第2話 お別れする前に、して欲しいなぁ?

 家を出てからというもの……何だろう。何かを忘れているような気がする。


「ふんふふ~ん!ふふふ」

「ご機嫌だね」


 忘れている何かを思い出そうとする私とは対照的に、ピッタリと隣について歩く理央は何か考えている風に見えない。鼻歌が聴こえてくるしニンマリしているし、楽しそうで何よりだ。何よりなのだが……。


「お姉ちゃんと登校だよ?テンション上がるぅ!」

「分かった、分かったからスカートには気を付けよう?」

「はーい」


 ピョンピョンと飛び跳ねる妹を落ち着かせる。元気なのは良いが、太ももを地面と水平になるくらいまで上げるものだから、裾が上がりすぎて下着が見えそうになってしまっている。

 家の中ならともかく、外で見えてしまうはまずい。


「お姉ちゃんも今日終わるの12時だっけ?」

「確かそうだね。委員会決めが長引かなければ12時くらいには終わると思うよ」


 今日は新しく使う教科書の配布に、これからの諸連絡伝達と委員会を決めるだけだ。遅くなることはないだろう。


「終わる時間が同じなら一緒に帰る?」

「うん!帰る!」


 一も二もなく私の提案に飛びつく妹を微笑ましく思いながら歩いていると、後ろから声をかけられた。


「おはよ~、二人とも。相変わらず仲良しだねぇ」

「実乃里ちゃんだ」

「おは、実乃里」


 声の主は幼馴染の橘実乃里だった。艶のある黒い長髪をたなびかせ、微笑を浮かべながら立っていた。


「理央ちゃんもおはよ~。ツインテールがキマってるねぇ。可愛いぞー」

「実乃里ちゃんの髪もサラサラでいいね!」

「ツインテールがキマってるって何?」


 独特の褒め方をする実乃里。物心ついた頃からの長い付き合いだけど、未だに何を考えているのか分かりかねる時がある。というかそういう時の方が多いかもしれない。


「愛ちゃんも可愛いぞー。その高等部バージョンの制服は初めて見たぞー」

「いや昨日もこの姿だったし、うちの制服はリボンとソックス以外はどれも変わらないよ!」

「そういえばそうだったねぇ。でも新鮮だよ」


 実乃里とは、こんな風に話すことが多い。

 実乃里はぼんやりしているわけじゃないけど、昔からマイペースなのだ。中等部の時もそうだったし、高等部に進学してからも変わらないようだ。ついでに常時笑顔なところも。

 実乃里を加えた三人で歩いているうちに、徐々に同じ制服姿の生徒たちが増えてきた。制服を着慣れた上級生から、理央同様にブカブカな感じが愛くるしい新入生まで、私らにとっては見慣れた正門の風景が広がっている。

 懐かしさに思いを馳せていると、袖口が控えめに引っ張られた。


「ん?どうしたの?」


 私の袖を摘まんでいたのは理央だった。さっきまであんなに元気だったのに、どうしてか俯いている。気落ちすることでもあったのかな……。


「……お姉ちゃん。今日はお昼には会えるけど、一旦ここでお別れだよね」

「え、あぁうん。一旦お別れだね」

「だからね、お願いがあるの」


 な、なんだ?この子は何を言い出すのだろう……?


「“いってらっしゃいのチュー“をして欲しいの!」

「あらあら~」


 その時、私は思い出した。今まで忘れていたことを。

 そう。何かって、出がけのそれがなかったんだ……!まさかここで要求されるとは。


「駄目、かなぁ……」

「うっ。駄目じゃないわけじゃなくもないけど」


 理央は上目遣いで私の方を見た。実の妹ながら破壊力が大きすぎる。そんな瞳をうるうるさせないで欲しい。子犬じゃないんだから……!

 正直これについては別に駄目というわけじゃない。小さい頃から似たようなことを、毎日のようにやってきたのだから。けどそんな眼で見られたらドキッとするし、何より結構な数の生徒がこの場にいる。

 

 この状況でやるのか私?どうせいつもやるように頬か額にするのだろうけど、恥ずかしいものは恥ずかしい。

 三人で向かい合うように止まっているから、通り過ぎる皆が視線を向けてくる。どうしたものかと実乃里を見やると……。


「いいわ~。朝から素敵なシーンを拝めるなんて~」


 この幼馴染は良い笑顔で何を言っているんだろう。

 駄目だ、このままでは徒に時間が過ぎるだけ。もじもじしながら待っている理央は動いてくれないだろうし、無視するのはちょっと可哀想だ。まぁ放置しようにも腕を掴まれているからできないんだけど。


「ほら、おでこ出して」


 私は理央のお願いに応えることにした。

 おでこに軽く口づけしてやると、理央は小躍りして喜んだ。実乃里は笑顔でウットリしており、周囲からは「お~」という歓声が聞こえてくる。これじゃ完全に見世物じゃないか。

 でも私が恥ずかしいくらいで理央が満足してくれたのなら良いか……。


「じゃあねお姉ちゃん!また後で~!」

「お、おー」

「私たちも行こうかぁ」


 トテトテと走る理央の背中を見送り、少し遅れて実乃里と歩き出す。


「愛ちゃん、ナイス決断だったよ~。私は満足です」

「なんで実乃里まで満足してるのか」


 実乃里のためにやったわけではないのだが、こちらはこちらで喜んでいる。他人事だと思っているようだ。実際に他人事なんだけど。


「今年からは理央ちゃんもいるし、楽しみだねぇ~」

「何年かぶりに皆揃ったよね」


 私が高校一年で、理央は中学一年。三人いたのは小学生の頃が最後だったから実に三年ぶりだ。

 ちょっと感慨深い。


「ま、高等部でもよろしくね」

「こちらこそ~」


 高校生活はどうなることやら。楽しくなるといいな。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る