「か、怪盗だと・・・?」


 聞きなれない言葉に、騎士団長が首を傾げる。他の騎士達の間からも疑問のざわめきが上がる。「怪盗」という言葉の意味を知っている勇者パーティーの仲間達でさえ、唖然とした表情をしている。

 周囲の混乱をよそに、カゲヒコは誇らしげな様子で説明を続ける。


「子供の頃から、ずっと憧れてたんだよ。アルセーヌ・ルパンのように高名で、怪人二十面相のように奇抜。石川五右衛門のように堂々としていて、ねずみ小僧のように慈悲深い。キャッツアイのように華麗で、キッドのように奇想天外。そして、ルパン三世のように人々の心に爪痕を残す、そんな大泥棒になりたいって、ずっと思ってきたんだ。日本ではそんな夢は到底かなわなかったけど、この世界でだったら叶えられるだろ?」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


「・・・・・・」


 騎士団長も、部下の騎士達も。国王も、勇者パーティーも。誰もが声も出ないとばかりに唖然として、カゲヒコの演説に聞き入っていた。

 しばらくの沈黙の後、ようやく声の出し方を思い出したように騎士団長がカゲヒコへと尋ねた。


「怪盗・・・泥棒だと? まさかそんなもののために、勇者パーティーとして魔王を討伐した栄誉を捨てるというのか? この国で貴族の地位を得るチャンスを、棒に振るというのか?」


「俺が尊敬する大泥棒のセリフにこういうものがある。『人生を楽しむコツは、どれだけバカなことを考えられるかなんだ』ってね。元の世界に帰れるのならそれが一番良いって思ってたけど、それが叶わないって言うのなら、せいぜいこの世界での生活を楽しませてもらうさ。精一杯バカをやりながらな」


 カゲヒコはポケットに手を入れて、銀色の仮面を取り出した。マジックアイテムでもなんでもない、魔王討伐な旅の途中で立ち寄った雑貨屋でたまたま手に入れたものである。顔の上半分を隠せる大きさの仮面を自分の顔にかけて、堂々と宣言した。


「諸君! 今日という日を忘れるな! この世界に初めて、怪盗が生まれた日だ!」


 宣言して、カゲヒコは魔法を発動させる。


「第3階梯魔法【花吹雪フラワーシャワー】!」


 カゲヒコの手から色とりどりの花びらが噴き出して、玉座の間を包み込んだ。攻撃力のない花の嵐であったが、むせかえるような花の匂いと勢いに飲み込まれて、騎士団長でさえ片膝をついてしまう。


「くっ!?」


「うわっ!」


「なっ、何も見えないぞ!」


 花びらの嵐が吹き荒れ、他の騎士達からも口々に戸惑いの声が上がる。やがて嵐が止んだときには、玉座の横にいたはずのカゲヒコの姿はどこにもなかった。


「くそっ、逃げられた! 国王陛下を保護しろ! 他の者達は賢者クロノを探せ!」


「ひ、ひいっ・・・助かった」


 騎士達が花の山に埋もれていた国王を掘り起こす。花びらに埋もれて窒息死しかけていた国王は、ギリギリのところで救い出された。


「お、おのれえ! 賢者クロノ! ワシにこんなことをしてただで済むと思うなよ! 皆の者、クロノを追え! 絶対に捕まえて縛り首にするのじゃ!」


「はっ!」


「そこにいる勇者達も閉じ込めて・・・」


 ――と、さっきまで勇者達がいた空間を見つめて、国王は凍りついた。


 カゲヒコだけではなく、他の勇者パーティー3人の姿もどこにも見当たらなかった。


「さ、捜せええええええええっ! 勇者たちを逃がすな! か、かか、彼らがいなくなったらこの国は・・・!」


 気が早いことに、国王はすでに隣国に宣戦布告を出していた。いまさら後戻りなどできるはずがない。

 勇者パーティーという戦力が消えてしまったら、ブレイブ王国を待っているのは破滅の未来だけである。


「何としてでも探し出せ~~~~~~~!!」


 哀れな老人の悲鳴が城中へと響いた。

 必死になって勇者達を探す彼らはまだ気がついていなかった。


 城の地下にある宝物庫が、ものの見事に空になっていることに。

 魔王討伐のためと称して周辺諸国から集めた軍資金も、魔王城から勇者パーティーが持ち帰ったマジックアイテムも、すべて残らず消えていることに。

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