第3話(6/6)

 ☆


 それから約二週間後の、すっかり梅雨も抜け、夏の気配がやって来た頃。


「有栖先輩! こないだはありがとうございました!」

 藤和が部室を訪ねてきた。


「なんだかよく分からないですけど、有栖先輩の言う通りにしてたら先輩達に話し掛けてもらえるようになったんです!」

「おー。やったじゃん」

「でも、なぜかやたら『よしよし』って頭を撫でられるんですよねぇ……」

 藤和は心底不思議そうに頭を触る。


 しかし俺と姫宮はその様を知っていた。というのも、さすがに雷という天変に委ねるのもどうかと思ったので、隠れて窓を叩きに行ったのだ。

 案の定盛大にビクつく藤和を見て、部員達の母性本能がくすぐられる瞬間を目の当たりにしていた。


「まぁなんにせよ仲良く出来たならよかったじゃん」

「あー、それなんですけど……」

 藤和は鞄からクリアファイルを取り出した。五線譜が描かれた、可愛らしいけどオシャレなクリアファイルだ。


「仲良くなったといっても、同級生の子に比べたらまだまだって感じでして……。よかったら私も理想の後輩に育てて欲しいなって……」

 そう言って取り出したのは彼女が入部届だった。


「……え、マジで?」

「マジです」

 俺は思わず姫宮の方を見る。一応部長はこいつだ。


「いや、部長的には嬉しいですけど……かなりふざけた部活ですよ……?」

「同意するけど部長が言うか」

 冷静に後輩部ってなんだよ。恥ずかしくてあまり口に出したくない名前だ。


「一応センパイが講義っぽいことしてくれてますけど、基本脱線して雑談したり漫画読んでるような部活ですよ?」

「うんまぁそうなんだけどね」

 毎回みっちりやるほど理想の後輩について話すネタがない。


「ぶっちゃけ普通に弦楽部行ってた方いいと思いますよ……?」

「ぶっちゃけたなー」

 まぁ藤和に関しては、確かにこのまま放っておいても十分打ち解けられる気がする。


 しかし藤和は首を横に振って答える。


「いいえ。姫宮さん達はちゃんと私の悩みを解決してくれました。それに、二人みたいな先輩後輩の関係っていいなって思ったんです。だからそれを間近で見てたら、参考になるんじゃないかって」

「むぅ……。そういうことなら……」

 そう言われてしまっては返す言葉もない、といった表情で姫宮は入部届を受け取る。


「あぁ、でも弦楽部もあるので、参加はそっちが休みの火曜日だけでも大丈夫でしょうか……」

「それは別にいいんじゃないか? どうせ大したことしてないんだし」

「はい、そうですね。名前貸ししてくれたクラスメートは一度も来てないわけですし」


 そういえばそんなのいたらしいな。


「それじゃあ藤和さん、よろしく」

「よろしくでーす♪」

「はい。よろしくお願いします!」


 というわけで、後輩部にまさかの新入部員が加わったのだった。

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