第一話

「やあ、お久しぶりですね。前回は五か月ぐらい前だったかな」

 そう言いながら、私――佐々木ささきみのるは部屋に入ってきた『少女』の服装を、ざっと眺めた。

 見たところ、さほど突飛な恰好ではない。若干スカートのフリルの開きに奔放ほんぽうな感じを受けるが、最近の流行のたぐいだろう。

 そちらの方面にうといので確信はないものの、いずれにしても保守派に不快感を与えるほどのものではなかった。

 ついでに一般公開情報になっている服のメーカータグを確認すると、大手既製服会社のラインナップの中で、やや上級グレードに該当するしなである。その辺の雇用主の堅実さが、実に好ましかった。

「ご無沙汰しております」

 彼女――ユリアは屈託のない笑顔を浮かべると、そう言った。

 素直な長い黒髪。切れ長の目。特にアクセサリーはつけていない一方で、肌の透明感が維持されている。余計な金はかけられないけれど、必要なことは念入りに行われている証拠だ。

 彼女が話している時に、瞳孔どうこうおよびまゆの動きを観察してみたが、そこに動揺や憂いの兆候はなかった。極めて順調ということで間違いなさそうである。

「元気そうだね」

 そう、私が率直な感想を口にすると、彼女の笑顔が大きくなる。

「はい! 前回、先生に調律チューニングして頂いてから、とても前向きに振る舞えるようになった気がします。旦那様や奥様も『以前より明るくなった』とお喜びです。ただ――」

 そこで左の眉をわずかに上にあげた。

「――そのために経済的なご負担をおかけしてしまったことが、なんだか申し訳なくて」

 そういえば前回、「明るさ」や「元気さ」に関する指数をプラスに調律した際、そのカウンターバランスとして「生真面目さ」もプラス調整したのだった。あまり浮かれ過ぎないように、という配慮である。

 私は苦笑しつつ、言った。

「気にすることはないですよ。『サーヴァント・モデル』の心理的健康維持管理に関しては、もちろん自己管理責任の範疇はんちゅうではありますが、雇用主管理責任もちゃんと規定されていますから」

「……そう、ですね」

 ユリアはそう言って少し笑顔を取り戻したが、言いよどんだところに「割り切れなさ」がにじんでいる。

 それは心理的傾向として決して悪いものではないかったが、少々調律の度合いがきつすぎたようにも思うので、ここは他の指数インデックスの調律に合わせて、触っておいたほうが良いかもしれない。

 私はユリアを見つめたまま、うなじにある脊髄直結型量子接続ターミナルから、手元の共有端末に接続する。

 そして、彼女の心理調律パーソナリティ・チューニング履歴ファイル――通称『心理地図マインドマップ』に、そのことを書きこんだ。

 さて、挨拶によるラポールとアイスブレイクを兼ねた現状確認はこれで十分だろう。本題に入ることにする。

「それで、今日はどのような調律が必要になったのかな」

「あ、はい――」

 ユリアは少しだけあわてたような表情をした後、微笑みながら言った。

「――実は、奥様が妊娠されたのです」

「ああ、そうなんだ」

 私は、ユリアの心理地図に『雇用主の妊娠』という要因ファクターを付加した。これは調律方針の割と重要な決定要因になりえるからだ。

「それで旦那様が、『先生のところで、妊娠および出産にあたっての調律を受けてきてください』とおっしゃったのです」

「ふうん、そういうことですか」

 私は思わず腕組みをした。

 これは、外部に対する自己防衛本能の現れではない。どちらかというと私の内面の集中度を高めるためのものであり、汎用動機ユニヴァーサル・モチベーションづけの一つである。

 実際、ユリアは私の様子を何も言わずに見つめており、次に私が話すまでは絶対に話しかけてこない。そういう「お約束」である。

 ――さて、今回はどう調律しようか。

 妊婦の心理は、ネガティブかつアグレッシブになりやすい傾向にある。それと現在のユリアの「明るく元気な」人格特性パーソナリティは、あまり相性が宜しくない。

「明るさ」および「活発さ」の指数はマイナス調整した上で、「洞察」と「思いやり」をプラス調整したほうが良いだろう。

 後は「生真面目さ」もマイナス調整し、ある種の「いいかげんさ」を付加したほうが良い。そのほうが奥さんの「何もしていない、何もできない」罪悪感が低減できる。 

 そう、私は頭の中で手早く方針をまとめた。

 もちろん、妊娠および出産時の介護者に対する心理調整には、よく使われる一般的な調律法が存在する。当たり前のことだから、先行事例も多数残されている。

 しかしながら、家庭の環境や雇用主の心理的な傾向を加味して、個別の調律が必要となる場合も少なくない。

 例えば、私が調律方針をユリアに伝えていると、

「それで、あの……旦那様からお願いがありまして」

 と、急にユリアが顔を赤らめて小さな声になった。

 個別調律の依頼である。既にそのことを想定していた私は、小さく笑ってから言った。

「ああ、分かっていますよ」

 二律背反アムビヴァレント型人格特性である『貞淑―淫乱』指数の値を、淫乱の側にわずかばかり寄せることにする。これで、雇用主のクオリティ・オブ・ライフも満足させることができるだろう。

 そこで私は椅子から腰を上げると、接続用ケーブルを整理している棚のところに歩み寄りながら言った。

「いつもの確認事項ですが、ユリアさんは汎用サーヴァントタイプの第四世代ですね」

「はい。ピグマリオン社製の型式EL三二五四九です」

 彼女が何のためらいもなく即答したので、私は思わず苦笑した。この屈託のなさは、いつまでたっても慣れない。

「じゃあ、接続端子はユニヴァーサル・プラグで。カスタマイズはいまのところなしですね」

「はい、標準仕様のままです。個別部位の属性変更や感度調整などは行われておりません」

「そうですか。それは結構」

 私は微笑んだ。

 まったく、ユリアの雇用主は堅実である。これは型としての『彼女たち』ではなく、『個体』としての彼女をたいそう気に入っている証拠だった。

 でなければ、汎用サーヴァント型アンドロイドのカスタマイズをしない、積極的な理由はない。

「じゃあ、心理調律を始めますね」

「お願いします」

 ユリアは長い髪を持ち上げて項のスロットを開き、無線接続時にありがちな違法割り込みを回避するために設けられている、直接結合用ソケットを露出させた。


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