第3話(2/6)

「部で一番上手いのか」

「……はい」

 申し訳なさそうに藤和はそう答えた。


 なるほど。先輩と後輩におけるコミュニケーションの大半は“教えること”だ。入部当初に部のシステムの説明が終われば、演奏力が勝る藤和に教えるべきことは何もない。


 もちろん話し掛けようと思えばいくらでも話し掛けられるだろうが、数十人といる新入部員だ。進んで話し掛けるのは、もっと自分より劣っていて、それでいて明るい雰囲気を纏った部員だろう。

 ……自尊心から藤和のことを良く思えないやつもいるだろうし。


「んー……、こういうのもなんですけど、それだけ上手ならなんでうちなんかに来たんですか?」

 姫宮が投げ掛けた疑問は、俺も気になるところだった。

 もっと強豪の学校に行けばいいし、社会人楽団だってあるはずだ。両親の影響で小さい頃からやってたなら、その辺りの理解も伝手もありそうなのに。


「……私、別にプロになりたいわけじゃないんです。上手くなくても、楽しくやりたいって感じで。特に中学まではヴァイオリンやってる子なんて周りにいなかったから、同世代の子とやりたくて……。それでここに来て……。だから私はここのレベルに不満はなくて……」

「なるほど……」

 とはいえ合奏は皆で行うものだ。個人プレイの部活よりその人間関係の円満さは重要だろう。


「ちなみに藤和さんは勉強は出来る方?」

 ここはあくまで学校の部活だ。教えてもらうことは何もヴァイオリンの技術だけとは限らない。

 部活は出来るけど勉強は出来ないとかなら、そういう弱味から先輩とコミュニケーションを取ることも出来るだろう。

 俺も放課後の生徒会室で先輩から勉強を教えてもらった時は、かなり距離が縮まった気がした。


「まぁそれなりですね……」

「ちなみにこないだの中間の順位は?」

「……三位です」

「それってクラス?」

「いえ、学年です……」

「おーぅ……」

 これは勉強を教えてもらう作戦は難しそうだ。


「三位! ヒナと一緒じゃないですか!」

「え、マジで?」

 ……絶対勉強出来ないタイプだと思ってた。


「マジです。三位の人です」

「ちょっとお前のこと見直したわ」

「ま、下からですけどね。大差ないです」

「大差しかねぇ!!」

 姫宮の頬を引っ張る。

 一学年に何人いると思ってんだうちの学校。ざっと数百の壁はあるぞ。


「いふぁいでふヘンパイ……」

 しばしもちもちした後、藤和の方に直る。彼女は不思議そうに目を丸くし、瞬きを繰り返していた。


「……あの、もしかしてお二人ってお付き合いしてるんですか?」

「まさか」

「そんな幻想ないですねー」

「なんでそう思ったんだ」

「いや、かなり仲が良いなぁって……」

 まぁ確かに、ここ数日で姫宮とは大分打ち解けた気がする。けどそれは性格が由優と似てたからだ。だからなんというか、妹が増えたような感覚だった。


「むしろ俺は、姫宮がイケメンの先輩と仲良くなれるように利用されてる立場なんだよ」

 姫宮曰く被験者である。もっとも、俺にはこいつを恋愛的に好きになる気は起きなさそうだが。


「そうだったんですか。……でもなんだかいいですね。仲良い友達みたいで。ちょっと憧れます」

「やめろなんとなくやだ」

「なんとなくってなんですかセンパイ! 理由ないのが逆にツラい!」

 ぷんぷんと頬を膨らませた、相変わらずのわざとらしさで怒る姫宮を無視して、俺は頭を本題に戻す。


 うむ……なかなか難題かもしれないぞ。

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