がらくたの希望

デッドコピーたこはち

第1話

 俺が錆びた放熱板を押しのけて見つけたのは、美しい生首だった。長年、この処分場でがらくた漁りスカベンジャーをやっているが、これほどの逸品は見たことがなかった。太陽の光を乱反射して虹色に光る銀髪、鼻梁はまっすぐに伸び、柔らかな唇は濡れているかのように艶がある。おとがいはほっそりとして、頬はわずかに朱に色付いている。顔面のそれぞれの要素が完全な均衡を保っていた。歴史上の傾国の美人というのはこういう顔立ちをしていたのだろう、そう思わせる顔だった。

 しばらく、辺りを探してみたが、彼女の首から下と思われる部分は全く見つからなかった。彼女はファッションモデル用アンドロイドか最高級セクサロイドだったはずだ。パーツの一つ取っても肉体労働用や接客用のアンドロイドのそれとは比較にならない程の価値がある。故障していたとしても、まるまる一体分のパーツを売れば3ヶ月は遊んで暮らせるだろう。それに、俺のガレージにあるモノにも役立ってくれるはずだった。

「まあ、そう上手くはいかんよな」

 俺は背中からがらくたの詰まったリュックをおろし、その一番上に彼女の生首をそっと置いた。


 俺は闇市にある薄茶色のテントの中で、ビリーの次の一言を息を呑んで待っていた。

「オットー、今日はろくでもないもんばっかだな。このチタン合金関節はいいが……300だ」

 ビリーは机の上に広げられたがらくたを電脳サイバーゴーグル越しに吟味しながらいった。寄せ集めミクスチャーのビリーは一日に一回この処分場に来て、がらくた漁りスカベンジャーたちの集めた使えそうながらくたを買い取る業者の一人である。ビリー資源再利用会社の社長――といっても社員は彼一人だけだが――が彼の肩書だった。

「ちょっと待ってくれよ。全部で300?この超電導モーターだけでも600はするぜ?」

 俺は焦った。300となると今日のメシ代にもギリギリならない。赤字だ。

「軸が折れてる。使い物にならん」

 ビリーはその皺だらけの顔の皺をさらに深めた。

「せめて400!いや、350!ちょっとぐらいまけてくれよ。長い仲だろ?」

「300だ」

 ビリーはその太鼓腹の上で腕を組み、断固としていった。経験上こうなっては、交渉はもう無理だ。

「わかったよ……」

 俺は交渉を諦めた。中トークンをビリーから3枚受け取り、机の上に置いてあったリュックを背負いなおした。

「待て、まだ中にあるじゃないか。見せてみろ」

 ビリーは俺のリュックの膨らみを見たのか、手招きしていった。この中に入っているのは、あの美しい生首だけだ。これを売れば相当な金になることはわかっていたが、俺はこれを売るつもりはなかった。

「いやいや、これは売り物じゃないんだ。わるいね」

 俺は不機嫌そうなビリーに手を振り、テントから出た。テントの隣に停めてあるビリーの浮遊ホバートラックのフロントガラスが、赤い夕陽を反射していた。まぶしい。

 処分場の一角にがらくた漁りスカベンジャーたちが集まって自然と作られたこの闇市には、お気に入りのライスヌードル屋がある。今日はそこで夕飯を食って、もう帰ろう。


「ただいま」

 がらくたの山に半ば埋もれたキャンピングカーの残骸を改造した住処に、俺の声が虚しく響いた。当然、返事などありはしない。

 もう、辺りはすっかり暗くなっている。今日は満月だが、作業するには暗すぎる。キャンピングカーの室内灯をつけると、心細い光が室内を照らした。電圧が低くなっているようだ。ソーラーパネルはこの前良いのを拾ってきて取り付けたばかりだから、バッテリーがダメになっているのだろう。新しいのを拾ってくるか、買う必要がある。金に余裕はないが電気を使えないのはマズイ。明日、劣化していないバッテリーに出会う幸運に賭けるしかないようだ。

