第11話 少女たち

 ツィパロの背中に触ったのはヨーテルだった。

 驚いてとっさに声を上げそうになったところを、ヨーテルの後ろに隠れていたエヴィに止められる。驚きが行き過ぎてツィパロの声は引っ込んだ。

「アタシぁ魔女隊についてきたんだ」

 沼地でのことはまるで悪びれず、エヴィはツィパロに手を振った。

「アンタ、ソルテってのを探してンだろ?」

 ツィパロは黙ってうなずく。

「私たちさっき森でソルテを見たんだ。ドーナ・クアートに会いに来たみたいだった。それで、あの、」

 ヨーテルが口ごもったが、ツィパロはそれどころではなかった。

「ソルテはドーナに会いに行ったの?私には何も言ってくれなかったのに」

 顔色を悪くするツィパロにエヴィが唾を吐いた。

「アンタのそういう自己中心的なトコ、キライだわ」

「…こらこら」

 ヨーテルがたしなめる。

「まぁ、アンタらがどういう関係とか知らないけど、『アンタの』ソルテさんは勝手な行動をとがめられて、今はここのテントの内のどれかに閉じ込められてるってサ。会いに行く?」

 思わぬ提案にツィパロは怪訝な目でエヴィを見た。ツィパロのためにリスクを払ってくれるというのだ。

「いいの?」

「別にアンタ自体を嫌ってるワケじゃない。悪いことしたなとも思ってるし、なによりヨーテルの頼みだしネ」

 エヴィはヨーテルの事を気に入ってるらしかった。


 三人が魔女隊の駐屯地に忍び込むのは案外難しくなかった。

 エヴィは人好きのする性格らしく、ヨーテルもツィパロも彼女の連れとして当たり前に受け入れられた。ソルテの居場所もすぐに分かった。

「あの子ねぇ、良い子なのにいま独房の中よ。本人から聞いたわけじゃないけど、どうもここが故郷だったらしいから思うとこがあったのかしらね」

 おしゃべりな魔女は聞きもしない事をぺらぺらと話した。適当に話を切り上げて三人だけになれそうな場所を探す。

「どうする?ソルテに会うのはあンまり簡単じゃないよ」

 ちょっと怠そうにエヴィが言う。うーんと三人でうなった後、ツィパロが遠慮がちに声を掛けたのはエヴィに『自己中心的』と言われたのをいくらか気にしているらしい。

「例えばだけど沼地の魔法を使って、みんなを気絶させるとかはどうかな」

 もし協力してくれるならと、さらに付け加える。

「ダイタンなことゆうじゃん。でもあいにくアタシあの魔法上手く使えないンだよね。あ、でもヨーテルが歌ってくれるならそれに乗っかって数人寝かせるくらいできるよ」

「すごい。それ、わたしの音の響きをいじるとかそういうこと?」

「だいたいそんな感じ」

 エヴィがにぃと笑った。


 ソルテがいるというテントには兵士が二人見張りについていてツィパロは何となく怯んだが、ヨーテルとエヴィは平気な顔でこっそり近寄り、そよ風のような音色を奏で始める。遠くで魔女たちが歌っているとでも思っているのか兵士たちが気にする様子はない。ヨーテルの横でエヴィが歯の隙間から息を吐くと普通には聴こえないほどの音が細く竪琴の音色に絡みつく。

 それを聞いた兵士たちはたちまち体を傾けて眠ってしまった。そっと近づき兵士の耳に詰め物をしてテントに忍び込む。

 ソルテは椅子の上に拘束されていた。

 魔女にはあまり意味のない、普通の縄で縛られているようだがソルテは黙って椅子に座って目を閉じていた。その目が人の気配を感じて開かれる。

「ツィパロ、久しぶりね」

 ソルテはツィパロの記憶と変わらない笑顔を見せ「連れて来ると思った」と、ヨーテルに言う。沼地で見たあの影がまるで別人のようだった。

「ソルテ、会いたかった。何も言わずに居なくなってしまったから」

 ツィパロが駆け寄る。

「ごめんね。でも私、もうあそこには居られなかったの」

「理由を聞いていい?」

 ツィパロが尋ねると、ソルテは困ったような顔をして黙る。でもツィパロは食い下がった。

「ねぇ、ドーナ・クアートと何かあったなら私がソルテを守る。守るし助けるから、戻って一緒に暮らそう」

「そうじゃない」

「私が気に障ることをしたなら直すから」

 ツィパロはもともとこんなことを言うつもりではなかったのに、何も言わずに視線を逸らすソルテにヤキモキしてしまって言葉があふれた。しかしその言葉はどうも上滑りしてるような気がしてならない。

