第14話

「登!」


 そこでミサが入ってきた。

 施設長が咄嗟にお金をポケットにしまう。


「登と連絡がつかないから、心配したみたいなのよ」


 施設長がすまなそうに登に言った。

 ミサの後にサトルも顔を出す。


「登、心配した」

「いや、元気にしてるから。あ、そうだ。施設長、俺の紙芝居ある?」


 登は、何か言いたそうな二人を無視して訊いた。


「ああ! あれ、ずいぶんボロボロになっちゃって、倉庫にしまってあるわ」

「記念に持って帰ろうかと思ってたんだけど、いいかな?」

「もちろんよ。三人揃ったのだから、ゆっくりしていって」


 登は外にある倉庫に足を運ぶ。

 もちろん、ミサもサトルも着いてきている。


「ねえ、登!」


 ミサが登の腕を掴んだ。


「俺、今忙しくてお前らに構ってる時間はないわけ」


 ミサの手をソッとのけて、登は倉庫の扉を開けた。


「どうして? どうして、そんなに冷たいの?」


 ミサが声を震わせる。


「ミサ……」


 サトルが、ミサを気遣うように背中に手を添える。


「やめて、平気」


 ミサがサトルと距離を取った。


「……ミサ、俺じゃあ駄目なんだな」


 サトルが大きなため息をつく。


「登」


 サトルが登の背に呼びかけた。

 登は、軽く手でいなすだけで振り向かず、紙芝居を探している。


「一抜ける意味がやっと分かった」


 それは、登がファミレスで告げた言葉だ。


「ミサ、俺も一抜ける。自分の足で踏ん張ってみる」


 その言葉に、登は振り向いた。

 サトルが苦笑しながら登を見ていた。

 登は、フッと笑う。サトルも気づいたのだろう。三人で肩寄せ合うのはもう終わりにしなければいけないと。


「なんでよ!? 三人一緒で頑張ってきたのに! なんで、それを壊すの? 皆で今までみたいに助け合えば」

「違うだろ?」


 登は、ミサの言葉を遮る。


「不安な心を補い合っていた……寄りかかっていただけで、助け合ってはいなかった。子どもの頃なら、それでいいかもしれない。だけど、俺らはもう大人になった。寄りかかる存在なしで、もう自分の足で立たなきゃいけない。それぞれが自分の足で立つことができたら……また笑顔で会える日が来るはず」


 登の言葉にサトルが頷く。

 ミサだけがイヤイヤと首を横に振っている。


「嫌よ!」


 ミサが登の胸に飛び込む。


「お嫁さんにして? 登の仕事の邪魔はしないから!」

「じゃあ、俺が仕事辞めたら?」

「え?」

「仕事辞めた俺のお嫁さんになりたいわけ?」


 登はミサの体を剥がして、瞳を凝視した。


「そ、それは、もちろんだよ?」


 ミサの揺れる瞳が、言葉を否定しているのは明らかだった。


「でも、こんなに立派な仕事なら、辞める必要はないでしょ?」


 ミサが、登の高級そうなスーツを一瞥して微笑む。

 登の仕事内容を知る由もないのにだ。立派な形になれる仕事ということなのだろう。

 登の全身に、ミサに対する嫌悪感が広がる。きらめく青を飲んだときに感じたあれだ。


「ミサ、もう登を解放した方がいい」


 サトルがミサの肩に手を置く。


「やめて、触らないで!」


 ミサがサトルの手を払った。

 サトルが悲しげに笑う。

 登は猛烈にミサに対して怒りが込み上げる。


「俺の仕事、サトルがしていたら、ミサは同じ扱いをサトルにするのか!? 俺にお嫁さんにしてなんて言うのかよ!? 俺らはお前の不安を取り除く道具じゃねえんだ!!」


 登の怒声に、ミサが後退る。すがるようにサトルの近くに身を寄せようとするが、サトルはサッと退いた。


「サ、トル?」

「ミサ、もう無理だ。登が駄目なときは俺。俺より登が良くなったら登に。そういうことだろ? 俺は今でもミサが好きだと思う。本当は支え合って生きていくのも間違いではないだろうけど、今のミサに手を伸ばせば、俺の心は……壊れる」


