第7話:二人の名探偵


「緑、車貸してくれる?」


 日曜になり、志世君のお迎えをしたいので、車を借りれるかと尋ねると、


「……どこ行くの?」


 ジト目で何やら怪しげな視線を送ってきた。

 これはもしかして怪しまれている? 私が車に乗ってどこか行くことを怪しんでいるのではないだろうか? 嫉妬だったらちょっと嬉しいかも。


「うーん、それは秘密」

「じゃあ貸せない」


 プイッと顔を背けて、テレビに視線を戻して頬杖をついた。

 こんな一面もあるんだーと感心している場合ではないので、正直に今日の予定を伝えることに。


「今日は志世君とデートしてくるの」

「……俺は? 俺とはデートしてくんないの?」


 何この人可愛い。


「するよ? もちろんする。たくさんする」

「ふぅーん。今言ったからな。約束は守ってよ」

「守るよ。じゃあ、鍵を貸してくださいな?」


 お気に召したのか、鞄から鍵を取り出してくれたので、渡してくれると思ったのだが……。


「てかさ、瑞希って車乗れたんだ。免許持ってるよね?」


 予想外の言葉に驚いた。

 可愛いとか思ったのは前言撤回させていただきます。

 私のこと馬鹿にしすぎでしょ。免許くらい持ってるわい! 運転だって結婚するまでは結構な頻度でしていたわい! ただ自分の車がないだけで、お母さんとの共同の車を乗り回してたわい!


「当たり前でしょ。運転くらいできます」

「まあそれならいいんだけどさ……ぶつけんなよ?」


 不安そうな面持ちでそっと鍵を渡してくれた。どれだけ信用がないんだい私は。

 ……ん? ちょっと待って。


「なんで高級な外車の鍵を渡してくるわけ? 普通に軽でいいんだけど」

「デートだからと思って。お子ちゃまにはかっこいい車の方が喜ばれるかと思った」

「怖くて運転できないわよ」

「まあそうだよな。やっぱり軽だよな。絶対ぶつけるもんな」

「本当に失礼なやつだ!?」


 手を出し、その鍵を返せて指をくいくい動かす。腹が立つがぶつけて怒られるのも嫌なので、素直に手の平に鍵を置いた。

 そして、軽の鍵を改めて受け取ると、


「ぶつけんなよ?」


 なんで更に念を押して言ってくるんだい! 信用がどんだけないのよ!

 むむむむむっ、むかつくぅー!!


「ぶつけるわけないでしょ!」


 ムカついた私は鞄から財布を取り出して、一枚のカードをこれでもかと緑の顔面に押し付け見せつけた。


「ちょちょっ、これじゃ見たくても見れん」

「私はこれでも免許なんですけどぉ! 馬鹿にしないでちょうだい!」

「ゴールド免許という、ペーパーだったりしないか?」

「んなわけないでしょ! ペーパードライバーだったらまず乗らないわよ! 私はこれでもマニュアル車で免許取ってんだから!」


 自分の免許証にはATに限ると印字されていない。それが証拠なのだ!


「ほんとだな。意外だ……にしても、この写真の瑞希、めっちゃ可愛いな? 好き」

「へっ!? そっ、そうかな?」

「そうだとも。めちゃくちゃ可愛い。さすが自慢の奥さんなだけはあるわ。最高に可愛い」


 なっ!? ななななっ、なんなのぉ!?


「おっ、煽てても何も出ないんだからねッ!」


 急に褒められて煽てられたら、無性にその場に居た堪れなくなったので、足早に玄関に向かって家を出た。


「いってらっしゃいー、気をつけてなー」


 背後から聞こえてくる声に反応することは出来なかった。


「……もう、ああいうのは反則……」


 バタンと閉めた扉にもたれ掛かって、熱くなった顔を手でパタパタと扇ぐ。

 暑いなー、なんだか胸もドキドキしてるなー。これは夏のせいだなー。いや、もう九月だから夏のせいはおかしいか。秋のせいだなー。

 ……くだらないことを考えていないで、志世君と茜さんを迎えに行かなければ!

