開発部長

第15話

「ウィラス!?」

「はい、登様!」


 ウィラスの登場に、アンネマリーが慌てる。


「すぐに車に行きましょう!」


 登は、ウィラスを抱き上げた。

 友也がウィラスの頭に上着をかける。

 ウィラスの姿はまさにエルフであり、人外の見た目だからだ。


「お前、どうやって……」


 登は言葉を止める。状況的に未確認ゲートから来たに決まっている。

 皆で車に乗り込むと、ホッとひと息ついた。


「誰かに見られてはいないわよね」


 アンネマリーが周辺に気を配っている。


「ここが、登様の世界なのですね!」


 ウィラスもアンネマリー同様にキョロキョロと車窓から外を見ていた。


「友也、出してくれ」


 まだ車で走っていた方が、人の視線は気にならないだろう。


「登、ゲートを開いたら?」

「あ! 確かにその方がいいか」


 アンネマリーの言うように、ゲートを開いて戻った方が早い。

 登は右手を擦ろうとした。しかし、ウィラスが登の手首を掴んだ。


「ウィラス?」


 登の呼びかけに、ウィラスが首を横に振る。


「『願いの泉』の意思だから」

「どういうことだ?」


 登はウィラスの真っ直ぐな瞳に問う。


「世界が願ったから。『世界はたくさんの想いでできている』って。たくさんの想いが世界を大きくしていくから……登様の傍でまた新たな冒険に挑みなさいって」


 ウィラスが登の右手首にフッと息を吹きかける。

 白銀の息が、登の右手首に輪を作った。


「ウィラス、これは?」


 登がウィラスを見ると、半透明の儚げな残像になっていた。


「ウィラス!?」


 名を呼んだ瞬間、登の右手首に白銀の輪が弾けた。

 登は、突然のことで目を見開いている。


「嘘だろ?」


 登は右手首を凝視する。


「白龍なのか?」


 登の右手首に白銀の龍が、嬉しそうに回っているのだ。

 登の脳内に浮かんだ言葉は『変化』。


「変化の時、出でよ、ウィラス」


 脳内に浮かんだままの言葉を紡ぐ。

 白龍は再度光を弾けさせ、登の横にウィラスが姿を現す。


「流石です、登様」

「……マジかよ」


 登は宙を仰いだ。

 ウィラスが『世界は七つの色でできている』を膝の上で広げる。

『願いの泉』が光を放っている。

 その光の輪をなんというか登は知っている。


「未確認ゲート発見」


 ニコニコ紙芝居を見つめるウィラスの頭を撫でながら、登は呆れたように笑いながら言った。




「こんなことは、初めてです」


 ヘルヴィウムがマジックの種畑で遊ぶウィラスを眺めながら言った。


「いやいや、いつものように俺を嵌めたんだろ?」


 登は腕組みしながらヘルヴィウムに言い返す。


「いえ、管理できないのが未確認ゲートですよ?」

「まあ、そうだけど……」


 登は今までの経験上からして、ヘルヴィウムの関与だと思っていたが、確かに未確認ゲートは異世界マスターの意思でどうこうできるものではないだろう。


「通常、鍵は一連仕様なので、青龍と白龍が同じ右手首に宿ることはないのです」


 ヘルヴィウムが眉間にしわを寄せている。

 登はまだヘルヴィウムの言葉を飲み込めていない。特に案じるようなことには感じていないからだ。


「そういえば、ヘルヴィウムの鍵は鳳凰だよな?」


 登の言葉に、ヘルヴィウムが頷く。


「そうです。普通、鍵は四神、玄武、青龍、鳳凰、白虎、稀に麒麟を入れても五神のみなのです、宿る神獣は」


 ヘルヴィウムが『日本の場合は』とつけ加える。どうやら、地域によって鍵の形態は違うようだ。


「じゃあ、白龍って?」


 登は首を傾げる。


「意味が分かりませんよ。だから、こんなことは初めてだと言ったのです」

「マジかよ?」


 登は思わず右手首を掴む。


「存在しない鍵の形態でありながら、右手首に二連で宿っていること自体常軌を逸しているのです」