「違うのツィパロ!」

 ソルテが強く言ったことでツィパロはようやく口を閉じた。

 ソルテはツィパロとは逆に何か言いたいことを堪えているかのように声を震わす。

「ツィパロ、私、家族ができたのよ。家族といたいからあなたとはもう居られないの」

 ソルテの声はあくまで優しかったがツィパロは胸を切り裂かれたかのように思えた。

「……私たちは『家族』ではなかったの?」

 今にも涙がこぼれそうなツィパロの瞳を見て今度はソルテが雷に打たれたような苦し気な顔を見せる。

「『家族』だったのはあなたとドーナ・クアートだけじゃない……!」

 ツィパロの気持ちに共鳴しているのか木でできたテントの骨が軋み、傾き始める。

 ヨーテルがそれに気づき慌ててツィパロの肩をつかんだ。

「ツィパロ、魔法をコントロールして。テントが倒れたらさすがに誰かが気付く!」

 すでに手遅れだったか、テントに一人の魔女が駆け込んできた。

「ソルテ……!あぁ、よかった。戦の前線がいま大負けだって聞いて、あんたが兵士たちをどうにかして出て行ったのかと思ったよ」

 魔女はツィパロたちのことは気に掛けずにほっとしたように言った。しかしソルテの顔はツィパロと話しをしていた時よりもこわばっている。

「大負けって、いまどういう状態なの……?」

「なんだ、まだ聞いてなかったの。なんでも偉い人たちは魔女狩りに人手を割きすぎたばっかりに国境の方が手薄になって隣国に弱いところ突かれたらしい。あたしの夫も無事かわかんないってさっき噂で聞いて……、あんたのとこも国境に行かされてたでしょう?」

 それを聞いたソルテの顔はみるみる青ざめていった。

「わたし……、何も聞いてないわ……」

 今まで見た事も無いほど動揺したソルテを見てツィパロはその肩に手をのばした。

「ソルテ……」

「やめて!」

 その手を振り払われたときツィパロは初めてちゃんとソルテの目をみた気がした。

 そして、それと同時に二人の間で張りつめていたゴムが引き千切れたような衝撃が起こる。ツィパロたちの居たテントが吹き飛び地面が揺れた。

「ツィパロ、これ何!」

「わからない。私、本当に何もしてない!」

 ツィパロとヨーテル、エヴィの三人は咄嗟にお互いの体をつかんで支え合った。

 地面の揺れが治まってくると土の中から次々と根が生え始め鞭のようにのたうつ。

「魔女どもの反乱か!」

 さすがに異変に気が付いた兵士たちが遠巻きに集まってきて武器を向けてきた。

 縄がほどけて地面に手をついていたソルテが兵士たちの方を見ると、それだけで根は兵士たちを目掛けて伸びていく。叫び声が上がり、根の鞭を掻いくぐった兵士がソルテに向けて石を放ったが、それをソルテのそばに立っていた魔女が風で避けた。

「何すんだ!」

「やはり魔女は信用ならん。全員殺すべきだ!」

「なんだと!」

「お前たちこそ約束違反だ!私たちの夫を返せ!」

 騒ぎを聞いて集まってきた魔女たちが兵士たちの言葉に反応して声を上げた。生き物のように身をしならせて暴れる太い根を避けながら、魔女と兵士たちが争い始める。


 ヨーテル、ツィパロ、エヴィの三人は根には狙われないものの魔女と兵士の間に挟まれてしまい喧騒の中を逃げ回る。しかしそう経たないうちにツィパロの息がみるみる上がり、足を引きずるようになってきた。

「ちょっとヘタレ過ぎない?」

「ちがう……」

 辛辣なエヴィにせめて一言返したツィパロだったが、どうも自分の意図とは関係なく魔法が体から抜け出ているようだった。

「止められそうにないの?」

 ヨーテルが顔を覗き込むとツィパロは力なく首を振る。

「試してはいるけど、止まらない……」

 ヨーテルは心に掛かることがあってソルテの方を見た。ソルテの周囲の根は彼女の意思に従って動いているように見える。自分たちが狙われないのもソルテの意志あっての事かとも思ったが、ソルテは自分は植物と相性が良くないと言っていたのではなかっただろうか。そして、植物を使うことを得意としているツィパロがいまこうして弱っている。ヨーテルはさっきソルテとツィパロが触れ合ったときに何かが起こったとしか思えなかった。

「他人の魔法を使うって、そんなことある……?」

 ヨーテルは口の中だけで呟くと、エヴィにツィパロを任せて一人で走り出した。

 一人になると木の根はヨーテルを目掛けて鞭打ってきた。それを避けるとうまい具合に兵士の攻撃も遮られる。隊に集まった魔女たちは力は強くないようだが、それでも彼女たちの魔法に巻き込まれないように気を付けながら進む。いつの間にかソルテとヨーテルたちとの距離は離れてしまっていた。

