第6話 大神姉妹、let's壁ドン
「…………ねぇ」
「…………何ぃ?」
「これ、効果あるの?」
私は壁ドンシリーズをやっていた。
◇
時は少し遡る。
学校から帰った私は自室で勉強を、理央は居間でテレビを観ていた。
「壁ドンだってお姉ちゃん!やろうよ!」
私が課題をやっている最中に飛び込んできたのが、新たな知識を得た理央だったのである。
「壁ドン?」
「壁ドン!知らないの?壁ドンっていうのはね」
「知ってるよ。理央にこの前されたからね」
私も人並みにはSNSを使うので、過去にそういった投稿が流れてきたときに「へぇ~」と思った記憶がある。
「ううん!お姉ちゃんがわたしにするの!」
妹は純度百パーセントの笑顔で言う。
私が理央に~……?そういうことかー。
「でもいきなりなんで?」
「テレビで壁ドン特集を観たの!」
「あー、うん。袖が伸びちゃうから離れようか」
私を机から引き剥がそうとする理央を落ち着かせる。
たぶんこの様子じゃ、何が何でも私に壁ドンをしてもらうつもりなのだろう。
期待しかない両の眼がありありと語っている。
「私はどうすればいいの?」
「まずわたしが壁に背をつけるでしょ、そしたらお姉ちゃんが――」
テレビで得たという壁ドンの動作を私にレクチャーする理央。
お腹や肩など、壁ドンで使う部分以外にも私に触れてくるのは謎である。
「これで完了!きゃ~っ、お姉ちゃんに壁ドンされちゃった!」
「必然の壁ドンだけどね……」
両頬に手の平を当てるザ・乙女な照れ方をする妹だが、果たしてこの状態は喜ばしいのだろうか。
「…………ねぇ」
「…………何ぃ?」
「これ、効果あるの?」
「とってもある!」
理央の瞳はお星さまばりに輝いている。あ、これは天井の電球を反射しているせいかな?
「でもドキドキが足りないかな?」
そりゃそうだろうよ。君主導であらかじめ私にされるって分かっていたらね……。
「壁ドンといったら勢いだよね。と、するとお姉ちゃんがわたしの説明を聞く前に」
「こう?」
一旦手を曲げ、理央が言い切る前にダンッ!という鈍い音を立たせる。
「ふ、えええぇぇぇ……」
「理央!?」
腕がビリビリする勢いでのドンは凄まじく。数秒の沈黙の後、理央はその場にへたり込んだ。
起こるべくして起こった先の壁ドンより数倍は効果的ではないか。
「ほら、立てる?」
「こ、腰が……立てない」
え、この壁ドンに立ち上がるのも難しくなるほどの威力があったというのか……?
数分後、理央がようやく立ち上がれたので再開した。
あんなことがあったのに続けるんだね。それでこそ理央だよ。
「えっと次は肘ドン!壁ドンと同じだけど、肘を曲げて二人の顔が近づくのがミソだよ!」
気を取り直して、別の動きについて理央が説明する。
「こうかな」
「そうそう!お姉ちゃんの顔を独り占めだよ~!」
お次は壁ドンの派生である「肘ドン」とかいうやつだった。
壁に手をつく側が肘を曲げ、壁ドンの時より二人の距離が縮まるとかなんとか。
私と理央とでは身長差が八センチあるので、良い感じの見下ろし具合である。
「はい次!次は……えっと、太ももの間でお姉ちゃんの片脚を挟むんだけど」
「こういうこと?」
「ひぃう!?」
「変な声出さないで!?」
理央の声に戸惑ったせいで、私は脚を少しだけだが上げてしまい。
「う、動かしちゃ……ダメぇ……」
中学一年生とは思えぬ妖しい反応を示す理央。
私は言われるがままに片脚を出しただけなのに!あぁでもなんか理央の体温によって私の脚の一部まで温められて変な気分がっ!
これじゃいたたまれないだけだ。早く次の指示を!なければ終わりだと言ってくれ!
「ふへへへっ、お姉ちゃん。最後にわたしの顎に親指と人差し指を添えてくれたら完成だよ!」
「こ、こう?」
指示通り、私は親指と人差し指で理央の顎に触れた。
親指は立てたまま人差し指は少し曲げる。すると、「顎クイ」なるものができるとのこと。
そして理央の中では、片手で肘ドン、もう片方の手で顎クイ、何ドンという呼称は不明だが片脚で動きを制される、この構図が「最強の壁ドン」だそう。
「えへ、えへへへ。近いね、お姉ちゃん」
「そ、そうだねぇ理央」
やばい。この吐息がかかりそうな距離感はやばい。
顎クイしている指から、理央の体温がちょっとだけ上昇しているのが分かる。それもそう、湯気が出ていそうなくらい顔を赤くしているのだ。
……そっちから誘っておいてそんなに照れるなんて、反則だ。
言葉が出ず黙る二人だけの空間に限界を感じ始めた頃。
「ただいま、今日はスーパーで刺身が特売だったのよ~。夕飯は――って、何してるのあんたたち」
「お、お母さん!?これはその!」
お母さんが帰宅した。
なぜお母さんがこんなに早く家に!?いや家に帰ってきたのはいい。問題はこの構図を目撃されたこと……!
まったく、帰ってくるのが不定期すぎて油断していた。
「ママ、これは今流行の壁ドンってやつだよー。どんなものなんだろうねってお姉ちゃんと実験していたの!」
「へぇ、壁ドン?若い子が好きなものは、おばさんには分からないわねぇ」
私の後ろをそのまま通り過ぎる母。
お、特に物言いはなかったぞ……?こういう場面を目撃されるのは心臓に悪いけど、助かった。
そう、ほっと一安心した私に、妹は耳元で言った。
「今度は学校でやろうね」
学校で、これを……?
我が妹の大胆さに慄いた日であった。
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