第29話後始末

 

 フレンは柔らかく包まれるような感覚を感じ、目を覚ました。

 そこには日の光に照らされキラキラと光るスライムの中だった。

 ああそうか。私はギーラの槍で刺されたんだっけ。

 そしてそのあとは……


「もがぁ!!」


 レノン様!!と言ったつもりだが、スライムの中なので言葉は発することができない。

 水の中にいる時と同じ感覚だ。


「あ、もう起きたんだフレンちゃん!!でもまだ出してあげないよ!!重症なんだから僕の中でおとなしくしててね!!」


 スラメの声が聞こえた。

 私は今スラメの中で治癒されているのか。

 なら一安心だ……ではない。

 私はスラメに思念を送った。


『スラメ、戦場はどうなったの?レノン様は?』


 レノン様が私をキツケに託したことまでは覚えているが、そのあとは気を失ってしまったから全く分からない。

 万が一にもレノン様が負けるようなことがあれば……などと考えてしまう。


「もう戦いは終わったよ。魔王様がギーラを討ち取って降伏勧告をしたんだ。で、みんな戦いをやめて魔王様に忠誠を尽くす事を誓ったみたいだよ!!」


 ああ、よかった。

 ほっと胸を撫で下ろし、スラメの中でのんびりと治癒を受けることにしよう。

 でも流石はレノン様だ。

 万が一にもなどと考えてしまった自分が少しバカらしいな。


 そう思いながらあたりを見回すと、他にもスライムの中にいる者たちが見受けられる。

 キプロス、キャラット、オルグ……

 十二翼の面々だ。

 それ以外にも重傷までに至らなかった奴らもいる。


 そんな中一際目立つ重傷者がいた。


 ギーラ


 スライムの中にいるものの、あれどう見ても首と胴体繋がったないよね……?

 というかあれただスライムの中で死体を保管してるだけなんじゃ……

 などと考えながら見ていると、なんと徐々に首と胴体が繋がり始めたではないか。


 うわっ、気持ちわる……


 こんな光景見た日にはトラウマものだよ。

 ああ見なきゃよかった。


『そういえばスラメ、魔王様は?』


 この場にレノンがいないことに気がついた。

 可愛い秘書が怪我をしたというのに、そばにいてくれないなんて……少し寂しいじゃないか。


「詳しくは分からないけど、後始末してくるってさ。なんか1人だけ逃げた奴がいるんだって。……大方予想はできるけどね!」


 逃げた奴……?

 ゴズのことだろうか。

 確かにあいつなら負けると分かった瞬間に逃げ出すだろうな。

 そんなの無駄なのに。

 どこに逃げようとも魔王様から逃げられるわけないんだから。


『メム様はこちらに来ているの?』


「うん、魔王様がメム様をここに置いて出て行ったから。今は僕の仲間たちに囲まれてお菓子でも食べてるんじゃないかな?」


『そう……じゃあ魔王様が帰って来られるまではもう一眠りしようかな。今日は流石に疲れちゃった』


「そうしなよ。キツケから聞いたけど相当無理したんだって?魔王様が帰ってきたら起こしてあげるからゆっくりしなよ!」


 スラメにありがとうと言ってフレンは目を閉じた。

 自分がこんなにも無理をしたことが今まであっただろうか。

 全くもって自分らしくもない事をしたと思う。

 理由は……まぁ簡単か。


 ああレノン様。

 早く帰って来ないかな。


 そう思いながら私は眠りについた。


 ◇◆◇◆


「くそっ!!なんでこうなった!!」


 森の中を数人の部下を引き連れてゴズは走っていた。

 あれだけ圧倒的な戦力を用意しながら、完璧な敗北を喫したのだ。

 もしかしたら自分は無能なのではなどという思考が頭に巡ったが、全力で否定した。

 なにせ私は魔王軍最強のゴズ様だ。


 そうだ。

 あいつらが弱いから負けたのだ。

 私の指示通りに動いていれば勝てたものを、自分勝手な奴らが勝手な行動をしたせいで負けたのだ。

 私の責任じゃない。


 しかし私の次に強いギーラの首を高々と掲げられた時は少し腰を抜かしてしまった。

 しかもそれを見て戦ったた奴らも全員降伏してしまうなど……魔王軍はこんなビビリばかりの集団だったか?

 私以外は本当に無能ばかりだ!!


 ゴズは走り疲れたためたまたま見つけた洞窟の中に身を寄せた。

 そして地面に座り、一息つく。


 魔王軍はもうおしまいだ。

 あんな元人間風情に忠誠を誓ったのだから。

 すでに私が魔王になる道筋は閉じられたと言っても過言ではないだろう。

 しかしまだ諦めるわけにはいかない。

 何か手はないか……手は……そうだ!!人間!!人間を利用すればいいではないか!!


