例のアレで職失ってお金がないからマスクを作ってみた。

@ika366

例のアレで職失ってお金がないからマスクを作ってみた。



自業自得と言われればそれまでだが、学歴がなく、かといって機転を働かせるような頭脳もなく、ただ頭をフリーズさせている時間が開放的で好きだからという理由で、工場で部品の一部のように淡々としていた作業のバイトをしていた俺は、世界でポストアベンジャーズと言わんばかりに流行っている例のアレのせいで失業した。


 一応貯金はあるが節約して3ヶ月持つかどうかだろう。幸い親は健在だったが、実家に帰るというのは憚れた

。大学を卒業してから5年たつがそれ以来一度も顔を出していないせいで、なんとなく気まずく思うのだ。


 求人サイトや雑誌で工場の仕事を探す。しかし徒労に終わった。多くの工場が稼働を止めるか人件費を削るかの処置をしていて、求人なんてありはしなかった。

 コンビニやファミレスのバイトはごく一部、郊外に出ればあるようだったが、半分ほど無機物たる俺はコミュニケーションスキルという極めて有機生命体的機能はとうに捨てており、唯一会話する相手は大学で同じ学部だった風変わりな悪友のみとなっていた。

 

 2週間ほどすると再就職はもう半分ほど諦めていた。

 終わりの見えない状況に怯えた。

漠然と帰省の文字が頭に浮かんでいた。

スマホに映る画面は求人サイトなどではなくまとめサイトになっていた。


「マスクの作り方……」

  

 そのコラムを見つけたのはまさにその時だった。

 キッチンペーパーで作るマスクというものだ。外出なんてほぼしないもののやはり怖いのと、まるで折り紙ようで面白そうに見えたからやってみたが、これが中々楽しい。やはり俺は作業をすることが好きだと実感した。

気づけばストックのキッチンペーパーまでマスクにしていた。もう揚げ物はできない。


「ほほぅ。これは良いものですねぇ」

「わっお前どこから」

「お金の匂いするとこに僕ありですよぅ?」


 突然湧いて出た小柄で童顔の女に俺は驚く。こいつが例の悪友だ。


「さすがですねぇ。すごい完成度です」


 そんな俺のことなどお構いなしに、悪友はまじまじとマスクを観察する。


「……折り紙みたいなもんだよ」

「それがすごいんじゃないですかぁ。僕、折り紙苦手なんで羨ましい限りです。それにこの量、飽きないでこれだけの量をこなすなんてさすがとしか言いようがないですねえ」

「う、うむ」


 褒められるのは満更でもない。特に今彼女が持っているのは上手くいった方と思っていたマスクだ。やはりこういうものは向いていると自分で思う。大学時代にそそのかされ文化祭でお好み焼きを焼くマシーンとしてタダ働きをさせられたことが脳裏によぎったが、それを牽制するように彼女の言葉が来た。


「僕、一種の小売業者なんで売上落ちてちょうど困ってたんですよぅ。これ、売りましょう?」

「売るって、それ犯罪になったんじゃなかった?」

「え、そうなんですか?」

「そうだよ。ほら」


 そういってhttps://www.meti.go.jp/covid-19/pdf/tenbaikisei_qa.pdfを彼女に見せる 。


「ふうむ。なるほどぅ。マスクはですか」


 そう呟いて長い前髪を指に絡めると、にやりと口元を歪めて僕に告げる。


「これはマスクではありません」

「はい?」

「これは折り紙です」

「何いってんの?」

「あなたがいったんじゃないですかぁ、折り紙だって」

「いや、そんなの通るわけ……」

「あなたも困っているんでしょぅ?」


 言葉を失っている俺に、彼女は再び確認する。


「これは、折り紙です。わかりましたね」


 そう言いながら彼女はスマホでそれを写真に収める。


「何枚ありますか?」

「……250枚くらい」

「1時間何枚作れます?」

「100枚」

「じゃあ50枚3000円+送料ってところですねぇ。あ、取り分は3:1でいいですよぅ。もちろんあなたが3の方で」

「随分気前いいな」

「成長しました」

  

 そうして俺は折り紙を作り、それを某フリマアプリで販売し続けた。

彼女は他に仕事があるようでいつも慌ただしい様子だったが、あまり気にしなかった。袋詰まで俺がやり、彼女は配送の手続きを他の者にやらしているらしく、つまり彼女はろくに働いていないわけだが、あまり気にしなかった。

気にならなかった。好きなことを好きなようにやらせてもらっているんだ。これ以上なにを望むのだろうか。


 自分たちのつけるマス――折り紙なんて用意せず、ひたすら売りまくった。

その常軌を逸した献身性のおかげか売上は順調で、日商50万を超える時もあった。

だが、それも1ヶ月ほどしか持たなかった。

ある日突然、フリマアプリのアカウントが停止してしまったのだ。


「パクられちゃいました」

「じゃあなんで呑気に寝っ転がってスマホいじってんだよ」

「デコイですよぅ。ムショのほうがマシっていう方々が多いもんですから、ありがたい限りです」

「…………」

「まぁ、この国はもう終わりです」

「……世間ではそんなに流行しているのか」

「いえいえぇ、売りすぎました。供給過多です」

  

 彼女はあまったマスクを強く握りしめ立ち上がる。


「お隣の国へ行きましょう」


 そうして俺たちは日本を捨てた。嵐の中に白鯨を狩りに行くような彼女の商売根性はほれぼれするものがあった。

 彼女はまず俺にひたすらマスクを作るように命じた。このころには俺は右手左手両足の三機間同時マスク生成ができるようになっていていた。


それを屋台や露天で販売すると今度は例のアレ失業者たちを連れてきて新しい俺の部屋に呼び寄せ、彼らに俺の技術を学ばせた。俺は教えないといけないのではと、そのことによって自分がマスクを作り時間が減ってしまうのではないかと憂いたが、杞憂だった。もともとコミュニケーション能力に欠ける上、この国の言葉など知らない俺に悪友はそんなことを期待しておらず、見て学ぶように仕向けてくれたらしい。完全歩合制のため、彼らは目を血眼にして俺の作業を観察していた。こういうビジネスモデルの作り方は本当感服するものがある。


 シルクロードを辿るように、彼女はさらに事業を拡大していった。

例のアレは次第に終息していったが、それを教訓に世界のマスク使用率は一定の高水準を維持しつづけ、俺たちは世界的なマスク企業へと発展していた。

 そんなある日のことだ。


「けほけほきゅ~」

 

 それを遺言に悪友が死んだ。死因は例のアレによる血栓症だった。1枚でもマスクを売るために自分は決してつけず東奔西走していたのだから当然だ。

 寒気が俺を襲う。

死が怖い。

これだけ楽しく生きているのに、それを失うのが怖かった。

でも大丈夫だ。同じ轍を踏むことはない。

なぜならマスクはこれだけあるのだから!



「続いてのニュースです。マスク企業家で有名の例のアノヒトが死亡しました。死因は窒息死、彼は自作のマスクを100枚ほどつけており――」



 

 


 

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