 明日の事は明日の俺に任せるとして、俺はリュックサックから彼女の生首を取り出し、単管と石こうボードを組み合わせて自作したテーブルの上に置いた。

「美しい」

 彼女はまるで眠っているかのようだった。じっと見つめていると、その長いまつ毛の生えたまぶたが今にも開きそうな気がする。

「おっと、見とれてる場合じゃない。どれどれ」

 彼女の生首を手に取り、首の付け根あたりをまさぐる。

「あったぞ」

 彼女の首の付け根あたりの頭皮を、両手の親指で押し込む様にすると、ニュッと差し込み口ジャックが顔を表した。そこに超電導ケーブルの端子を差し込む。

「ちょい持ってくれよ」

 彼女の生首を机にひとまず置いておき、超電導ケーブルの端子のもう一方を持ちながら、俺が『ガレージ』と呼んでいるキャンピングカーの後部に当たる方に歩いていった。そこにはつり下げられたアンドロイドの素体ボディがあった。俺がこの数年間、がらくたの中から使えそうな部品を売らずに取っておいて、一から組み上げたものだ。前頭部はレドームの機能を持つ多面体で、その両脇には機眼カメラ・アイが2対付いている。腕は異様に大きいし、左右は非対称だし、骨格や人工筋肉は剥き出しで、かなり不格好だが、辛うじて人型をしている。


 元サイバネ技師であった母は生活苦を理由に俺をこの処分場に棄てていったが、俺に何も与えてくれなかった訳ではなかった。親父が病気で死ぬ前、まだ生活に余裕があった頃、母は俺に工学の知識を授けてくれた。おかげで俺は価値のあるがらくたを見分けて他のがらくた漁りスカベンジャーに先んじることができたし、こうやってアンドロイドを一から組み立てることもできた。

 このアンドロイドは俺にとっての希望ホープだった。このアンドロイドには、広域光学機眼カメラ・アイ、3次元レーダー、金属探知機、壁裏透視装置クレアボヤンス・システム、高エネルギー体探知装置ディテクターなどのセンサーや、プラズマ溶断機トーチ共鳴破砕機レゾナンス・デモリッショナー磁気マグネティッククレーンなどの装置が備わっている。このアンドロイドを稼働させられれば、がらくた漁りの効率は今の10倍、いや50倍にはなるだろう。

 今は生きていくだけで精いっぱいだが、こいつが完成すれば状況は変わる。少しずつ金が貯められるようになるし、そうすればこんな処分場とはオサラバしてどこか遠くにある都市シティ――ここに棄てられるゴミの大元――に出ていく事ができるようになるはずだ。

 筐体ハードは完璧に仕上がった。問題は中身ソフトウェアだった。俺が母親から教わった知識は筐体ハードに寄っていて、アンドロイドのAIを製作することはできなかった。故に、他のアンドロイドのAIを抽出し、移植することを思いついたのだが……


 生首に繋がっている超電導ケーブルの端子のもう一方を、自作アンドロイドの足元に置いてある箱型端末に差し込んだ。箱型端末から伸びるケーブルは既にアンドロイドの首元に繋がっている。箱型端末もがらくたの山から見つけ出したものだ。破損のない動く物を見つけられたのは正に奇跡だった。

「さて、上手く行くか……」

 箱型端末とモニターを起動させ、抽出プログラムを走らせる。すると、『制御プログラムを抽出中……』の文字がモニターに表示された。

「行けるか?」

 喜んだのもつかの間、目の前が真っ暗になった。箱型端末とモニターが落ち、室内灯が消えたのだ。

「なんだ?まさか……」

 どうやら、バッテリーが逝ってしまったらしい。最悪のタイミングだ。

「クソっ!」

 俺は悪態を付きながら、暗闇の中、手探りで二階のベッドルームまで行き、ベッドの中に潜りこんだ。今日はもうどうすることもできない。こうなればふて寝だ。

 固いベッドの上で、俺は机の上の美しい生首の事を思った。アレを売れば、バッテリー代くらいにはなるだろう。しかし、そうすると肝心のAIを抽出する元が無くなってしまう。だが……

 俺は葛藤を繰り返す内、意識が闇に落ちて行くのを感じた。


「あの、すみません」

 俺は耳もとでささやく誰かの声で目を覚ました。重いまぶたをこじ開けると、目の前には白い多面体があった。

「うわっ!」

 俺は思わず仰け反り、低い天井に頭をぶつけた。

「痛った……」

 俺は後頭部を右手でなでた。

「だ、大丈夫ですか?」

 心配そうな声が聞こえた。そちらを見ると、窓から月光が差し込み、多面体とその両脇に付いた機眼カメラ・アイを明るく照らしているのがわかった。鈴を転がすような声で喋っているのは、確かに俺が作ったアンドロイドだった。

「なんで……なんで動いて」

「あなたが電源に繋いでくれたおかげで、私は機能を再起動リブートすることができました。そして、一番近くにあったアンドロイドの素体ボディをハッキングして、こうやって動かしている訳です。どうしてもお礼が言いたくて……」