 ミサが、今度はサトルを掴む。


「壊れたりはしないわ! いつもサトルは助けてくれるじゃない。それは変らない。ずっと変らないはずだもの!」


 サトルも登と同じように、ミサの体を離した。

 登、サトル、ミサのトライアングルができる。

 身を寄せ合えない距離で視線を交わす。


「俺らは互いを助けてきた。そのぬるま湯に浸かっていて、一人で立ち向かうことをしなかった。だけど、俺らはもう大人で、一人の怖さに堪えられなかった子どもじゃない。……種をさ」


 登は、不安に揺れるミサに笑む。


「種を蒔こう。ここに」


 登は、右手の拳で左胸を軽く叩く。


「自分で育てていく種。ミサにしか、サトルにしか育てられない種が、ここにあるはずだから」


 きらめく青を飲まなくても、登はくさい台詞を吐いていた。だけど、『キモッ』とは思わない。


「私、怖いよ……怖いよ……」


 ミサがそう言いながらも、胸の前に強く両手を握っている。そこにもう大事な種があるかのように。


「同じ不安の中に俺もいるって」


 サトルが胸に手を当てる。

 ミサとサトルが、登を見つめる。


「ああ、これから俺らが進む世界は、今まで経験していなかった世界……それぞれ異なる世界に飛び込むんだから怖いに決まってるじゃん」


 登はニッと笑う。


「おう、それぞれの世界をいつか語れるはずだ」


 サトルがミサに優しい眼差しを向ける。

 ミサが嗚咽する。


「三人揃って種を育てたっていいのに……」


 ミサの言葉に心が揺れないわけはない。ミサに対しての揺らぎではなく、三人揃って生きてきたことに、後ろ髪引かれるのは仕方がないことだと登は思う。


「二人は一抜けて、私は残ってしまっただけ。一抜けることもできなくて、ただ捨てられただけ」

「最初に捨てたのは、ミサだろ?」


 登は間髪入れずに答えた。


「ヒロインぶるのはよせ。悲劇の中に身を置くことに安住するなって。可哀想な自分に酔いしれるな」

「酷いよ……」


 ミサが非難めいた視線を登に向ける。

 登は、それを無視してまた紙芝居を探し始めた。

 これ以上何を言っても意味がない。言いたいことはもうない。


「あった」


 登は、懐かしい自作を手に取った。


「よし、俺はもう行く」


 振り返った登は、二人に告げて倉庫を後にする。

 今度は引き留める言葉はなかった。ただ、サトルと視線が一瞬重なる。

『後は任せろ』というような目配せと小さな頷きがあった。


 登はフッと笑って応えた。

 サトルはミサが自立に向かうまではきっと傍にいるつもりだろう。


『サトルには敵わないな』


 登は内心呟く。

 サトルなら、先にミサを一抜けさせるだろう。自身が最後に残る選択をしたのだ。ミサの言葉通りにならないように。


「だっせえな、俺」


 登は苦笑しながら、施設を出て駐車場に向かった。




「登、緊急事態よ!」


 感傷に浸る間もなく、アンネマリーの声が登に届く。

 アンネマリーと浦島友也が駆け寄っている。


「どうした?」


 アンネマリーが登に駆け寄り、耳元に告げる。


「未確認ゲートがこの辺で開いたって、ヘルヴィウムから連絡があったわ」

「友也、分かるか?」


 登は、未確認ゲートを潜ったことのなる友也に確認する。


「いえ、私は……」


 友也の視線が登の手元に向いた。


「え!?」


 アンネマリーも同じく登の手元を凝視している。

 登ももうそれを感じていた。


「うわぁ! ここが創造主様の世界ですか」

 登は、ウィラスと手を繋いでいたのだった。

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