 登はブルッと身震いした。

 さっきまでとは違い、これが異常な状態だと認識する。


「鍵を失うのでなく、鍵が増えるなど……いえ、鍵であるとは限らないでしょう。彼で解錠していませんよね?」


 登は頷いた。

 ウィラスは『変化』して、登の右手首に収まっただけだ。


「収まる時、戻れ、ウィラス」


 ウィラスが弾けるように輝き一瞬にして白龍が姿を現す。

 白龍は、登の周囲をクルクルと旋回してから右手首へと消えていった。

 登は、ヘルヴィウムに右手首を掲げてみせる。


「……しばらく様子をみましょう」


 ヘルヴィウムがハァとため息をついた。


「そういえば、鍵を失うことってあるのか?」

「ええ、あります。羽左衛門の引退は鍵を失ったからですよ」


 突如出た名に、登は驚く。


「鍵を失えば、異世界管理などできませんからね」

「なんで、鍵を失ったんだ?」

「羽左衛門の鍵は玄武でした。役目を放棄した羽左衛門から玄武の意思で離れたようです」

「……亀かよ」


 玄武を見た目で言い換えるなら亀である。鳳凰は鳥、青龍はもちろん龍、白虎はその名の通り白い虎。そして、麒麟は……金色の獅子のような馬と言うべきか。登には曖昧な想像しかできない。


 Z探偵社で『亀には気をつけろよ』と言った羽左衛門のことを、登は思い浮かべた。

 登は頭をガシガシと掻く。

 羽左衛門の言葉に、嘘はなかったわけだ。


「羽左衛門はある異世界に深く足を突っ込みすぎて、その異世界の住人になってしまう禁忌を犯しました。ある意味、異世界の管理に深く嵌まりすぎてしまったのです」


 登の脳裡に浮かんだのは、浦島友也だ。


「浦島友也の逆バージョンか?」

「まあ、そうとも言えますね。一つの異世界に留まりすぎてしまった結果、玄武は離れてしまったのです。玄武にしてみれば、鍵で宿っている自身の役目がないのですから当然の離脱でしょう。だから、羽左衛門は異世界に取り残され……全てを失ったのです」


 登は何も言うことができなかった。


「救出時、羽左衛門は年を取ってしまっていました。鍵を失うと、時間の流れは異世界に順応します。運が悪いことに、想像主が『数十年の時』を経過させてしまっていたのです」


 つまり、執筆が進んだ。もしくは、『○十年後』などと想像されてしまえば、その現象をもろに受けることになるわけだ。

 登は、また身震いした。

 まさに、現実世界に戻ったらお爺さんになっていたあの話のようである。


「今さらだけど、俺はとんでもないとこに就職したんだな」

「ええ、今さらです」


 ヘルヴィウムがなぜか親指を立てて満面の笑みを向けている。


「というわけで、これから保険申請に行きましょう」

「はい?」


 登が説明を聞く間もなく、ヘルヴィウムがゲートを開く。


「異社会保険に加入しないと、病気や怪我のとき実費になりますからね。羽左衛門は引退保証もオプションでつけていたので、あのように安穏な引退生活ができているのです」


 すでに、『ヘルヴィウムのモンスター天国』でない場に、登は立っている。


「で、ここは?」


 一般的な異世界ではない。その概念は置いておくとしてだが。

 現実世界といった方がしっくりくる。

 古い時代の銀行のような場だ。西洋と東洋が混在していたノスタルジックな時代の建物が目の前にある。


「ここは確立異世界の一つです。異社会保険組合本部になりまして、管理は引退異世界マスターが行っています」

「へえ、引退しても異世界で仕事があるわけか」


「ええ、それが通常で、羽左衛門のように引退保証をつけると現実世界に戻れます」

「で、俺もその保険とやらに入るわけか?」


「保険に加入しておけば、異社会保険組合の病院に入院できますからね。まあ、国民皆保険制度と同じようなものと生命保険が一体になったようなものですよ。異世界ではモンスターやダンジョン、魔王城など危険な場所での管理が多いですから、かなりやられますしね」