「ソルテ、その魔法を止めて!」

 土埃の間にその影を見た気がしてヨーテルは叫んだ。このままではツィパロの体が力尽きてしまう。

「ソルテ!」

 もう一度叫んだとき、大きな音とともに目の前が真っ白になった。


 ヨーテルが目を覚ますと、そこに見えたのはベッドの天井だった。混乱しながら部屋を見渡すとそこはドーナ・クアートの家のようで、隣のベッドにツィパロも寝かされている。

「目が覚めたか」

 頭の上から声がかかりベッドから身を乗り出すと、ドーナ・クアートが部屋の入口に立っていた。その後ろではエヴィが手を振っている。

 ドーナはヨーテルを食卓へ呼びつけるとエヴィを置いてまたどこかへ行ってしまった。エヴィがヨーテルに魔女隊の駐屯地で起きたことを説明する。

 あの時ヨーテルの目の前を白くしたのは雷だった。木の洞の魔女たちが雷雲を呼び、あのあたり一帯に雷を落としたのだ。その力は強力で、多くの魔女や兵士が地に倒れた。またソルテやツィパロも気を失ったことで木根の動きが止まり、動きやすくなったところを木の洞の魔女たちが一掃した。

「アタシも気絶してたもンで人から聞いた話だけど、そのあとは結構あっけなかったってサ」

「魔女隊はどうなったの?」

「解散だ。政権は変わり、新しい王は魔女に手を下すつもりはないらしい」

 小瓶を片手にドーナ・クアートが戻ってきた。滋養の薬と言われて断るすべなく飲み干すとほのかに甘い香りがした。

「とはいえ私たちも全くこれまで通りというわけにもいかないようだ。ヨーテル、これからはお前たちはぐれ魔女のように街の者に溶けこむことも求められるだろう」

 一度言葉を切ったドーナ・クアートは少し寂しそうに見えた。

「ソルテはもう自分の生きる場所を決めたようだし、ツィパロもまた私が見た事も無い真新しい道を歩むというだろう。その時はお前たちに頼めるだろうか」

 クアートの言葉の響きはヨーテルの胸を打った。「えー、ヤですよ」と、ぼやくエヴィの頭を押さえクアートの目をみて頷く。

 目覚めたツィパロはさっそくドーナ・クアートに掴みかかった。自分の身に起こったことは何だったのか、ソルテはどこへ行ったのか、魔女隊の事は、と、息つく間もなく尋ねるツィパロにドーナ・クアートはいつになく時間をかけて付き合った。いや、ツィパロが粘っただけかもしれないが、とにかく話し終えたツィパロは目は真っ赤でも納得した表情だった。

「ソルテに会いに行くか」

 居場所がわかるとドーナ・クアートは言ったがツィパロは首を横に振った。

「会えません」

 ドーナはそれには何とも返さず「まためぐり会うこともある」とだけ言った。

 ツィパロは里を出ることを選んだ。里のドーナ達にもあっさり話は通ったが、まだ本人の体力が戻らなかったのでクアートの作った薬を飲みながら回復を待った。そのあいだヨーテルは里の手伝いに呼ばれ、エヴィは見習いたちの面倒をよく見た。とくにヤンとイーダに懐かれ、二人とも木の洞に馴染んだ。


 ほの暖かい風に花が香る夜、クアートの寝室をツィパロが訪ねてきた。

「具合が悪いか」

「ドーナのお姉さんの話しを、もう一度聞いてもいいですか」

 それは以前聞かされたツィパロの母の話でもあった。たいした話でもないがと前置きして、クアートは語り始めた。

「私たちはたぶん同じ腹から生まれた姉妹だったが、性格は似つかず姉は社交的で大人から可愛がられた。それでいて聡明で学ぶにも早く、私よりもずっと多くの事を知っていたので私は姉が学び考えたことを好んで聞いていた。姉のことが誇らしかった。だが、姉が生みの親に強いこだわりを見せるときは何だか変な気持ちになってその話を聞き流していたんだ。だから姉の異変に気が付かなかった。

 ある日、姉は行方不明になり三日後に里の魔女たちに連れられて戻った。何をしていたのか私は聞かされなかったが、ひどい顔色だった。姉は罰として折檻を受けしばらく外出禁止になった。私が世話を任されていたが、姉とはその頃からあまり話をしなくなってしまった。私も何を聞けばいいか分からなかったから。謹慎が解けてもそんな関係が続き、そのまま姉は里を追放された」

「ならどうして私はここに?」

「数年後に帰ってきたんだ。こっそりと。そのとき赤子のお前を置いて行った。『自分はここの子育てしか知らない。代わりに育てて欲しい』と。あとはそれきりだ」

 そうして話しを終えるとツィパロはどこか一点を見つめて何か考えているようだった。

「……お前も母に会いたいか」

 クアートが尋ねると、ツィパロは振り返ってきょとんとした後で口ごもりながら言う。

「どうでしょうか……。母というとドーナ・クアートのような人しか浮かばなくて、うん、それほどでもありません」

 少し申し訳なさそうに言う姿を見てクアートは思わず笑いが漏れた。

 魔女に育てられた娘たちは、明日旅立つ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

マジアチカ ~魔女の弟子~ 田井田かわず @taidakws

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