよ……」


 然しもの悟空さんであっても三蔵さんの存在を知らないはずが御座いません。突如として現れた生徒会長に悟空さんは警戒を最大にまで高めるのでありました。


「服は着替えているぜ? 寄り道じゃねえただの買い物にまで口出すのかよ、生徒会ってのは」


「まさか。いまの私はただの金蟬子こんぜんし三蔵さんぞうでしかないよ」


「そうかい。じゃあ、あばよ」


 買い物袋を抱え込み、悟空さんはその場を後にしようとするのですが、それを三蔵さんが邪魔されるので御座います。


「何のつもり」


「その袋」


「ッ」


 抱え込んで見えないようにしているのものの、悟空さんが持っている袋は店のロゴが印刷された印象的なもので御座います。いつもであればマイバッグを持参するのですが急いでいた本日は失念するというミスを犯していたので御座います。


 見る人が見れば、どこで購入したかすぐさま分かる袋に。されどもまだ悟空さんは取り乱しません。


「ああ、そこの本屋でな。漫画だよ、ただの」


 隠してしまえばより怪しまれてしまう。

 悟空さんは正直に話すので御座います。重要な要素だけを排除して。


「俺だって漫画くらい読むぜ? もう良いよな、買った漫画をはやく読みたいんだよ、こっちは」


 完璧だ。

 悟空さんは勝ちを確信して三蔵さんの隣をすり抜けます。今度は邪魔しようとしない三蔵さんの態度に悟空さんの確信はますます確固たるものになりました。だからこそでしょう。

 その余裕がいけなかったのです。


 普段なら見る気も起きない三蔵さんのほうを、少しだけ。

 少しだけ、見てしまったので御座いますから。


 いえ、正確には

 彼女が手にしていた一冊の本を。


 見てしまったので御座います。


「天竺先生の限定本ッ!? なんでてめぇがそれ、あ……ッ!」


 声に出したときにはもう遅い。

 恐る恐る見上げた悟空さんの視界に映り込むのは、

 そこに居たのは、


「やっぱり……ッ!!」


 まるで少年の如き瞳をお持ちになった三蔵さんなので御座いました。



 ※※※



「はやくしろや!!」


「ん~……、もうちょっとだから……」


「もう三十分だぞ!」


「動いたら駄目だって」


 すでに何度目か分からないやり取りに悟空さんのイライラは積もるばかりでありますが、それでも彼は動こうと致しません。

 日常生活ではどこで使用するか分からない謎のポーズを取ったまま、彼はじっとしているので御座います。そうです、絵のモデルをなさっているのです。


「うん、悟空は筋肉の付き方が綺麗だからモデルには最適だよね」


「そう、かよ……!」


 同じ格好をとり続けるということは普通の人間であっても辛いことで御座います。それが落ち着きのないことで有名な悟空さんであればなおさらのこと。

 それでも悟空さんが三蔵さんの言うことを聞き続けるのは、


「限定本も含めてちゃんと私が描いたものは全部あげるから。もうちょっとだけ頑張ってね」


 悟空さんがなにより愛してやまない一人の作者が居りました。

 繊細な描写で、絶妙な二人の距離感を描く同人誌界の麒麟児。イベントでも作者本人が出てくることはなく、その存在自体が都市伝説と化している作家天竺。その正体こそが三蔵さんなので御座います。

 天竺先生の本は瞬く間に売り来てしまい、過去の作品に至っては手に入れることは不可能に近いものまで存在しているとか。


 天竺先生が、いえ、三蔵さんが存在を隠しているのは、学校にバレてしまうと都合が悪いから。所謂成人向けの作品も描いていられるのが理由でありましょうか。


 それ故に、三蔵さんは同好の士というものを持ちません。

 そして、それは悟空さんとて同じ事。


 腐女子という言葉が比較的一般化して幾日が経ちましょう。

 まだまだ市民権を得ないなかで、腐男子というものはそれは肩身が狭いので御座います。それも、悟空さんがそうであることが周囲にバレてしまえば。


 理由は異なれど、同好の士を持ちたくても持てなかった二人が、ここに出会ったことはまさしく運命なのかもしれません。


「悟空!! これ! これ!!」


「鉄扇先生の最新刊!! おっま! よく買えたなッ!」


「一緒に読もうっ! ねっ! いいだろう!!」


「一人で読みたいからあとで貸してくれ」


「悟空が冷たいぃぃ!」


 周囲の人々は悩み続けました。

 どうしてあの悟空さんが三蔵さんの言うことを守るのか。どうしてあの三蔵さんがあの悟空さんを傍に置き続けるのか。


 そんな周囲のことなど気にも留めず、今日も生徒会室で二人。秘密の会合は開かれるのでありましたとさ。


 めでたし、めでたし。



 ※※※



 ところで、思ったのですが


「どうかしたかな」


 悟空さんに掃除させたり、ちゃんと謝らせたりする意味はあったのでしょうか?


「しっかり真面目になったとアピールしておかないと彼を後期の生徒会メンバーに推せないじゃないか」


 ああ。そういうことでしたか。

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私立童話之高等学校見聞録 @chauchau

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