 登は、つい最近ズタボロになったヘルヴィウムを見ている。

 勇者の危機の代行なら、相当やられたに違いない。


「ヘルヴィウム、珍しいじゃないか!」


 建物の二階の窓から男が顔を出す。

 紫色の髪を一括りにした男は、身を乗り出してこちらを見ていた。


「ザガン、久しぶりですね」


 ヘルヴィウムが軽く手を上げて応えた。


「もしかして、そいつが新入りか?」

「ええ、保険の加入に来ました」

「了解だ。入ってくれ」


 登とヘルヴィウムは、重厚な入口の扉を開けた。


「うん、やっぱり異世界なわけだ」


 登は呟いた。

 一つ目の鬼達が、カウンターの奥で忙しなく動いている。


「最近ではなかなか日本古来の弱モンスターの出番は少なくなってな。こいつらはここで仕事をさせているんだ」


 いつの間にか、ザガンが横に立っていた。

 引退した異世界マスターだけでなく、出番が少なくなった異世界住民が働くこともできるということだろう。


「魑魅魍魎の異世界観は、失われつつありますからね」


 ヘルヴィウムがザガンと肩を竦め合った。


「で、こいつが新入りだろ?」


 ザガンの視線が登に移る。

 登は軽く頭を下げた。


「異世界マスターなら、最上級の保険加入に越したことはないぞ」


 ザガンがそう言いながら、応接室へ登とヘルヴィウムを案内した。

 これまた時代を感じさせる応接セットに腰を落とすと、ザガンがテーブルにドサッと書類を置く。


「まずは、基本ベースの保険を即日発行してください」


 ヘルヴィウムが言った。


「おいおい、俺の営業を邪魔しないでくれ」


 ザガンが登に胡散臭い笑みを向ける。

 登は頬を引きつりながら、笑み返す。

 保険のおばちゃんの勧誘など受けたことはないが、そういう感じなのだろう。


「新入りなら基本ベースの保険だけじゃ心もとないぞ。オプションを幾つか付けた方がいい。特に、ヘルヴィウムの黒所属なら任務が多岐に渡るから、これなんてどうだ?」


 ザガンが登に差し出したパンフレットの題目に、軽く目眩がする。


『対令嬢保険。令嬢からの平手打ち、ピンヒール踏まれにも対応。令嬢被害のほとんどをカバーします!』


「いや、これは必要ない」


 登の返答に、ザガンが別のパンフレットを広げる。


「じゃあ、これだ。開発保険。これから自分で管理異世界を開発していくはずだ」


『駆け出しマスター、開発保険。三大特典! エリア結界。代替え水晶。制服保証』


 登にしてみれば、全く理解不能なものだ。首を傾げると、ザガンが説明を始めた。


「最初の創造異世界開発時のみの保険になる。あやふやな想像で創造すると、歪な異世界が出来ちまう。最初に基本となるベース世界に結界をはり、再開発時にそこだけは確保できるのがエリア結界だ」


 ザガンの説明は続く。


「そんで、代替え水晶ってのは、まあ異世界マスターに必須アイテムだが、まだ駆け出しなら神獣から授けられてないわな?」


 ザガンがヘルヴィウムをチラッと確認した。

 水晶は子どもの想像世界を留めておくアイテムだと登はこの前知ったばかりだ。


「その説明はもうしている。水晶はもちろんまだ獲得していない」


 ヘルヴィウムがザガンの視線に応える。

 登も頷いて応えた。


「OK、授かるまでの間、代わりの水晶を受け取れる特典になる。それで、最後の制服保証は」


 ザガンが登の姿を見る。

 登は、ズボンとマントしか所持していないが、今はズボンしか履いていない。


「おい、ヘルヴィウム。もうこいつは制服を失ったのか?」

「いや、本人が受け取らないのです」


 ザガンが驚愕の表情で登を見つめた。


「お前、命知らずだな!?」


 どうやら、あの特殊制服なしで異世界を渡り歩く異世界マスターはいないようだ。


「そのうち、制服の重要性も分かるだろ。制服の新調率が高いのが新入りだ。現実世界ではモンスターなんかと戦わないだろ? 初めは、足が竦んじまって全うに対処できない。制服がなけりゃ、すぐに入院ものだ」

「ザガン、残念ですが登は制服なしで青龍を育成しています」

「はぁっあん!?」


 ヘルヴィウムの返答にザガンが口をポカンと空けている。


「おいおい、とんでもねえ新入りだな」


 登はザガンの様子に困惑した。


「それにエリア保証もいらないのです。登の異世界はすでに確立異世界として存在しています。彼自身の創造世界なので歪みもなく、まあリセット開発はないでしょうし」


 ザガンが頭を抱えた。


「水晶ぐらいか……」


 そう呟いたザガンに、ヘルヴィウムが『それも時間の問題です』と応える。

 青龍を育成中の登なら、水晶を授かることは目前なのだ。


「なんか……申し訳ありません?」


 登は呟いたのだった。


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