 そんな暑さに負けじと、照らされる太陽の下へと足を踏み入れた。







 車に乗りこむと、もわっとした空気が漂って不快な気持ちになる。


「あっつー」


 さてと、行くとしますか。

家から茜さんの家まではそれほど遠くない。一駅、二駅まではいかないくらいの距離にあるので、時間にすれば15分も掛からない。

 事前に教えてもらった住所をスマホのナビに打ち込んでその通りに走るだけだ。

 車のエンジンをかけ、冷房をガンガンに効かせて車を進めていく。


 それから5分くらい経ち、赤信号で止まった。

 なーんの問題もないじゃない! 運転なんて余裕よ! どこにぶつける要素があるのかしら! 私も舐めすぎよ、緑は! 

 ふふんと鼻を鳴らして、遠くに離れた場所にいる緑にドヤ顔を送っていると、後ろからクラクションを鳴らされてしまった。

 びっくりして前を見ると信号はいつの間にか青に代わっていたみたいで、聞こえもしないと分かっているけれど「ごめんなさい、調子乗りました」と言葉に出して後ろの人に謝罪を申し上げ。


 うん、自分が悪いよね。自業自得だ。

 ふぅいー、調子こくのはもうやめよう。


『次の交差点を右に曲がってください。もうすぐ目的地です』


 ナビの案内通りならば、次の交差点を曲がったら家か。

 そういえば、私は茜さんの家に行くの初めてだ。どんな家なんだろう。一軒家? マンション? アパート? それすらも知らないや。


 右折をして、暫く直進していると目的地に着いたようだ。

 うーん、住宅街なんだけれど、マンションも建っているし、一軒家もたくさんある。近くには公園もあって、アパートもあるし、どこに住んでいるのか全然分からないや。


「もしもし、あの近くに着いたんですけど、家がどれか分からなくて……」

『はいはい、今から出るねー』

「分かりました。緑の軽で来ているので」

『はいはいー!』


 電話が切られ、辺りを見渡しながら待っていると子連れのお母さん(茜さん)が一軒家から出てきた。

 おぉ、あそこが家かぁ。一軒家、いいなあ。

 シフトレバーをドライブに入れ、近くまで徐行しながら寄っていく。

 近くで車を停めると、茜さんは窓をコンコンと叩いた。

 窓をあけると、


「今日は車でどこか行く感じ?」

「はい、その予定ですけど……あっ、チャイルドシートがいりますね」

「そうそう。だから、家に車停めていいから車は私の使おう」

「ですね。それがいいですね」


 それから私は茜さんに言われた通りに、並列で止められる家の駐車場に車を停めて、車から降りた。


「あーちゃん、おはよう!」

「みずきおはようー」


 元気よく挨拶したのは心ちゃんで、眠たそうに間延びした挨拶をしたのは志世君だ。

 視線を合わせるように私はしゃがんで挨拶を返す。


「二人ともおはよう。心ちゃんは元気だね。志世君はまだ眠いかな?」

「こころはゲンキ!」

「ぼくはまだねむい」


 まあ眠いのは仕方がないか。だって、今は朝の8時15分だものね。子供にはまだ早い時間っちゃ速い時間、か。


「瑞希ちゃん、とりあえずここで立ち話もなんだから、車乗って今日は何するか話し合おうかしら?」

「ですね! じゃあ乗ろうか、お二人さん!」

「「はーい」」


 茜さんのファミリーカーに2人を乗せ、私は助手席ではなく、後部座席に座った。


「では、とりあえずコンビニへ行きましょう!」

「了解です。今日は運転手を務めさせていただきます、新道茜です。安全運転を心がけます。よろしくおねがいします」


 ぺこりと頭を下げた。


「あ、なんかごめんなさい」


 真意を悟った私はすぐさま謝り、ぺこぺこと頭を下げると「冗談よ」と笑いながら、車は進み始める。


「みずき、どこいくの?」

