拡醒戦記アースセイヴァー ──平和の待ち人──

影迷彩

第1話

 [20xx年、突如として地球上各地に隕石が落下し、多数の災害的被害を各国首都にもたらした。

 それと同時期に各地で未確認巨大生物“オーガロイド”が出現、方々で暴れまわり、様々な国を蹂躙し破壊し尽くした。更にオーガロイドの作った住処から放つEMPによって国家間の通信は閉ざされてしまった。“オーガロイド”でわかることはほぼ不明であり、効果的かつ明確な弱点も見つからず、世界各地の人類は疲弊しそうになっていた。

 だが人類は“オーガロイド“に対抗するべく拡張性能兵器、通称「拡性兵」という力を生み出し戦っている。オーガロイド襲来より前に偶然製造された新たな重機であった拡性兵をオーガロイド戦に人類はオーガロイドの脅威に耐え続けているが、この戦いは未だ終わる気配が見えない。]


──早朝の、夜闇の交じった青空の下、潮風が吹く海辺。

 波が朝日に煌めき、砂浜でランニングをしている少女を照らした。


 「はっ、はっ」


 息を整え、姿勢を立てて走る青色のジャージ姿は、真面目なスポーツ系部員のようだった。 

 しかし、少女は陸上部員ではない。有事の際に動けるようにと、毎朝のストレッチからランニングなどのトレーニングを日々の課題にしていた。


 「はっ、はっ」


 黒髪のショートボブ、温和で優しい顔立ちは真剣な表情となっている。

 少女の名は和待・望(かずまち・のぞみ)。海に煌めく日の出の港町、煌露日(ころに)町の住人だ。


──望は日課のランニングを終え、家である魚介レストラン“和町宿”の暖簾をくぐる。


 「おかえりー、望ちゃん♪」


 リビング兼テーブル席では、望の叔父である和待明が、白と桃の花柄エプロン姿で朝ごはんを作っていた。

 

 「ただいまー。朝から暑くなってきたよ、もう」


 望はタオルで汗を拭い、ダンベルを持ち上げながら明の作る料理の香りを堪能する。

 

 「そっか、今日からもう夏か。ウチもヒヤヒヤの新メニュー、さっさと出さなきゃな」


 明は二人分の皿に、フライパンで焼き上げた目玉焼きをのせる。

 今日の朝ごはんのメニューは、シャケご飯と貝の味噌汁、目玉焼きとポテトサラダであった。


 「「いただきます」」


 二人は揃って手を合わせ、朝ごはんを食す。

 ラジオの電源を入れてBGMとし、和待一家の朝がこうして始まった。


 《“ULS衛星放送”より、今日の話題をお伝えします。今日の話題は、“オーガロイド”のネスト探索を目的とした内陸遠征の演習実況をお伝えします──》


 「オーガロイドって言えば、明日からウチの町の隊も、ネスト探索に参加するんだよね」


 望はラジオのアナウンスを話題に出した。思い出したことがあり、気がかりとなったからだ。


 「そうだな、防衛戦のゲートや山岳地帯を越えるオーガロイドはもういねぇと思うが……念のためだ。明日はあれから9年の日だしな」


 あれから9年。そう思い、望の顔が伏し目がちとなる。


 「ま、そんなわけで今日は駐屯地の皆がウチに来るぜ。稀代の看板娘、よろしくな!」


 明は望に深々と頭を下げ、両掌をパチンと合わせた。


 「……そうね、夕方からだったら料理の手伝いもいけるわ」


 「サンキュ! ご馳走さま!!」


 望と明は顔を合わせ、ほっこりと笑顔に戻った。




──煌露町は漁業が盛んな、日本列島の港町である。

 常に海では漁船が出港し、潮風を浴びて町は元気づいている。

 また、地球外巨大怪獣“オーガロイド”に備えた防衛ゲートも沿岸と反対方向にある山岳地帯にあり、自衛隊が定期的に点検や付近の警備を行っている。


 この町は八年ほど前、オーガロイドの大群に襲われた。

 理由は不明であるが、駐屯地戦力の何倍もの大群に、町の95%は破壊され、物も人も失われた。


──ここは海岸の海の家であった場所。

 空き家となったこの場所を、望は子供達の為の教室に整えていた。


 「ここまでが、この町の簡単な説明ね。質問あるかな?」


 「望ねえちゃん、むずかしいよー」

 

 望はホワイトボードに簡単な地図を描き込むと、小椅子に座った子供達に振り替える。

 