 私が人間に擬態して人間領に紛れこみ、魔王を倒せる逸材を育てればいい。

 そいつらに魔王を倒させて、その空いた席に私が座ればいいではないか。

 やはり私は天才だ。


 となればまずは人間領に行かなければ。

 領地に置いてきた妻や息子たちには悪いが、自分の命がなにより大事だ。

 例え処刑になったとしても私を恨まないでくれよ。

 万が一にもそうなったらいつか私がお前たちの仇を取ってやるからな。


 よし、方針が決まれば早速行動に移そう。

 ゴズは腰を上げ、洞窟内部から外の様子を伺い、周りに何もいない事を確認してから洞窟の外に出た。


 出たはずだった。

 しかし何故か先ほどまでの場所とは全く違う場所にいた。

 そしてそこにいたのは………あの偽魔王だった。

 いやそれだけじゃない。

 裏切った連中や、降伏した十二翼の連中までもが魔王の座る玉座の後ろに控えているではないか。

 しかも首を落とされたはずのギーラの姿もある。

 これは夢か幻か……

 などと考えていると


「久しぶりだなゴズ。調子はどうだ?」


 玉座の偽魔王から声をかけられた。

 その威圧感と強大な魔力におされ、ゴズはその場で尻餅をついた。


「な、ななななぜ私の目の前に貴様がいるのだ!!」


「さてなぜだろうな。理由など考えればいくらでも出てくるであろう?」


 あの洞窟自体が罠だったとでもいうのか?

 いや、そんなはずがない。

 あれはどう見ても天然にできたものだ。

 しかも入られる姿は誰にも見られていないはず。

 そんな状況で罠を張るなど無理に等しい。

 じゃあなぜ私は今こんな状況に陥っているのだ。


「……分かっていないようだから教えてやる。お前程度の微々たる魔力でも俺はどこにいるか察知するくらいのことは容易なんだよ。あの洞窟に隠れていることもすぐに分かった。だから洞窟の入り口に転移の魔法を張った。入り口を通ればここにくるようにな」


 レノンのセリフにゴズは青ざめた。

 つまりは逃げ場などどこにもなかったということだ。

 逃げ切って人間を使い偽魔王を倒すなどといった計画を立てていた自分がバカらしく思えてきた。


「さて、ゴズ。これから自分がどうなるか……分かっているのだろうな?」


 レノンにそう言われ、真っ先に頭に浮かんだのは死という言葉だった。

 魔王になる者に逆らった罰は重い。

 そうなれば私に待つのは処刑という未来のみだろう。

 ……いや、待てよ。

 ゴズはレノンの後ろに控える十二翼の面々を見て思った。


 もしかすればちゃんと謝罪すれば彼らと同じように処刑されないのではないか


 と。

 私が指揮したとはいえ、こいつらも偽魔王に逆らったのは同じ。

 ならば私と同じように罰を受けるのは当然だ。

 ではなぜ、こいつらは偽魔王の後ろに控えていられるのだ?

 もしかすればちゃんと謝罪し、忠誠を誓ったからではないのか?

 だとすれば私もそうすれば助かる余地はある。

 不本意だが、生き残るためだ。

 ゴズは片膝をつき、頭を下げた。


「この度は大変申し訳ありませんでした。この牛魔族の長であるゴズはあなたに忠誠を誓いましょう」


 思ってもいない事を口にするのは本当に気分が悪いがこれも生き残るために必要な事。

 我慢我慢。


 しかしなかなか返事をしないなこいつ。

 私がこうまでして頭を下げているのだ。

 早々に受け入れるのが筋というものだろう。


 そう思い少し顔を上げると、


「誰が顔をあげて良いと言った」


 その言葉に瞬時に頭を下げ直した。

 なんだと?

 こいつは分かっていながらこうさせているのか?

 なんたる屈辱。許せない。

 怒りが沸沸と湧き上がるが、なんとか抑えつつ次の言葉を待つ。


「ゴス、お前は少し勘違いをしているようだがな」


 体幹では2、3分と言ったところだろうか。

 それくらいの間が開いて、偽魔王は言葉を発した。

 勘違い?一体なんのことだ。


「俺の後ろにいる奴らは忠誠を誓ったからそこにいるのではない。ただ単に俺が仲間にしたいからそこに立たせているのだ。こいつらはこの戦いでそれぞれよい戦いを見せてくれた。……まぁ一部は違うが」


 サラーデが顔をそらした。


「お前とは違う。忠誠を誓う?馬鹿な事を言うな。お前の忠誠など要らぬ。不要だ」


 きっぱりとそう言われた。

 私の忠誠が要らぬ……だと。

 馬鹿な!!魔王軍最強の私の忠誠が要らないと言うのか!!


「要らぬだ……『誰が喋って良いと言った。その汚い口を閉じろ』…….!!」


 口が強制的に閉じられた。

 喋る権利すら奪われた。


「……ゴズ、これよりお前には2つの選択肢を与えよう」


 2つの選択肢……?

 するとゴズの目の前に一本の短刀が置かれた。


「これが意味することは分かるよな」


 ……………つまりは私に死ねというのか。

 この短刀で自害せよと。

 それがいやならこの短刀で偽魔王を殺してみよと言うことか。

 ゴズは短刀を手に取り、魔王に向ける。


「これでお前を殺せば私が正義だ!!」


「何を勘違いしている。そんなめんどくさい事をするわけがないだろう」


「えっ?」


「俺が言ったのは、その短刀で自害するか……俺の背後にいる誰かに処刑されるかのどちらかだ」


 ゴズに突きつけられたのはその2択だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る