第4話 犬の警官 アンタッチド・フューズ

「ここ二三日やけに機嫌がいいな」


とゲイブマンがケイスに言う。


「そうか?」


と言って顔をツルリ、と撫でる。


「馴染みの女でも出来たか」


「まあな。久しくご無沙汰だったからな」


そうか、とゲイブマンがケイスの肩を叩きながら言った。


「どんな女か後で話せよ」


そう言われると自分の相手をしているのがまだガキで、正直に言えば、小児性愛者ペドフィリアと誤解されかねない。何かよく出来たストーリーを考えなければな、と思う。


 ロッカー室から出て、席に座り、ホロモニタで今日の仕事を確認する。


 二時間の待機勤務ののち、四時間のパトロール、二時間のデスクワークだ。


 ニューオークボのパトロール。何時もと変わらないはずだが、今日は面倒なことが起きそうな、と妙な予感がした。


 緊急呼集サイレンがなったのはパトロールが終わり、署に戻ってきてからすぐの事だった。ち、パトロールは何事もなく終わったのに。あと二時間で勤務が終わるってのについていない。


 サイレンのランクはA。何処かの軍用サイボーグがニューオークボで暴れているらしい。


 呼集を受けた署員は全員、強化装甲服エグゾスケルトン着用。


 ち、ナニが暴れていやがるてんだ。


強化装甲服エグゾスケルトンは服、とは言いつつも普段着るような服ではなく、主に着用者の筋力を増大させ、全体に装甲を施してある、言わば一人乗りの装甲車というような代物だ。その重量は八百キロをゆうに超え、その重量を支える高出力のバッテリーからは、42prレーザー・ガンのケーブルが直結されている。


 この人工ゴリラどもは四機ごとに装甲輸送車のキャリーカーゴに分乗する。四機一分隊で三分隊で一小隊を形成するため、キャリーカーゴの設計は一分隊毎に運搬できるようになっている。つまり、三台の装甲輸送車が発進する。


 そうだ、運搬だ。強化装甲服エグゾスケルトンを着た俺達は人間ではなく荷物になる。そんなフレーズが浮かぶと、顔がにやつく。唯の自嘲だ、と、ケイスは思い直す。


「それじゃぁ、現場につくまで簡単なブリーフィングだ」


と小隊長の声がスピーカーから流れる。カーゴのホロモニタに作戦概要が映し出され、夫々の強化装甲服エグゾスケルトンの左腕に搭載されている六インチディスプレイにも同様の画像が出力されている。


「現場はニューオークボエリア三。暴れているのはネオ・トーキョー州、何処の部隊か良くわからんが空間突撃兵ヒーローズの退役兵一名だ。現場にはニューオークボ分署のパトロールカーが四台急行している。今の所警官への被害は報告されていない。被害者が五人で心肺停止が三、重症二というところだ」


 ホロモニタに現場の映像が中継されている。でかいボディのサイボーグが暴れたあとがあり、現在はそのサイボーグは沈黙している。暴れ終わったのか、分署員の発泡にも最低限の反応しかしていない。


「確認されている所では武装は無し、装甲有り、強化装甲服エグゾスケルトンのレーザーガンでは鎮圧は難しいと予測される。一応暴徒用のライアット・ガンも持ってきている。頭を狙って打て。脳が揺れれば上手いこと脳震盪でも起こすかもしれん。そろそろ現場に着く。以上だ」


 ニューオークボ分署ということは強化装甲服エグゾスケルトンは配備されていない。とすると、空間突撃兵ヒーローズ相手に三十八口径で対処しているってのか。


 分署長に自殺してこい、とでも命令されたか。正直に言えば強化装甲服エグゾスケルトンを着ていても、出来れば空間突撃兵ヒーローズの相手なんかしたくない。彼奴等は人工ゴリラの比じゃない。大柄な人間サイズのボディにモーターや、バッテリーが埋め込まれている、いや、埋め込まれているんじゃない、そうんだ。だから強化装甲服エグゾスケルトンよりも軽くてパワーが有って、そしてタフだ。そして、軽さとパワーから生み出されるスピード。容易に捕まえられる相手じゃない。


 隊長はライアット・ガンで対処しろなどと言ったが、実際出来るのはヤツのバッテリー低下を待つしか無い。


 現場につくとカーゴから強化装甲服エグゾスケルトンが十二機一個小隊が降り、ターゲットの空間突撃兵ヒーローズを取り囲むように円を描くように包囲する。


 車道を塞いでいた、パトロールカーをちょいと持ち上げて退かすと、ライアット・ガンを構える。と、レーザー・ガンを構えて放射ショットしたやつが居た。


 ゲイブマンだ。


 土壇場でビビりやがった。確かに空間突撃兵ヒーローズにはライオット・ガンなどイトーヨーカドーで売っている22口径並のおもちゃみたいなものかも知れないが、レーザー・ガンなんぞ使えば空間突撃兵ヒーローズのアサルト・リアクターが反応し、反撃されるのは判りきっている。


 ああ、ゲイブマンの野郎死んだな。とケイスは思った。


ゲイブマンの強化装甲服エグゾスケルトン空間突撃兵ヒーローズの接近を許し、そして破壊された。腕が引きちぎられ、ボディにこぶし大の穴が空き、三方位ホロ・カメラのついた頭部が吹き飛ばされた。


 大した体術だ。もしかしたらアレは《機甲詠春拳》かもしれないな、とケイスは思った。


 空間突撃兵ヒーローズが本気でかかってきたら、軍の出動を要請しなければならない。


そこで、小隊長が


「お前は包囲されている、大人しく投降しろ」とお決まりの文句を言った。小隊長の声はほんの僅か震えていた。


 ケイスは、ああ、小隊長もブルってるな、小便くらい漏らしているかもな、位の感想はもった。


 驚いたことに、あれだけ暴れていた空間突撃兵ヒーローズが大人しく両手をあげたのだ。これには、小隊の皆が唖然とし、小隊長が何かを言うまで、固まってしまった。


「よ、よし、両手を頭の後ろにやれ。それからそのまま伏せろ」


言う通りにした空間突撃兵ヒーローズに分署員の警官が、首筋にある非接触型コネクタに電子錠を貼り付けた。この電子錠をはずそうすると、数千アンペアの電流が流れ、脳が焼ききれる。ダイブ・クラッカーを逮捕する時の装備だが、用途は十分に達せられそうだ。


 それから、ゲイブマンの所へ行くと驚いたことにまだ生きていた。「なんだ、まだ生きていたのか」とケイスが言うと、ゲイブマンは苦しそうな息を吐きながら頷いた。


 生きてきたのはラッキーだが、あれじゃもう警官はやれないな。警官崩れの用心棒になるか、アンダーワールドの住人になってネットに情報を流し、小金を稼いで生きていくかだ。


 街で仕事をしようとしたら――多分殺される。


 ケイスはそんな事を思いながら、逮捕された空間突撃兵ヒーローズを見た。体のでかいヤツは、パトロールカーに乗るのも一苦労らしく、くの字に曲がった体に、天井の高さが低いため頭が横に傾いでた。


 ケイスは、とりあえず、ゲイブマンは警察病院に放り込まれるとして、ヤツは独房行き。警官を攻撃したのはまずかったな、チンピラ五人だけなら、二三日泊まるだけで済んだのに。調書は作らないと駄目だろうな、誰が担当するのやら。


 さてと、それで俺は何時に帰れるんだろうな、などと考えていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

宇宙のヒーローズ かほん @ino_ponta

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