幕間ー赤い龍の力を持つ男

 どこまでも続く鉛色の空の元、荒野を進む軍があった。その旗印は羽を広げた龍。中央の男は豊かな黒い巻き毛を風になびかせ、漆黒の鎧を身につけている。肩にかけた艶やかなビロードのマントは血のような赤い色をしていた。装甲をつけた黒い馬に乗り、真っ直ぐ前を見据えて進む姿は恐怖そのものを体現しているように見えた。背後に続く将兵たちは言葉を忘れたようにただ無言だった。死者の葬列のような行軍は東へ向かっていた。

荒れ果てた大地の先に輝く光が見えた。それは艶やかな金色の髪の男が身につけた美しい銀色の鎧が放つ光だった。東からやってきた軍勢には月の旗印がなびいている。ビザンツ帝国を滅ぼしたオスマントルコの軍であった。荒野を埋め尽くすその数2万。龍の軍勢は100にも満たない。トルコ軍を率いる金髪の男の顔は憎悪と怖れに歪んでいた。この勝敗明らかな戦いに一体何を怖れているというのだろう。側に控えるイェニチェリの少年は不思議に思った。両軍は荒野の真ん中で対峙した。


「なぜだ、お前はなぜ死なぬのだ、ヴラド!」

 金髪の男が絶叫する。

「やはり軍を率いていたのはお前か、ラドゥ・・・俺は死なぬ、我が国土を蹂躙するオスマントルコを殲滅するまではな」

 ヴラドと呼ばれた黒髪の男は目を見開いた。その瞬間、深い闇を映したかのような黒い瞳が赤く染まった。ラドゥが攻撃を命じた。トルコの騎馬隊が土埃を巻き上げてヴラドの軍に突進する。兵の雄叫びが大地を揺るがす。


 ヴラドは微動だにせず、腕を天に向かって突き上げた。ヴラドの身体から赤い影が立ち上る。それは瞬く間に羽を広げた龍の姿を為した。トルコの軍勢は龍の姿を見て恐れをなし、口々に神の名を叫んだ。逃げ出す間も与えず、龍は一陣の紅い疾風となり軍勢を襲った。兵達の悲鳴が響き渡り、やがて何も聞こえなくなった。風が去ったあとは無数の屍が無残な姿を晒していた。ヴラドは血に濡れた大地に馬を踏み出した。かろうじて生き残ったトルコ兵は戦意を消失し、次々にヴラドに跪いていく。背後に控えていたトルコ兵も馬から下り、皆大地にひれ伏した。彼らの目には一切の生気が無かった。何者かに魂を抜かれたような虚無の表情で闇の王に祈りを捧げていた。ヴラドの顔に勝利の喜びは無かった。

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