リハーサル 山吹る条件

 去年の10月。


 私はさくらこ社長に騙された。


 アイドルとしてデビューすることになった。




 簡単な仕事だと社長は言った。


 確かに簡単だった。


 デビューして1週間もしないうちに、山吹さくらは超絶人気アイドルになった。


 社長の戦略眼は本当にすごい。大儲けができた。




 でも私、佐倉菜花には大きな秘密がある。


 地味な佐倉は1日に3分間だけ山吹ることができる。


 山吹も私だけど菜花とは違い何でもできる。


 『活動時間1日3分限定アイドル』というのは汚名ではなく誉め言葉。


 3分間だけで私は全てを手に入れることができた。




 けど、足りない。


 折角アイドルになったのに。


 3分間では怪獣は倒せてもライブはできない。


 もっと長く山吹る方法があれば、私はもっと幸せになれるのに。




 4月。社長が用意した高校に通うことになった。


 社長が運転する黒いバンを降りた。


「あっ」


 私は普通の男子高校生とぶつかった。


 あっ、なんて言う暇があったらよけろよって言いたい。


 でもぶつかってしまったのはお互い様だからいいとしよう。


 問題は、その男子高校生がよろけた私の身体を支えたとき。


 弾みで、この私にキスをしたってこと。


 超絶人気アイドルになってもファーストキスくらいは夢を描いていたのに。


 全部ダメにされた。この男、絶対に許すまじ。完全に消し去ってやる。


 社会的にも生物学的にも抹殺だ。


 それくらいのこと、今の私なら本当にできてしまうんだから。


 キスしているときは、本気でそう思っていた。




 そのキスが数秒で終わった。


 驚いたのはそのあと。


 だって、山吹っていたから。思わず営業スマイルをしてしまった。


 でもほんの数秒後、キスしていた時間とちょうど同じくらい。


 山吹さくらは佐倉菜花に戻った。


 どうして? 


