第28話

 ヘルヴィウムの開いたゲートを潜り、登はクライムの創造世界に入った。

 ヘルヴィウムは、貫通を確認するため黒ワープで老村に飛んだ。

 登は目前の光景に瞬きする。


「カオスだ」


 きらびやかなドレスを纏った令嬢らが、高笑いを繰り広げている。

 それが数人なら、ちょっと変わった光景と認識できようが、何十人も整列して行われていたら、異常な光景だ。


 さらに、この場が王宮の広間なら違和感はないだろうが、コロッセオの中央なのだから異様である。

 つまり、闘技場の真ん中にきらびやかなドレスの令嬢らという光景なのだ。


「はい、いっせいに!」

「オーッホッホッホッホ」


 登は、初『オーッホッホッホッホ』を耳にした。

 現実世界でも、そんな笑い声は聞いたことがない。


「次は、扇子を閉じたまま口元に沿えて!」

「オーッホッホッホッホ」


 二度目にしてお腹いっぱいだ。


「流れを掴んで、扇子を開く! そこからの嘲笑よ」


 もう無理だった。


「アンネマリー」

「ひゃい」


 アンネマリーが噛み気味に返事をする。

 ちょうど、令嬢らの嘲笑を受ける形になった。


「……皆、良い出来よ」


 アンネマリーが登をキッと睨んだ。


「派遣秘書の仕事が入ったみたい。自主練しておいて」


 アンネマリーがグインと振り返り、登の眼前に立った。


「な、ん、で、す、か、ご、用、は?」

「えっと……」


 視線をつとずらす。

 クライムの姿が見えて、登は手を振った。

 円形の闘技場であるコロッセオは、異世界管理組合のエレベーターロビーのように、五色のワープが円周に沿って設置してあった。

 クライムは、黒のワープから姿を現したのだ。


「ヘルヴィウムから聞いてる。相変わらず、規格外だな」


 クライムが歩きながら近づいてきて、タブレットを掲げた。


「なんか、すみません?」


 アンネマリーがクライムのタブレットを確認して、口をあんぐりと開けた。


「さて、それで他色異世界マスターの創造世界に面出しするって?」


 クライムが可笑しそうに言った。


「そうすれば、既往歴が載るかと」


 登は自身のタブレットを出して、既往歴を確認した。

 既往歴はマイページに表示される。



*黒エリア*

『ヘルヴィウムのモンスター天国』

『集まれ、舞踏嬢』



 名が秀逸なのは、ヘルヴィウム譲りなのか。登は、ブッと噴き出した。

 アンネマリーが睨むがお構いなしだ。


「いやあ、これ改名したんだぜ。ここの最初の名前は『集まれ、武闘場』なわけ。俺は、グラディエーター時代に異世界マスターになったからね」

「……古代ローマ帝国?」


 クライムが肩を竦めた。


「俺は、古代ローマ人と話していたのかよ」


 登はなぜか笑いが込み上げた。


「不思議だよな、こんなものを古代ローマ人が使ってるんだぜ」


 クライムがタブレットを掲げた。

 確かに、古代ローマ人とタブレット、可笑しな組み合わせだ。壁画に、もし四角い箱を持ったグラディエーターが描かれていたら、解明できていない武器として歴史になっていたことだろう。

 登はそこでふと気づく。


「そういえば、想像主の創造世界って、日本人だけが想像主じゃないよな?」


 登が気づいたのは、外国人の創造世界のことだ。


「それは、専ら白の異世界マスター担当だな。どちらかといえば、確立異世界の割合が多いし、日本のようなライトノベルではないものが多いわけ」


 登は、箒に乗った魔法使いを思い出す。

 さらに、目前の歴史証人でもあるグラディエーターも同じだ。しっかりとした設定で、描かれた重厚なファンタジーは、日本のライトなファンタジーとは似て非なるものだろう。


「ギルドとか、王国の仕組みとか、……男女共学学園設定とかって、結構日本式な変形がされているんだよな」


 クライムが言った。


「学園はなんとなく分かるけど、ギルドってゲーム用語だと思ってた」

「冒険者ギルドは架空設定だって。それこそ、日本式」


 そんな架空設定が日本のライトノベルには溢れているらしい。


「まあ、だから異世界管理上、異世界マスターたちは皆同じ言語に変換されているわけ」

「あ!」


 古代ローマ人と登はしゃべっていることに気づいた。言語が元々違うのに、異世界では皆が日本語なのだ。否、登の耳に日本語として聞こえているのだろう、言語変換機能で。


 ヘルヴィウムもクライムもいわゆる日本人ではない。

 老村で会ったことのある異世界マスター達も外国人……否、今は無き国の者だろう。

 タブレットがまた振動した。


「おっ、ようやくか」


 クライムがタブレットを見ながら言った。



*狭間世界増設のお知らせ*

『容量の増設によりシステム仮起動中』

『青赤黄白黒(五色)マスターのみ使用可、系列色使用不可』

『システムの安全性が確認された後、各色ステージを解放、運用とする』


「容量の増設?」


 登はクライムに問う。


「そう、狭間世界の容量増設を仮起動。今までの狭間世界のステージを中心に、各色のステージを増設したって。ファレイアがヘルヴィウムに直訴したらしい。赤は赤の狭間世界のステージにして狭間世界をアップグレードしたらどうかってさ」


