第6話 僕は何を間違ったのかな?

 二度と来ないと思っていたのに……何を間違ったのかな? 僕は。


 あの日、お友達が帰ってしまった後、由希子さんは僕に謝ってきた。

「ごめんなさい。愛理があんなこと言うなんて思わなくて」

 由希子さんは、泣きそうな目で僕を見上げていた。

「由希子さん、お友達に謝っておいてくれるかな。

 僕は大人のふりが苦手なんだ。ごめんね」

 そう言って、由希子さんの頭を撫でた。子どもに気を遣わせるなんて、本当に僕は……。


 って、アレがいけなかったのかな? 由希子さんがお友達にどう言ったか知らないけど、毎週末……というか、学校が休みの日には必ず来てるよね。

 あれから、三年。家族でどっか行くとか、他に用事が入るとか……まぁ、たまに誰か抜けてるときはあるけれど……何も無いのかな?

 しかも中学三年生と言ったら、受験生だろう? ……って内部進学か。由希子さんもそうだものね。


「内部進学と言っても、大学受験はするのだろう? それとも、大学まで内部進学する気なのかい?」

 僕は紅茶を入れながら彼女たちに訊いてみる。


「ほ~い。見て見てっ。全国模試の結果」

 松本里沙さんが僕に向かって、成績表を見せる。斉藤早苗さんと三条愛理さん、そして由希子さんも成績表を見せてきた。

 うん。全員、全国でも十位以内に皆入っている。


「うち。ただのお嬢様学校じゃ無いんだよね。模試の結果が極端に悪かったら内部進学も出来ない。

 だいたい、由希子は自分ちだから良いけど、成績悪かったら私たち、こんな胡散臭いところに来られてませんから」

「胡散臭くて悪かったね。って来なくて良いから」 

 もうすっかり、たまり場になっているよね、洋館うち


「え~。監視ですよ。監視。

 これからどんどん可愛く魅力的になってくる由希子に手を出さないように」

 早苗さん? 何言ってるのかな? 君は……。

「それはまた……。僕はてっきり、手作りお菓子目当てだと思ってたのだけど」

 もう、君たちに出すのはやめようかな? って感じで言ったら。


「はい、は~い。私は、お菓子目当てです。伸也さん好きです」

 すかさず、里沙さんが言ってきた。

「君が好きなのは、僕じゃ無くて僕が作ったお菓子だろう? はい、どうぞ」

 そう言って僕は、里沙さんにチーズケーキを出した。


「伸也さん、どんどんお菓子作り上手になってるよね」

 里沙さんが、感心したようにチーズケーキを眺めていった。

「そりゃ、毎週何かしら作らされてたら嫌でも上達するよ。

 最近は、由希子さんも作れるようになったしねぇ」

「まだまだ、失敗することも多いけどね」

 由希子さんが、キッチンからクッキーを持ってやって来ていた。


 千代さんの年齢に近くなるにつれて、本当にそっくりになってきている。

「家事手伝ってくれているからね。いつでも、嫁に出せるよね」

 そこいらの男どもには勿体ないくらいだけどね……と内心思っていると。

「伸也さん、ふる~い。考え方古すぎ」

 里沙さんが、すかさず言ってきた。

「女の幸せは、結婚。なんて……今の時代、流行らないって」

「そう……なの?」

 いや、流行に合わせて結婚を決めるのか? 君たち。


「まぁ、そうですよね。女を馬鹿にしてます」

 ずっと黙っていた愛理さんが、無愛想にそう言ってきた。雰囲気が僕のことを大嫌いって主張しているのに、何でここに来ているのか分からない。

「ごめんね。馬鹿にしているわけじゃ無いけど……。親の希望?

 なんか、娘の花嫁姿……とか、見てみたいなぁ。なんて」

 ハハハって乾いた笑いをしてしまった。嘘じゃ無いけど。

「伸也さんにとって由希子は、娘なんですね」

 愛理さんが確認のように訊いてきた。

「僕にとっては、ね」

 親だと言う度に、由希子さんから悲しげな……何とも言えない顔をされるから認められてないのだろうけど。


「そりゃ、お母さんとしては、見てみたいんだろうけどさ」

 里沙さんがチーズケーキをぱくつきながら言ってきた。

 いや……僕、男だからね。お母さんって……。

「何かあったの? 里沙」

 ずっと黙ってた早苗さんが里沙さんに訊いてる。

「官僚。キャリア目指したらダメだって……。東大なんか行ったら嫁の貰い手無くなるって。人が何のために一生懸命勉強してるのか、分かってくれない」

 なるほど……それでか、この手の話に敏感なのは。

 これは僕が悪かったな。


「悪かったね。結婚の話なんかして……。

 今は女性でも仕事に邁進まいしんしていける時代だって事忘れてたよ」

「伸也さん、いつの時代の人?」

「本当にね」

 僕は、曖昧に笑った。


 本当に、僕らの……大正時代は何もかも不自由で、職業婦人と言う言葉があってバスガイドなんて花形の職業はあったけど、ほとんどの女性は、親の言いなりに嫁がされていた。


 でも、今はそんな時代じゃ無い。

「本当に、なりたいのであれば、親を説得するべきだと思うけどね。

 今、君が進学校で勉強できているのも、将来大学の費用を出すのも、反対をしている親御さんだろう?」

「伸也さんだけは、そんな説教くさいこと言わないと思ってたのに……」

 外見詐欺だ……なんて、ブチブチ言われている。

 いや、確かに外見は二十代半ばくらいで止まっているけどね。

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