第一夜「魔法つかいと御剣昴一郎」(OP)

 ある女の子のことと、それにまつわるぼく自身のこと、ぼくたちに関わってくれた人たちのことを話そうと思う。


 おいおいその中でも出てくるだろうが、ひとまず名乗っておく。


 ぼくの名前は、御剣昴一郎みつるぎ・こういちろう


 立場は、――高校生。しいて言うならその中でも地球上でもっとも劣等なる種族として名高い「冴えない高校生」だ。


 肩書らしいものは、今のところそれしかない。


 ぼくは賤民だ、卑しき者だ。


 ぼく「が」語ること自体には価値がないことは十分判っている。


 だからせめて、目の前で起こって見聞きしたことをそのまま、後で人から教えてもらったことに関しては、教えられたまま、聞いたままに話してゆく。


 ただ、事実というのは案外とつまらないものである。どんなできごとであっても、事実をただそのままに語ってしまったら、意外性もない、独創性もない、伏線は回収されず、設定は生かされない、第三者には面白くもなんともないものになってしまうのだろう。


 ……などと、こんなことを言うと、反論が飛んでくるかもしれない。そんなことはない、実際に起こった事実、現実ほど不思議でどんな創作よりも波乱に満ちそして人の心を動かし、掴むものはないと。


 その意見にもぼくは賛同する。


 確かに現実は大事だ。どれだけつまらなかろうと、どれだけ退屈だろうと。


 そしてどれだけ不幸だろうと、現実は大事なものだ。


 ただまあ、本当はそんなことはどちらでもいい、所詮それは言葉だ、何とでも言える。


 これからぼくが語ろうとしているのは、ただ、一人のぱっとしない高校生が、一人の女の子と知り合って、仲良くなったり、喧嘩をしたり、離れ離れになったり再会したり、だめになったり、ましになったりを繰り返し、拍手万雷大団円。とはいかないものの、まあそれなりの結末にたどり着く。


 どこにでもある。もうとっくに聞き飽きたと言われかねない話だ。


 聞いてくれる人にとって何か有益な話ではないし、特に聞いたからと言って今後の人生を有意義にするような、そういった話ではけしてないと思う。


 聞き流されても構わないし、つまらないと感じたら途中でやめてもらっても構わない。


 ただし、そういった事柄はだいたいがそうであるように、その当人たちには、心のすべて、命のすべてを預けて下した決断の果ての帰結だ。


 あの子は最良の決断をしたのかもしれない、僕はそれなりにうまくやれたのかもしれない。


 あの子は愚かだったのかもしれない、僕はいかれていたのかもしれない。


 もっとましな結果だって、あったかもしれない。


 もっと酷い有様になっていたことだって、あったかもしれない。


 そんなことも、いずれは判らなくなってしまう。


 だから、誰かに伝えておかなければならない。


 一緒に本を読んだことも、一緒に音楽を聴いたことも。


 真っ暗な闇の中、一緒に歩いたことも、


 独り、彼女を必死になって探したことも、


 凍える様な氷雨の中、彼女を背負って階段を登ったことも、


 彼女と背中を重ねて、刃を握り締めたことも、


 二人で並んで、月を見上げたことも、


 そして、彼女がぼくにとってどれほど大切でいとおしくて、かけがえのないひとだったのかも。


 聞き流されてしまっても、語ることには価値がある。




 だから、語っておこうと思うのだ。


 あなたが飽きるまでの間、ほんの少しだけ付き合ってもらえるなら、こんなに得難い幸運はない


 極力、ぼくの主観の入らぬように、起こったことをありのままに話す。


 黒髪を翻して闇を駆け、純白の装束をまとって白刃をふるう、一人の女の子。


 ――剣の魔法つかい、斎月くおん。


 僕の出会った、麗しき魔法つかいのことを。


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