 今朝はもう3分間の労働を終えたのに。


 どうして私は山吹ってしまったんだろう。




 その男子にはっきり見られた。


 気付いたかは不明。ま、消すんだから関係ないけど。


「ヤマブキ……? 桜……。」


 男子は小声でそう言った。




 やっぱり気付いたか。


 仕方ない。消すか。うん。今日消そう。


 屋上に呼び出し、山吹ったら飛び降りてって言う。


 その男子は自ら飛び降りることだろう。


 とっても簡単。


 それまでに私のことを誰かに喋られるのは厄介。


 誰とも接触させないようにだけ気を付けよう。




 入学式は指定席。勝手に席は決められない。


 でも、天は私に味方した。


 あの男子が私の隣に座っているのだから。


 私は終日、監視の目を緩めなかった。




 あの男子はときどきこちらを見てきた。きもい。


 けど私は何も言わずに、目を逸らした。


 監視しているのがバレると面倒だもの。


 面倒なことはしたくない。




 自己紹介をした際に、ようやく男子の名を知ることができた。


 坂本章、普通ね。


 そのあとは私の自己紹介。


 地味に決めてやったわ。


 超絶人気アイドルが人前に出てあそこまで地味さを貫けるとは思わないだろう。


 これで、坂本も半信半疑になったはず。


 目が合うことも次第に減っていった。




 この日の全日程が終了した。


 あとは屋上に呼び出して飛び降りさせればいい。


「あのぉ、坂本くん……ちょっと、良い、かな……。」


 私の言葉に坂本は怪訝な表情を見せた。


「……ちょうど良い。俺も、佐倉さんに言わないといけないことがあるから……。」

「じゃあ、こっち……。」


 途中、職員室に寄って、屋上の鍵を失敬した。


 誰も気付きはしない。佐倉の地味さは私の武器。


 そのまま、坂本を屋上へと誘い込む。


「こっちです」

「あっ、あぁ……。」




 念には念を入れて給水タンクの影に坂本を誘った。


 ここからだとビルさえも見えない。完全な密室と同じ。


「確かめたいことがあるの……2つ……。」

「なっ、なんだ? 言ってみて……。」


「どうして私の正体を見破ったの?」

「正体って……。」


「と、とぼけないで。私が山吹さくらだってこと……。」

「あー、それね。ほら、キスのあとの佐倉さん、山吹さくらそのものだったから」


 ったく。あれをキスと呼ぶところあたり、坂本のやつは童貞に違いない。


 キスだけど。


 キスだから、坂本は消される。それだけ。


「やっぱり、そうだったんですね……。」

「いやー、ごめんなさい。不可抗力とはいえキスなんかしてしまいまして……。」


「うん……。」


 命乞い? 謝ってもムダよっ!


「ほっ、ほら。このことは誰にも言わな……。」

「……あのっ。もう1回、キスしてくれませんか。ダメですか?」


「……。」

「お願いです。試してみたいんです。キスを!」


「じゃあ、とりあえず1回」


 はっ? じゃあ、とりあえずっていうイケメンのセリフ、よく言えたな。


「はい。ありがとう」


 私は、佐倉用のガラケーのタイマーをセットした。


 30秒に1度ずつ鳴るように。


「あっ、時間測っていい? 30秒……。」

「えっ?」


 あとは、坂本に身を任せた。


 坂本は、ピッと鳴るのを合図に図々しくも私に2度目のキスをした。


 許せない。これでもう、坂本はおしまい。


 私が山吹ったら最後、ここから飛び降りる運命。


 死にゆくものを楽しませても意味がない。


 私はごく地味にキスをした。




 そのうちに、私の中にあるパラドックスが誕生した。


 もし、山吹らなかったら、このキスの意味はあるのか。


 坂本に飛び降りろと言っても、佐倉じゃ人の心は動かせない。


 だがもし山吹ったら、坂本はとっても便利な変身アイテムということになる。


 消してしまうのはもったいない。そんなことを考えているうちに時間になった。




 ピッという音とともに一目散に坂本から離れた。


 私、山吹ってる!


 坂本とのキスがきっかけか。


「坂本くんっ。キスしてくれて、ありがとうっ!」




 山吹っている間、私は無敵。何でもできる。坂本のことはいつでも消せる。


 だったらもっと利用しまくってやろう。消すのは、それからでも遅くない。


 けど、山吹っている時間が問題。予測では30秒。


 我慢したのと同じ時間。あと3・2・1……。


「あっ……やっぱり、戻っちゃった……でも、予想の範囲内でした……。」




 全て予想通り。坂本は大事にしてあげないと。


 社長が他のアイドルを飼い慣らしているように、私は坂本を好きなだけ利用してやろう。


 そのためにも多少は下手に出ておかないと。


「こんな実験に付き合っていただき、本当にありがとうございます」

「いっ、いいえ。こちらこそ、どうも……。」


「あっ、あのーっ……。」

「はっ、はい……。」


「もしよろしかったら、実験の続きをさせてもらえませんか?」

「おっ俺、独り暮らしでさ。今日は何の用事もないから、とことん付き合うよ」


 何のアピールだ、独り暮らしって。


 ラブコメをはじめるなら他でやってほしい。




「ほっ、本当ですか? うれしい! ありがとうございます」

「いいえ、どういたしまして」


「じゃあ、私の家に行きましょう! 今はホテル暮らしなんだけど……。」

「はっはひーっ!」


 楽勝、楽勝! 坂本を好きなだけ利用してやる!


======== キ リ ト リ ========


いつもお読みいただき、ありがとうございます。


『リハーサル』は、『ステージ』シリーズの序章です。


『ステージ』シリーズでは、佐倉の視線でこれまでを振り返ります。


坂本の視線の『プロローグ』・『スタジオ』シリーズと合わせてご覧ください。


この仕掛けは、ある方の小説を参考にいたしました。


ここまでお読みいただき、ありがとうございます。

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