第2話 白うさぎ


「お嬢様。本日はいかがいたしましょうか?」


「そうね。マリアージュ フレールかクスミティーな気分だわ」


「では、クスミティーにいたしましょう」


 私のボディーガードであるレーナがティーポットを温めておいたお湯を捨て茶葉をいれ始めた。


 その日の気候や茶葉の種類によってティーポットやティーカップを使い分けるレーナ。


 なので、この部屋に設置されている食器棚には色んなデザインのティーセットが幾つも用意されていた。

 

 紅茶が出来上がるのを待ちながら窓から外の景色を眺めていると、妹のリサッチが


「ねえ、ダーシャ。さっきグアンタナモ基地内の収容キャンプの拡張工事が終了したって報告が上がってたわよ」


 視線を窓の外からソファーに座っているリサッチに移し


「あら、確かあそこは国家反逆罪の人物が収容される施設だったわよね? 今まで水面下で動いてたけど遂に大量逮捕に踏み切るのかしら? もしそうなら世界中の人達がショックを受けることになるわね」


「でしょうね……。誰もが知ってる著名人達が、人身売買に関わってたんだから物凄くショックを受けるんじゃないかしら。それに、どんなふうに報道するのかは知らないけどそう簡単に信じる事が出来なくて、沢山の人達が認知的不協和に陥るかもね」


「そうね。自分たちが信じて尊敬していた人物達の報道があまりにもイメージとかけ離れ過ぎてるから、ほとんどの人達は真実を受け入れられなくて報道内容を何とかして論理付けようとするでしょうし、あるいは無視したり拒絶したりして物凄く不快な気分になるんでしょうね」


 リサッチが渋い顔をして頷いている。すると、茶葉が入ったティーポットに沸騰したお湯を注ぎ始めたレーナが


「先ほど人身売買グループに新たな動きがある。との報告がございました」


 レーナに話しを続けるように目配せをすると


「白うさぎと名のる人身売買グループが監禁している子供達を、今夜中に別の人身売買グループの元へ輸送を行うそうです」


 リサッチが眉間に皺をよせながら


「う~ん。なんで人身売買グループの名称がウサギなのよ。もっと違う名称で活動しなさいよね……」


 レーナが少し表情を曇らせると


「世界規模で活動してる犯罪ネットワーク、ペドファイル・リングを模倣してるのではないかと思われます」


「なんで、幼児・小児を対象とした特殊な性的嗜好を持つペドファイルたちの欲望を満たす為の犯罪者達を模倣したりするのよ?」


 レーナがお湯を注いだティーポットに素早く蓋をすると砂時計をセットして


「ペドファイル・リングのような人身売買業者あるいは人身売買組織のことを『白うさぎ』と一部の者達が呼んでおります。そのため、国内で活動している人身売買グループが世界規模の犯罪ネットワークと関わりがあると匂わせるために、自分達のグループの名称を『白うさぎ』にしたのではないかと推測しております。ただ、捕らわれた子供達を追跡したところ実際に何人かはペドファイル・リングに関連する業者や組織に引き渡されていたそうです」


 リサッチが呆れた表情を浮かべ


「それって、匂わせなくたって犯罪ネットワークと繋がってるんじゃん」


「活動し始めて日も浅く、構成員の数も少ない人身売買グループですので攫った子供達がどのようなルートを経由して何処の組織に売買されてるかまでは把握してないようです」


 するとリサッチが首を傾げながら


「でも、この国で子供が行方不明になったら親は直ぐにでも捜索願を出すでしょ? そしたら警察が直ぐに子供を見つけ出すために動き出すでしょ? 仮に人身売買グループに子供を連れ去られたとしても日本の警察ならそいつらを直ぐに捕まえそうなもんなんだけど? 何で人身売買グループがいつまでも捕まらないのかしら?」


「人身売買グループが狙ってる子供は密入国、あるいは偽装パスポートを使って不法入国した在留許可のない人物達のいわゆる不法入国者達の子供。もしくは適法な在留許可を受けて入国したものの、在留期間経過後も出国、帰国せず不法に在留ないしは滞留しているオーバーステイした人物の子供達でございます」


 リサッチが納得したような表情を浮かべて


「なるほどね。親達は警察に行くと身元がバレて自国へ強制送還されてしまうから、子供の捜索願を出せないのね。だから人身売買グループは今も警察に捕まることなく犯行を繰り返してる訳ね。不法に滞在してる親達に関しては然るべき処置を受けてもらわないといけないけど……、無理やり親と引き離された子達がかわいそうよね」


 するとレーナが少し表情を曇らせて


「国内には外国人滞在者が集まって生活している地域が多数存在しており、その中のいくつかの地域で役所に出生届が出されなかった子供達を高値で買い取り、不当に子供達を働かせているコミュニティーが存在しております。主に人身売買グループはそのコミュニティーで働く子供達をターゲットにして活動しているとのことです」


