スタジオ01 佐倉のホテル①

「じゃあ、こっちきて」


 移動は地下鉄になった。




 学校から地下鉄の駅まで行く途中、さくらスクエアがある。

 山吹さくらの激しさというか華やかさは写真でも半端ない。




 山吹さくらが超絶人気アイドルだっていうのも頷ける。

 俺もいつかさくらスマイルを撮影したいな。


 まぁ、俺の持っているカメラじゃムリ。

 ここまで引き延ばしたら荒くなっちゃう。


 いや、その前に撮影自体不可能。

 ファインダー越しにさくらスマイルをまともに見られるわけがない。

 俺なんか、どうにかなっちゃうにちがいない。


 それくらい、山吹さくらには存在感がありあり。




「だから言ったの。絶対にバレないって」


 佐倉の自信は揺るがない。それに何故か自慢気だ。

 山吹さくらが人気なのを鼻にかけている感じ。


 あっ。そういえばご本人様だった。




「山吹さくら、いいよな! (おっぱいでかいしっ!)」

「素直にヤりたいと認めるよ。(脚も最高!)」

「激しく同意。学年も俺たちと一緒だろ?」


「俺、もし高校同じだったらどうしようって思って今日来た。(おらんかった!)」

「それなっ!」

「ま、写真だけでもいいおかずだよ。(俺はくびれ派だがな!)」


 我が校の男子生徒が与太ばなしをしていた。

 山吹さくらの超絶人気アイドルぶりは凄まじい。




 地下鉄を降りてホテルの前まで来て、びっくりした。




 ビジネスホテルかと思ったら、全然違う。

 雑誌とかで特集するようなラグジュアリーホテル。

 その中でも佐倉の部屋は、このホテルでは最高級のスィートルーム。

 とすると推定価格は……分からん。



 佐倉は部屋につくなり、数台のカメラをせっせと用意しはじめた。

 ちょっと乱暴に扱ってる。何に使うんだろう。

 まさか、俺とのキスシーンを撮影するつもり?

