それから -1-

 【高ボッチ高原】は、神様が腰を下ろして休んだ場所だといわれている。


 岡山への二度目の帰り道、渉瑠センパイは私にそう教えてくれた。

 日の出、大きな山、それと海、水辺。本来、その手がかりだけでは、【高ボッチ高原】をイメージすることは難しいと。しかし渉瑠センパイが【高ボッチ高原】にたどり着くことができたのは、その逸話があったからだという。


 お父さんと最後に訪れた〈まほろば〉。


 渉瑠センパイは初めから、私のお父さんがもう亡くなっていることを知っていた。最初にここを訪れたときには伝えられなかったことを、すべて教えてくれた。きっと、お父さんはそれが最後の旅になることを知っていたからこそ、最後の〈まほろば〉に【高ボッチ高原】を選んだのではないかと。


 自らの命がもう長くはないことを、お父さんはわかっていたのではないかと。神様がここで休んだように、自分ももう休まなければいけないことを、わかっていたのではないかと。だからこそ、この【高ボッチ高原】を、最後の〈まほろば〉に選んだ。

 だから、もうそろそろ、休ませてあげよう。


 渉瑠センパイは、私にそう言ってくれた。


「……」


 お父さんのお墓の前で、静かに手を合わせる。ようやくお父さんが眠るべき場所に、休ませてあげることができた。


 私も一緒に入るつもりだったのに、そんな馬鹿なことをせずにすんでよかったと、今は思う。


 閉じていた目を開くと、お墓の前に置いている黒いスマホが映る。

 渉瑠センパイが私に渡してくれた、お父さんへの私の気持ちと想いが宿るスマホ。

 私も前に進むために、もうお父さんへのメールを送ることは止めている。

 お父さんはもういない。だから、お父さんがいたときと同じではいられないのだから。


 スマホを手に取ると、そっと胸に抱きしめる。今でも、どうしても暗い気持ちに心を埋め尽くされるときがある。でもきっと、それが普通、それが正しいのだ。

 生きることは、綺麗なものばかりではない。悲しいことも、辛いことだってある。でも、それ以上に楽しくて幸せなものにあふれていると、お父さんが、渉瑠センパイが教えてくれた。


 そして、お父さんへの気持ちも。


 自然と、頬が緩んだ。


「ありがとう、お父さん。私、やっぱり、お父さんのこと、大好きだよ。これまでも、これからも、ずっとずっと、大好きだよ」


 私の想いを受け取り続けてくれたスマホを、お父さんへの想いを手に、私は立ち上がる。


「それじゃあね、お父さん。また、来るから」


 笑顔で言葉を残し、私は再び、歩き始める。

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