 「まぁ実際見てみなきゃ分からないけどね……昔は本当に、盛んだったのよ」


 望は教室の窓から、扇状に広がる煌露日町の景色を見渡した。

 所々に隙間があるように住宅の少ない町並みは、昔と比べて寂しく感じる風景であった。


 「昔はもっとねぇ、活気づいていたのよ……」


 毎年この時期になると気持ちが憂いてしまう。

 その表情を子供に見せてはならない。望はふぅっと息をついて子供たちに笑顔で向き直った。


 「もう時間だし、今日はここまでにしましょ! おねえちゃん、このあと色々用意することがあるからねぇ」


 「「「はーい!」」」


 子供たちは元気に挨拶し、望に引率されて各々の家族が住む住居に帰っていった。


──望は無人となっている煌露日小学校を訪れた。

 門はなく、校舎を見上げるとあちこちが崩れ落ちていて、室内に空からの光を直接浴びていた。

 校舎の真ん中にある慰霊碑に、望は手を合わせて拝む。

 元々少年少女の人口は少ないものであったが、当時この小学校に通い、今も煌露日町に残っているのは望だけであった。


 黙祷を終え、望は校舎の中を探索する。

 倒壊した柱をくぐり、瓦礫をどかして望は校舎を掃除する。

 他の建物と違い、学生が全くいなくなったということで復興は済んでいない。

 取り壊しがないのは、町にとって思い入れのある場所だからだ。


 望は瓦礫をどかすと、一枚の写真が挟まっていたことに気づいた。

 色褪せた写真に写っていたのは、かつてこの小学校に通った自分たち生徒であった。

 望が学級委員長となり、皆を引っ張っていったことには未だに覚えている。

 

 そのうちの何人かは帰らぬ人となり、もしくは別の土地に疎開した。

 望の同級生は、今は彼女の隣にはいなかった。


 「なんじゃ、泣いているのか?」


 望は驚いて塗り向き、目をぬぐった。


 「お爺ちゃん!」


 「望よ、一人で大変じゃぁないか?」


 小柄な体格の老人は、孫である望に松葉杖をついて近寄った。


 「写真か……全て取り出したと思ったら、まだあったのかのう」


 「お爺ちゃん……ここをどうにかして、また使えないかな?」


 「難しいのう、手間もかかるし利用するものもない……」


 望は締め付けられた胸に写真を抱いた。


 「もっとも、手間の方は今日はそんなにかかりはせん」


 「望ねえちゃーん♪」


 祖父の後ろの扉から、今朝海の家で地理を教えた子供たちが望に駆け寄った。


 「みんな!? どうしてここに!?」


 「望ねえちゃんがいつもここで一人がんばってるの、お爺ちゃんに教えてもらった!」


 「望ねえちゃん、元気ないよね。いつも楽しい勉強のお礼!!」


 「み、皆……!」


 望は再び涙をぬぐい、子供たちに腕を回し抱き締めた。


 「そうじゃ、明が呼んどるぞ。思ったよりも具材手に入れすぎて捌くのが大変らしいとのう」


 祖父はアゴヒゲをさすり、望が煌露日小学校を後にするのを促した。


 


──「望ちゃーん! ビールもう一杯!」


 夜の時刻。“和待宿”内では、明日の内陸遠征に向けて自衛隊隊員達が陽気にビールを飲み交わした。

 16歳の望にビールの匂いはキツく、明が戻るまでのしのぎとして、看板娘の本領を発揮した。


 「料理追加ね! 料理持ってきますね! 食器お下げします! こちら、生ビールです!」


 「は、働いてるねぇ和待さんとこの嬢ちゃんは……」


 猫の手もいらないほど望は的確にウェイトレス業をこなした。


 「明日から小遣いあげてもらお」


 ヘトヘトになり、ベランダで一休みし始めた望の耳に、現自衛隊隊長の本多勝家が、先輩である明と会話していた。


 「旧都市攻略だと? もうそんな段階に作戦は進むのか?」


 普段は飄々と軽い明は、真剣と驚愕の雰囲気となっていた。


 「あくまで作戦だ。実際展開するには、日本列島総力の数が足りず、そして決定打になる機体や武器もない……まだ日本を守るには、戦力がまだ足りないんだ」


 勝家の答えを物陰から聞いた望は、その場でぺたんと座り込んだ。

 未だ、この世界は平和ではない。

 かつての襲撃を思いだし、望は身震いした。

 



──翌日、煌露日小学校の慰霊裨前で望と子供たちが黙祷した。

 あの事件から数年、見た目や心に傷跡のあるこの町は、遅くとも着実な歩みで復興を進めていった。

 そのあとも町長としての役割が残ってると、祖父はその場を後にした。


 子供たちを連れ、望は水平線の向こうを眺めた。船が一隻、煌露日町に向かっている。


 ふと、今頃昔の同級生はどこで何をしてるか考えた。

 皆もまた、辛い記憶と恐怖が心に宿っているだろう。


 それでも、また皆がこの町に戻って、一から歩み始めることは出来ないかと。

 気持ちが惹かれるように、望は海の向こうに目を向け、潮風を肌に感じた。

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