第二局 二子局①

負けた。


負けることは僕にとっていつものことだけれど、

囲碁を始めて半月の奴に負けたのは初めてだ。



俺の一年間は、無駄だったのか?


そいつは同期の友達で、僕も麻雀をたまに打った。

麻雀ではいつもボコボコにされていた。

そいつの勝負強さは何度も見てきた。


それでも、一年先に始めた自分が負けるとは、思ってなかった。


自分より格上にやり込められることは数えきれないほどあったが、

自分より下だと思っていた奴に負けるのは初めてだった。


恥ずかしい。

彼を見下していた自分が。

勝てなかったくせに。

いつも勝てないくせに。

一年間何をして来た?

ぐるぐるそんな言葉が頭の中を回る。


検討もそこそこに、僕は逃げるように帰った。


この一年、僕は自分の好きなように打ってきた。

打ちたいときに、打ちたい碁を。


自分の好きなように打っていては勝てなかった。

そのうち、好きに打つだけでは満足できなくなり、

勝ちたいからやりたくないことをしたりもした。でも負けた。


死ぬ気で頑張ったわけじゃない。

とても努力なんて言えるものではないけれど。


自分の一年間を完全に否定されたみたいだ。


面白いと思わない詰碁や棋譜並べをしてきたのはなんだったのか。

詰碁や棋譜並べだけじゃない、


自分が楽しんでいた対局の、キラキラしていた一手一手の全てが


無価値なのではないか、


そう思った。

勝てなかったから。


一応ハンデはあった。2子置いた。自分の方が一年先輩だから、と。


とんだ笑い話だ、一瞬で吹っ飛ばされた。

ハンデなしでも彼には勝てる気がしない。

絶対に。


それから僕は詰碁も棋譜並べもしなくなった。

ただ、打つことはやめられなかった。

打つことが好きだったから。


でも、いざ打ち始めると、自分の打ちたいようにではなく、

ちっともキラキラしてない、無難な一手を選んでいた。


ひたすら、負けたくないと思いながら打っていた。


思うままに打てない。

狙ったところへ石が置けない。


碁石がテニスボールになってしまったかのようだった。

僕はずっと、負けたくない。負けたくないと念仏のように、

心の中で唱えながら打っていた。


でも負け続けた。


負けるとしばらく部室には行きたくない、と毎回思う。

でも気づくと家で囲碁の本を読んでいる。

そして数日後には部室の前まで来てしまっていた。


勝つこともあった。多分数十局に一局くらいだったように思う。


勝つときはいつもボロボロになっていた。

力を振り絞って必死になって掴んだ勝利のはずだったのだが、


勝った! うれしい! 楽しい! よりもこう思うのだ。




ああ、負けなくてよかった、と。

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