 いや、そんなはずはない。アイドルの男性問題って、命取りだもの。




 佐倉が言った。


「私ね、自力で山吹さくらでいられるのは、1日3分限定なんだ……。」

「えっ? どういうこと?」


「そのまんまよ。でも、坂本くんとキスしたあとは勝手に山吹っちゃうけど」


 山吹っちゃうっていうのは、山吹さくらになるという意味。

 つまり、佐倉は今までは1日3分限定で仕事をしていたらしい。




 活動時間1日3分限定といううわさ、本当なんだ。




 そんな山吹さくらこと佐倉菜花が俺を必要としている。

 キスのパートナーとして。

 それだけで俺は幸せなのかもしれない。


「じゃあ、キスのあとで撮影するってこと?」

「そう。撮影したいのがたくさんあって、ここにも持ち込んでるの」


 佐倉は作業しながら言った。



 カメラの設営が済んだら隣の部屋から山のように服を持ってきた。


「すっ、すげー数……。」

「全部、ファンからのいただきものなのよ」


 そう言ったときの佐倉は少しだけうれしそうだった。

 これは、ファンに試着したことを報告するための撮影なんだ。



 俺も何か手伝わなきゃって気持ちになった。

 それを佐倉に申し出ると、佐倉は笑ってこう答えた。


「では、隣の部屋の衣装ケースの中のものを、この辺にどさっと置いといて!」

「分かった。衣装ケースの中のものだね」


 俺は隣の部屋へ行き、衣装ケースを見つけて開けた。

 たくさんの服がぎっしりと詰まっていた。

 俺なりに丁寧に一生懸命に、指定された場所に置いた。




 そんな俺を邪魔するものがあるのに、俺は気付いてしまった。

 だってそうだろ! 俺にはこういうのを扱う免疫がまだないんだ。

 同級生でも姉妹がいればそうでもないのかもしれない。




 けど俺は独りっ子。




 だからそれを見たときには、思わず叫んでしまった。

 衣装ケースの真ん中辺りに、あまりにも無造作に置かれていた。


「ぎゃーっ! おっ、おパンティーだーっ!」


 しかも、こう、ブラジャーとセットになっているやつ。

 ブラジャーなんか見てると、布っていうのは平面じゃないんだなって思う。

 こんもりとした双丘があって、その谷間にはリボンがついてたりする。



 俺の叫びは、すこぶる品がなかった。

 心からの叫びだから仕方ないんだけど。

 でも普通、男子っておパンティーやブラジャーとか見ると、喜ぶものだろう。

 俺自身もそんなときは喜ぶものだって決めつけてた気もする。



 それがいざ実物を目の前にすると驚きのあまり叫んでしまった。

 まるで嫌なものでも見てしまったかのように。



 俺の叫びを聞きつけて、佐倉が飛んできた。

 それはもう猛スピードで。

 叫んだりして驚かせてしまい、申し訳ない。

 そして俺が震えているのを見て、声をかけてくれた。


「坂本くん、大丈夫だよ。それ、おパンティーじゃないから。ただの水着だから」


 その声は震えていた。何故だかは分からないが。

 けど、分かったことがある。

 これは大丈夫。ただの水着だってことだ。



 布面積は全体的には極めてちっさい。

 おっぱいの部分はありえないくらいでっかい。

 けど、大丈夫なんだ。

 決して危険なものでも嫌なものでもない。



 俺は大丈夫大丈夫と何度も唱えなた。



「坂本くん、ありがとう……。」

「いえいえ。大丈夫だからっ!」


「そうー。じゃあ、続きも運んでもらっていい?」

「まっかせなさい! 大丈夫だからっ!」


「坂本くん、なんだか面白いっ!」



 準備は整った。これからキス。そして撮影。

 ここまでは半ば勢いに任せて突っ走った感があった。

 だから改めて佐倉を目の前にしたときには正直びびった。

 用意した服の1着を纏った佐倉のあまりの地味さに。



 突っ走ってきたのは佐倉も同じだったのかもしれない。

 節目がちではあるが、メガネを外していて髪もきれいに結い上げていた。

 そして瞳はギラギラと輝いていた。

 真剣だっていうのがビシビシ伝わる。



 上目遣いに俺を見つめなおす佐倉。

 ラブコメだって滅多にないキスシーンも今日だけでこれが3度目。

 歯も磨いた。あとは俺が頑張ってキスするだけ。


「じゃあ、するよっ!」

「んんっ!」


 俺は思い切ってキスをした。キスからはじまる撮影会だ。

 今回は5分間という長丁場。

 その味はというと、驚いたことに地味。



 けど俺は頑張った。少しでも佐倉の力になりたくって。



 俺はキスの間、不思議な背徳感を覚えずにはいられなかった。

 佐倉とキスしているのに、俺の頭の中にいるのは山吹さくら。

 でも2人は同一人物。

 だから1周まわって背徳感を覚える必要はないのかな。



 全力妄想の成果か、5分はあっという間だった。



 キスを終えた瞬間に立ち込めるさくらスメル。

 俺だけを見てのさくらスマイル。

 さくらボイスもなかなか。

 そして、さくらビジュアル。

 もう、最高!



 撮影は順調。

 俺なんかがシャッターを切らずともよい。

 自動で撮影してくれるようになっていた。

 カメラが趣味の俺にしたらちょっと寂しい。


 けど、佐倉が俺を必要としていない。

 俺がしゃしゃり出たって仕方ない。




 いや、ほんの少し俺に勇気がなかったんだと思う。

 もし俺が撮影させて欲しいと言ったら、させてもらえたかも。

 けど俺は、黙ってさくらを目で追うしかできなかった。



 キスの時間は『あっ』という間。

 キスのあとの時間は『あ』とも言えないほど短い。

 だから、落胆も大きかった。



 それを知ってか知らずか、佐倉が俺に声をかけた。


「成功よ。思った通り、5分保ったもの!」


 その声は、興奮していた。

 キスをした時間と山吹っている時間とが等しい。

 その可能性を示唆していたから。



 山吹れる時間が計算できるってことはとても便利なことだ。

 いつ元に戻るか知れないんじゃ、できる仕事も限られてしまう。


「う、うん。じゃあ、次も……。」

「うん。では、着替えさせてもらって、いいかな」


 佐倉は撮影とキスの間に着替えなきゃならない。

 その間、俺は隣の部屋に行くことになっていた。



 佐倉とはいえ、目の前での生着替えは、俺にとっては眩し過ぎる。

 肉体も精神も保つはずがない。キュン死ってやつだ。

 佐倉に迷惑をかけないためにも、隣の部屋に行かなくてはならない。

 それにこれは、俺のためでもあるわけだ。



 ところが、安全なはずの隣の部屋は、危険がいっぱいだった。


======== キ リ ト リ ========


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