【27】 トゥルゴヴィシュテ キンディアパーク

 空を見上げれば、月が輝いている。大きく枝を広げる木々の隙間から青白い光が差し込んでいた。エリックはからくり箱から片目のレンズを取り出す。亜希とシュテファンは周囲に白装束の男たちが潜んでいないか様子をうかがった。

「あっ」

「何!?」

 エリックの言葉に亜希とシュテファンが振り返る。

「スコップを忘れましたね」

「・・・そうね、何も用意していなかったわ」

「場所だけ分かれば昼間に掘り出しに来ればいいんじゃない?」

「でも、奴らに取られてしまうんじゃ・・・」


 建設的な答えは出なかった。しかし、せっかく夜の公園まで忍び込んだのに何もせずに帰りたくないと皆が思っていた。エリックは気を取り直してレンズを月の光に掲げた。月の光がレンズに集まる。その光が不思議な反射を見せ、上空を射した。光が射す方に、大きな木の幹があった。3人で木に近づいてみる。足下には太い根が絡み合いながら地中深く根を生やしているようだ。

「これを彫るには鍬が必要じゃない?」

エリックが絡み合う木の根を掴んでみるが、びくともしない。

「あ、これみて」

 木の根の隙間から白いものが覗いている。なんとかずらしてみれば、それは大理石のかけらだった。大部分が地中に飲み込まれている。

「この木よ、この辺はきっと泉の跡だったのよ」


「ところで、光は上空を射していたよね」

 シュテファンが呟いた。上空を射した光がこの木を示した。なぜ地中ではなく、上空だったのだろう。エリックが少し離れて木の幹を見渡した。光が射した辺りを見つめている。

「はしごが必要かもしれない」

「どういうこと?」

 亜希には意味が分からない。


 園内の造園用の資材倉庫に立てかけられていた長いはしごを持ってきた。狙いを定めた木に立てかけ、亜希とシュテファンがそれを支える。

「こんなこと昼間にはできなかったね」

「これは警備員を呼ばれてしまうね」

 亜希とシュテファンはエリックの姿を見つめている。エリックは木の幹をトントン叩いて何かを探している。ふと、音の手応えが違う部分があった。ポケットナイフで切れ目を入れ、木の皮を剥いだ。

「あった・・・!」

 エリックが木のうろから杯を取り出した。中には黒いサテンの巾着が入っていた。杯を持ち、はしごを降りてくる。

「ありましたよ」

「すごい、本当にあったんだ!」

 亜希もシュテファンも宝物の発見にテンションが上がっている。黒い巾着の中身はピンク色の水晶だった。


「これで水晶が3つ揃ったね」

「でも、何故木の根ではなく幹に隠してあったのかな?」

「500年以上の月日で、木の根から吸い上げられて幹の中に移動したのでしょう。」

 エリックがバッグから取り出したハンドタオルで泥を落とすと、杯は金色に輝いた。龍の紋章の刻印もはっきりと分かる。

「これも貴重なものね」

「博物館に寄贈したいところだが・・・」

 不意に森がざわついた。木の幹の裏から白装束の男が現れた。エリックと亜希、シュテファンは身を寄せる。白装束の男は全部で10名、周囲を囲まれた。


「エリック、どうしよう?」

「広いから走って逃げようと思っていたのですが、今回は人数が多いですね」

「それは相手も考えるでしょう」

 亜希は思わずツッコミを入れた。

「エリック、その水晶貸して!」

 エリックがこれまで集めた水晶と、先ほど手に入れた水晶を合わせた3つをシュテファンに手渡した。シュテファンは水晶を握り、何やら念じている。白装束の男たちはその様子を見て、警戒して距離を詰めるのをやめた。シュテファンは眉根を寄せて厳しい顔をしているが、何も起きない。

「うう、私じゃダメだ・・・」

「もう、ダメでも演技しなきゃ」

 亜希が小声で囁くが、白装束の男たちには何も起きないことがバレてしまったらしい。またじりじりと距離を詰めてくる。


「手に入れたものと龍の紋章の本、女を渡せ」

 男の一人がエリックに手を差し出す。もう片方の手にはカーブを描くナイフを持っている。ナイフを突きつけられ、エリックは仕方なく金の杯を渡した。杯自体は本に隠された謎を解く鍵には関係ない。男が杯を背後にいる男に投げてよこした。

「これまでに手に入れた水晶と、本と女もだ」

 エリックは唇を噛む。すると、背後で杯を手にした白装束の男がじりじりと後ずさっている。

「彼、どうするつもり?」

 亜希とシュテファンも男を注視する。正面にいた白装束が背後を振り返った。金の杯を手にした男は欲にかられたのか、それを抱えて走り出した。


「いけない!」

 エリックが叫ぶ。男がその声に反応したのか、急に身体をのけぞらした。いや、声に反応して走るのをやめたのではない、急激に襲ってきた苦しみのために身をよじったのだ。その瞬間、地中から無数の杭が突き出した。男の顔をかすめる。

「うわあああ!!」

 間一髪で男は杭に貫かれることを免れた。手にした杯はころころと転がってゆく。その光景を全員が唖然として見ていた。エリックの叫びはおそらく水晶の力だろう。叫んだだけで必死で走っていた男が言うことを聞くとは亜希には思えなかった。


 エリックが歩き出す。白装束の男たちはエリックを避けて道を空けた。亜希とシュテファンも後に続く。エリックは金の杯を拾い上げた。そのまま歩いて公園の出口へ向かおうとする。

「待って、エリック!それを持っていたらまた地面から杭が飛び出してくるわ」

 亜希は夢に見た光景を思い出した。今、目の前で同じことが起きた。それを持って森であった場所を抜けようとすれば、盗人の身体を貫く杭が地中から突きだし、裁きを受けることになる。亜希がエリックの腕にしがみついた。

「大丈夫だよ、これは街の博物館に寄贈しよう」

 エリックが振り向いた。声音はいつもの彼だったが、その目は赤く輝いていた。シュテファンもエリックの瞳を見て、息を呑んでいる。エリックはそのまま歩き出す。背後の白装束の男たちはもう襲っては来ない。


 木立を抜け、湖の脇を通り、遊歩道から駐車場に戻ってきた。

「何とか切り抜けられて良かった・・・」

 エリックがBMWにもたれて脱力している。その目はもう赤く光ってはいなかった。亜希とシュテファンは顔を見合わせた。

「エリック、大丈夫?」

 亜希がこわごわとエリックに声をかける。

「ああ、嫌な汗をかいたよ」

 エリックはそう言って笑った。いつもの優しい笑顔だ。

「どうしてその杯を森から持ち出せると思ったの?」

 亜希の疑問はシュテファンも感じていたことだ。

「私はこれを盗もうと思っていなかったからだよ。街の博物館でドラキュラ公の公正な治世を称える遺物として展示してもらおうと思っている。良くも悪くもね」


 ホテルに戻ると緊張が解け、どっと疲労が襲ってきた。エリックとシュテファンにおやすみを言い、亜希は部屋に戻り、シャワーを浴びた後、髪も乾かさずにベッドに横になりそのまま深い眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る