 リサッチが少し顎を引いて眉間に皺を寄せると


「つまり、無理やり親から引き離された子供達じゃなくて、親の都合で売られた子供達が攫われてるってことなのかしら……」


「その通りでございます」


 リサッチが大きく息を吸い、一気に吐き出すと


「内戦や紛争が絶えなくて、働き口もなく経済的に困窮している為にやむを得ず親が子を売るような国が存在していることは知ってるわ。違う国では政府による厳格な人口削減策によって、一組の夫婦が育てることの出来る子供の人数を制限した為に、政策の規定を超える子供を授かった親達が罰金を払えなかったり、政府からの色々な恩恵が得られない事による不利益を避ける為に、インターネットを利用して子供を売りに出して売買されてるってことも知ってる。でも、まさかこの国で自分の子を売る親がいるとは思わなかったし、子供を不当に働かせてるコミュニティーが存在してることも知らなかったわ」


「日本人ならば何かしらの犯罪による被害を受ければ警察へ被害届を出しますが、不法滞在者達は身元がバレるので警察へは行きません。その為、不法滞在者が被害を受けた犯罪の実態を把握する事が難しくなっております。そして、不法滞在者はこの国の法律に違反して生活しており正規の仕事には就けませんので、常に経済的に困窮しており様々な犯罪を行い生活をしております。ちなみに、白うさぎと名のる人身売買グループは不法滞在者で結成されたグループでございます」


 レーナの話しを聞いたリサッチは何やら考え込んでいる様子だった。


 レーナがティーポットの中をスプーンで軽くひと混ぜすると茶こしで茶殻をこしながら、濃さが均一になるようにティーカップに紅茶を注ぎ始める。


 最後の一滴まで注ぎきったティーカップをレーナから受け取り、私はいれたての紅茶の香りを楽しむ。


 レーナから紅茶を受け取ったリサッチが、険しい表情を浮かべて


「出生届の手続きをしていない国籍も戸籍も存在してない子供達が親の都合で密かに売られいる。そんな子供達を不当に働かせるコミュニティーが存在していて、不法滞在者がコミュニティーで働かされてる子供達を攫って売買してる……。いつまで経っても人身売買の実態が明るみになる事なんてないじゃない! 誰が子供達を助けるのよ!」


 リサッチが紅茶を一旦テーブルに置くと


「ねえ、ダーシャどうするの? 今回も私達は世間の状況には介入しないでいつも通りの見守るスタンスなの?」


 私は紅茶を一口飲み、少し感情的になっているリサッチに


「国内での人身売買がペドファイル・リングに関連してる組織に引き渡されてる事と、書類上存在してない子供達が不当な扱いを受けてる実態を把握しきれていない現状を鑑みて、この案件には介入することにするわ」


 険しい表情だったリサッチが目を見開き


「えっ?! 介入するんだ! てっきり、今回もうちらの掴んだ情報を然るべき機関にリークして経過を見守るだけかと思ってたわ」


「ごく一部の不法滞在者達による犯罪行為によって正規で頑張ってる国外の人達が不当に扱われないようにする為と、単純に犯罪グループ撲滅による地域の治安回復。それと、救出した身寄りのない子供達の中から場合によっては我が社への勧誘も考えてのことよ」


「なるほど……。我が社の人材不足の改善も含まれてるのね……」


 するとレーナが


「色んな出来事に悩んだり苦しんでる人達へ様々なメッセージを伝える活動を行っている人物達を、不法滞在者を利用して妨害したり亡き者にしようとする者達の動きを抑制する事も含まれております」


 リサッチが片方の眉をピクッとさせて、私を見ると


「あ~。外国人犯罪者に対しての法整備が整っていないのも現状なのよね。そう考えると今回の私達の行動は色んな物事に影響を与えるのね」


 私は頷き紅茶を飲み始める。


 リサッチも紅茶を飲み始めた。


 紅茶を楽しむ私とリサッチ。


 お代わりの用意をしているレーナ。


 ティータイム中の室内に少しの間、静かな時が流れた。


 すると、リサッチが私を見て


「ねえ。犯罪グループから保護する子供達の中に見込みがある子がいたら、私はその子のお姉さんになりたいかも」


「そうね、色んな事情があって親に売られてしまった子供達だけど。悲観的にならず前向きな姿勢で世の中に貢献したいって考える子がいるならば、私達で引き取りたいわね。そして、私達とずっと一緒にいたいって思って貰える姉でありたいわね」


 レーナが私のティーカップに紅茶を注ぎながら


「僭越ながら私の意見といたしましては……。お嬢様とリサッチ様のお二人が姉でしたらどんな方でも喜んで頂けると思います」


 リサッチが少し照れたような表情をして、レーナに


「でもでも、レーナは私とダーシャからしたらそれこそ姉みたいなものよ」


「とても嬉しいお言葉です。ありがとうございます」


 レーナが微笑みながら一礼する。


 リサッチとレーナのやり取りが終わったところで、二人に


「私達の弟か妹になれるような人材がいるかは不明だけど、劣悪な環境から子供達を助ける為に今日はみんなでウサギをやっつけるわよ!」


 力強く頷いたリサッチとレーナの瞳には、いつも以上にやる気が満ち溢れていた。

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