 登は『へえ』と呟いた。

 確かに、現実世界でも一昔に比べれば、通信機器の容量は飛躍的に上がった。


「そろそろ、行こうぜ」


 クライムがゲートを開く。

 アンネマリーが手を振って見送る。有能秘書は同行しないらしい。


「まずは、ファレイアだろ?」


 クライムがイタズラ顔で言った。




 登はクライムのゲートを潜る。

 景色は一瞬で変わる。


「……団地?」


 登はタブレットの既往歴を確認した。



*赤エリア

『ファレイアの町並み』



「なんだろ、至って普通のネーミングだな」


 登は呟いた。

 そして、周囲を見回す。


「ファレイアの創造が、異世界住民の居住地設定に繋がったわけよ」

「へえ」


 登は感心した。

 登は最初の印象から、ファレイアを体育会系の脳筋かと思っていたからだ。

 容量の増設といい、ファレイアは管理能力があるのだろう。


「今や、人気ナンバーワンの居住地だぞ」


 クライムが歩き出しながら、町を案内し始めた。

 団地エリアの他に、一戸建てエリア、タワーマンションエリア、ポツンとテントエリアやらと、開発はどんどん加速しているようだ。

 今では、放置異世界の民家を移築する計画も上がっているという。


「それだけ、今の想像主の創造が多くて、その多くが放置異世界になるもんだから、大変なんだ」


 クライムが言った。

 そのことは、ヘルヴィウムからも耳にしている。


「ファレイア町長か」

「それ、いいネーミングだな!」


 クライムが笑った。

 クライムと歩きながら、住宅街を抜けていく。


「なんか、脳内カオスだ」


 登の視界には、様々な異世界住民が通り過ぎていくからだ。

 いつぞやかに見た、布面積がわずかしかない異世界メイドやら、現実世界では存在しないボディビルダー以上の筋肉隆々の男やら、ユーたちもびっくりなキラッキラの王子やらが闊歩しているのだから。


 登をもっと驚かせたのは、侍や花魁も存在していたことだ。

 脳内がカオスになるのは仕方がないだろう。


「ここに、歴史や時代を求めてはダメだな」


 登はハァとため息をついた。


「目が慣れれば、なんも思わなくなるぞ」


 クライムが登の背中をバンバンと叩いた。


「さてと、ワープ場所に着いたけど、どうする?」


 町の中心に、大きな看板と五色のワープがある。

 看板には町並みの案内がされている。その看板の裏がワープ場だ。

 それぞれのワープにも行き先案内の小さな看板が設置されていた。


「ファレイアって、優秀な町長だな」


 行き先には、ナンバリングがされている。

 そして、切符売り場が併設されていて、番号を押して発券される仕組みだ。

 電車の発券システムと同じである。発券機はワープごとに五色の色分けがされており、間違えない。


「異世界住民は、往復の切符を買ってワープするんだ」


 クライムが、カードを黒のワープ発券機にかざした。ヘルタカードならぬ、クラタカードである。登のカードはヤマダカードだ。これから、家電を売ることはないと心に決めている。


 切符賃をカードで払い、クライムが番号1を押した。

 出てきたのは、『ヘルヴィウムのモンスター天国行き』の切符である。


「異世界マスターは、ワープを使わなくてもゲートで行けるが、既往歴がない場に一人で行くときはワープを使うわけ。まあ、異世界管理組合からの依頼書とか持ってれば、ゲートが開くけどな」


 登は、異世界マスター見習いのようなものだろう。

 まだ、異世界管理組合から登個人で仕事を請け負ったことはない。


「俺って、まだ何も始まっていない感じなんだな」

「いや、規格外に早いぞ。羽左衛門なんか、鍵が形作られるまで、現実世界時間で言えば一年はかかってるし、俺も何十日かはかかった遠い記憶がある。普通さ、四神を宿すまで年単位なわけ。創造世界やら、水晶を授かるまでいれたら板前やパティシエの修行と同じ年数ぐらいかかるもんだ」

「専門学校みたいだな」


 登は、手首を見た。

 すでに、青龍の鍵が宿っている。創造世界も幼い自身が想像して描いていた。水晶だけが授かっていない。


「登、人生は『長い』とか『短い』とか現実世界では言うけど、ここの人生の果てはない。果てがない世界ってことを考えると、何十年も何百年も何千年だって、全て同じになるわけ。現実世界では早さや強さを競うけど、ここはそんなことに意味を成さない場だ」


 クライムの言葉に、登は何とも言えない感情を抱いた。

 常識を根底から覆されたような、それでいて、それを受け入れているような、奇妙な感覚だ。登は、何千年の時をまだ想像できない。

 クライムが、もう一枚切符を買って登に渡す。


「老村に行こうぜ」


 登とクライムは黒ワープに足を踏み入れた。


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