「今日は探偵ごっこをしようかなーって。今日志世君と心ちゃんにお願いするのは緑を探してほしいってところかな?」


 昨日の夜に何時から走り出すのか、そしてどこを走るかを聞いておいた。

 しかし、教えてくれたのは時間だけで、コースまでは教えてもらえなかった。しつこく聞くと今日の予定がバレてしまうので、聞けなかった。

 ——では、どうやって緑を見つけるか。という問題にぶち当たることになるだろう。


「そんなのわかんないよー」

「ひとまず、探すのは準備してからで、まずは探偵になるんだから、役を決めよっか? 志世君、探偵と言えばなにかな?」

「ほーむず!」


 そこはコ〇ンじゃないのね……。まさかのそっちなのね……。


「心ちゃんは?」

「うきょーさん!」


 うきょー……?


「あっはっは! 心、それは警察さんだよ! ママの見てるドラマ見てたから、かな?」

「うん!」


 突然、茜さんがハンドルを叩きながら、爆笑し始めた。

 警察……? うきょー、うきょう、右京さん! 相棒! ぷすすっ!


「心ちゃんは大人なドラマを見るんだね? すごいや」

「ふふん、こころはオトナなの!」


 チャイルドシートにドヤって座った大人は初めて見たよ、心ちゃん。それと茜さんが言った通り、それは探偵ではなくて、警察だから。と言いたいけども、なにやら嬉しそうなのでやめておこう。


「じゃあ、志世君はホームズで、心ちゃんはうきょーさんね!」

「みずきは?」

「私は二人の助手で、ワトソンでいこうかな」

「ワトソン! なんかかっけえ!」


 ホームズを知ってて、ワトソンしらねーのかい! いや、まあそこはどうでもいいから、話を進めようか、お二人さん。


「……ゴホン。では、先生方、朝食の方は取りましたか?」


 少しばかり声音を変えて、役に入り切る。


「「まだ!」」


「では、探偵のご飯と言えばなんでしょう?」

「はい! おれしってる!」

「では、ホームズ先生(志世)にお答えしてもらおうかな」

「えっと……パン!」


「のんのんのん!」


 人差し指を横に振りながら、声を上げたのは私ではなく、茜さんでもない人物。そう、チャイルドシートに座った大人のうきょー先生(心)だ。


「なんだよ、こころにわかんのかよ」

「わたしはうきょーさん」


 その人、おじさんだけど大丈夫? 性別変わっちゃってるけど大丈夫? 

 心ちゃんの言葉に茜さんはどうやらツボっているようで、声に出して笑いたいのだろうけども、笑うと心ちゃんが機嫌を損ねる可能性があるのか、堪えて肩がずっと震えている。


「では、うきょー先生(心)お願いします」

「ぎゅうにゅーとアンパンだよ」

「……ファイナルアンサー?」

「??」


 おっと、これはジェネレーションギャップがあった。

 ぐぅーっと心ちゃんを見つめて、答えを溜める。


「こころまちがってた? あれ、あーちゃん?」


 答えを言わず、黙っていると不安になって来たのか、自分が出てきてしまった心ちゃんは可愛いすぎる。


「……お見事。正解です! さすが、探偵さんだ!」

「やったー!」

「こころすげー。くっそー、まけてらんねー!」


 パチパチと拍手の音と感嘆の声で車内は包まれた。


「お楽しみ中悪いのだけれど、もうとっくの前にコンビニ着いてるからね」


「さすが運転手! 今日は使いまわしてやりましょう、先生!」


「ママ、きょーはぼくたちのいうこときくんだよ?」

「ふっふっふ、ママどんまい」


「……瑞希ちゃん、今日終わったら覚えておきなさいよ?」

「ひぇっ、怖いなー……ささっ、先生行きましょう!」


 茜さんの鋭い眼光から逃げるようにそそくさと車から降りた。


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