第4話 お姉ちゃんのオーラは分かります

 私と理央が制服姿でファーストキスをするという一大事から一週間が過ぎて。

 いよいよ通常授業が始まった。


「ふむふむ。それで愛ちゃんは心配なんだね」


 お昼休み、私は理央が作ってくれたお弁当を食べながら、実乃里と話をしていた。内容は理央のことについて。


「ちょっと前まではもう少し距離があったような。ベッタリといえばベッタリだったけど」


 高校生になったとて、学校の授業や生活は中学の頃から変わりない。先生の話を聞いて、次の時間の準備をして、朝から夕方までそれの繰り返しだ。

 学校の環境なんかより大きいと思うのが理央の変化だ。変化といっても大幅に変わったわけじゃないけど。


「愛ちゃんは嫌なの?」

「嫌というか……戸惑い?」


 理央との距離感などあってないようなものだった。だから、ある程度のスキンシップで私が戸惑うことはない、と思う。これでも十年ほどあの妹と一緒に生活してきたのだから。

 けどここ数日の理央は過剰というかくっつきすぎというか、私がいない時はどうなってしまうのか案じてしまうレベルなのだ。私の記憶にある限りでもここまで甘えてきたことはない。


「実乃里、ちょい耳貸して」


 半分くらいの生徒が教室で過ごしているので、一応聞かれないようにしよう。


「うん~?」

「実はこの前、理央とその……キスをしまして」

「えええ!?!?理央ちゃんとキ――」

「声が大きいぃっ!!」

「ふがふが」


 大声で復唱しそうになった実乃里の口を両手で塞ぐ。

何のために耳元で言ったと思ってるの~!

 まずい、今ので残っていた人たちが驚いて私たちの方を向いている。

 なんでもないよ、と取り繕って実乃里と向き合う。


「へぇ~、二人はとうとう一線を越えたんだねぇ……尊いなぁ~!」

「まだ越えてないよ!」

「人によっては、手を繋いだだけでもそう思うらしいよ?ちなみに私基準では何をやっても尊いからオーケーでーす。感想はどうでした!?」

「理央も私もドキドキしたよ!いいから真面目に聞かんかー!」


 これ以上ないくらいに食いつく実乃里。

他人事だと思って楽しむんじゃない!その表現だとあらぬ誤解を招いてしまうじゃないか。


「それはそれとして、確かに愛ちゃんの言う通りかもねぇ」

「でしょ?入学したばかりでワクワクしてるのはあったと思うけど、それにしてもじゃない?」


 あの日のお昼以降は宣言通り大人しかった。抱きつきたそうにソワソワしていたけど、特に何かあったわけじゃない。

 しかし次の日、休日ということもあり八時過ぎまで寝ようと思っていた私は、目覚ましではない他の音によって起きた。


「お姉ちゃん……お姉ちゃ~ん」


 まだ太陽が昇り始めた頃、壁越しに理央の声が聞こえたのである。寝起き直後で半覚醒だった私は呼ばれているものだと思い、理央の様子を見に行った。

 結果はただの寝言だったけど、夢に出るくらい半日の我慢が効いたらしい。

 起きた後もハグの嵐だったし、教科書や問題集に目を通していたら机に顎を載せて横から覗いていたし、意地でも私といる時間を減らすまいという意志を感じた。


「必ず私といられるとは限らないんだよ?行事の時とかどうなっちゃうか心配にもなるでしょ」

「しばらく様子見しようかぁ。いや~、どうせなら今行ってみる?」

「え、今?」

「うん、今」


 私たち高等部の昼休みは四時間目の後で、理央たち中等部は一時間前倒し。三時間目の後にあるということは、私たちがこうして歓談している時間帯は授業中ということだ。

 どんなものか観察するには良い頃だろう。


「理央ちゃんの教室はここ?」

「移動教室じゃなければここで合ってると思うよ」


 階段を下り、理央の学年に割り当てられたフロアに到着する。

 授業中なので廊下に人影はなく、教壇に立つ先生の説明だけが響く。

 理央が在籍する一年三組の教室を、後ろの引戸の小窓から覗く。お目当ての人物は引戸のすぐ側にいた。


「ではグループワークをしてみましょう。前後左右で構いませんから、三、四人で――」


 これからグループワークが始まるとはタイミングが良い。

 思えば、私といない時の理央の様子なんて全く知らない。ただ先生の説明を聞くだけなら座っているだけで済む話だ。わざわざ確認するまでもない。

 そのまま何分かグループワークを眺めていたけど、問題らしき問題はなかった。黙りこくることなく理央は発現できていたし、同じグループの生徒たちも笑ったり頷いたり、和気藹々と作業をこなしている。

ふむ、今のところ人間関係に難はないようだ。


「安心した?」

「うん、まぁ一安心かな」


 禁断症状的なものが出ていないか不安だったけど、この分なら無用な心配だった。


「そろそろ昼休み終わるから私たちも戻ろうか~」

「ん、そだね」

 眠くなる午後の授業も乗り切り、帰りのホームルームを終えれば後は家に帰るだけ。

 行く所があるらしい実乃里と別れ、掃除当番らしい理央を玄関ホールで待つ。


「あーれは……違うな、一年じゃないな」


 二階で待てば?と言われたけど、滅多に高校生が通らない場所で一人待つのは気まずい。すぐに会える確立は高くなるけど、いかんせん場違い感が半端ない。


「お待たせー!お姉ちゃん!!」


 待つこと約十分、声の方向に視線をやると、階段を二段飛ばしで駆け降りる凄いのがいた。理央はその勢いのまま私の隣に走ってきた。

二段飛ばしなんてお姉ちゃんはできないよ、怖くて。


「待たせてごめんね、早く帰ろう!」


若干の注目を集めながらも理央は気にすることなく、私の腕を取って歩き始める。この子はこの子でマイペースだねぇ。


「ところでお姉ちゃん」

「何だい?妹よ」

「四時間目の時、もしかしていた?」

「い、いたってどこに?」

「教室の前とか」


 なかなかに鋭い妹である。私と実乃里はあのフロアにいた。

 しかしどうして私がいると思ったのだろう?後ろ側の扉近くの席だけど、後ろに振り返ることなんてなかったから私たちの存在を認知するなど……。


「同じ空間にお姉ちゃんの気を感じたの……!」

「またまたー、どこぞの少年漫画じゃないんだから」


 普通なら「まーた漫画に影響されちゃって……」となるが。この妹のことだ、冗談じゃなくて本気で言っているのだろう。理央が私の生体反応を感知しても何ら不思議はない。

 下校途中、妹と話す私はちょっぴり不安を抱くのだった。

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