「あんた……もしかしてあの生首か?」

「そうです、その通りです!」

 アンドロイドは嬉しそうにいった。箱型端末とモニターが落ち、室内灯が消えたのはバッテリーが逝ってしまったのではなくて、あの生首が電気を全て食ってしまったかららしい。

「ちょっと待ってくれ。俺はその素体ボディにスピーカーなんて積んでないぞ」

「ああ、これですよ。これ」

 アンドロイドはかぎ爪の様になった右手の人差し指で、左手のひらのすり鉢状の凹みを指差していった。

「これ、共鳴破砕機レゾナンス・デモリッショナーですよね。これで、空気を振動させて発話してるんです。この素体ボディ凄いですね!いろんな機能が付いていて、軍用アンドロイドにも引けを取らない能力スペックですよ。見た所、廃材を組み合わせて造ったんですよね。本当に凄いです!」

「そ、そうか」

 俺は混乱の極致にあった。長年の夢だった自作アンドロイドの稼働がなんだかよくわからない内に実現し、なんだかよくわからないがそのアンドロイドが勝手に喋っているのだ。

「もしかして、ご迷惑でしたか?この素体ボディが大切なモノだったとか……すみません。電脳が空っぽだったから良いと思って。私、こんなに優しくして貰ったことなくて。どうしてもお礼が言いたかったんです……すぐに、この素体ボディから出ていきますね」

 アンドロイドは頭を俯かせ、しゅんとした声でいった。この時、確かに声は頭部ではなく、左手から聞こえているのがわかった。やっと、頭が冷えてきたようだ。

「いや、良いんだ。そのままで良い。俺はこの素体ボディを動かしたかったんだよ。がらくた漁りを手伝って貰うためにな」

「がらくた漁り……ですか?この素体ボディ、がらくた漁りにはあまりにも過剰オーバースペックでは……?ああ、い、いえ、構いません。命の恩人の為にいくらでもお手伝いさせていただきますよ!」

 アンドロイドは腕まくりをするような仕草をした。冷静に考えれば、これは僥倖だ。見る限りこのAIの思考ルーチンはかなり高度なものだし、しかも、協力的と来ている。長年の苦労がやっと報われる時が来たのだ。親父がよく言っていた言葉を思い出す。

 『幸運は誰の元にも訪れるが、それを向かい入れる準備をしていた者にしか掴めない』その通りになった。

「俺の名はオットー。君の名前を教えてくれないか。呼ぶに不便だ」

「私の名前は……特にありません。あの、もしよろしかったら、あなたが私の名前を付けて下さいませんか?」

 アンドロイドは僅かに俯き、4基の機眼カメラ・アイでこちらを伺いながらいった。

 名前。俺がこのアンドロイドを起動した暁に付けようとしていた名前がある。

「君の名前は……ホープ。俺の希望ホープだ」

「ホープ……ホープ!良い名前ですね。オットーさま、これから私の事はホープとお呼びください。よろしくお願いしますね!」

 アンドロイド……いや、ホープは嬉し気に右手を差し出して来た。

「さまは付けなくて良い。よろしく、ホープ」

 ホープの右手は握手するには大きすぎたので、俺は彼女のかぎ爪のような右人差し指を握った。

「あっ、ところでオットー……さん。今気づいたんですが……」

 ホープはやや深刻そうな声でいった。

「ん?なんだ?」

「この家の周りを囲んでいる人たちは、オットーさんの友達ですか?」

 次の瞬間、銃声が響き渡った。


「おい、出て来い!オットー!」

 ビリーの声だった。窓からそっと外を覗くと、拡声器を持ったビリーと、ビリーの店で見かけたことのあるがらくた漁りスカベンジャーが数人、銃を持って立っているのがみえた。

「てめえが前々から何か隠してるのは知ってんだぜ!出て来い!今すぐ出てくれば命だけは取らねえ!」

 ビリーは叫んだ。どうやらビリーは夕方のやり取りで、俺が何か価値のある物を隠し持っていると勘違いしたらしい。こうやって力づくで奪いに来るだけの価値のあるモノを。まあ、それはあながち間違ってはいないのかもしれないが……俺はお喋りなアンドロイドの方をチラリと見てそう思った。全く厄介なことになってしまった。

「くそったれ!ビリーのヤツ……」

 俺は枕元に隠しておいたお手製のコイル・ガンを手に持った。電磁気力を使って、頭を切り落とした鉄釘を射出するだけの単純なセミオート銃だ。最初に込められた5発を撃ちきったら、手で鉄釘を込め直さなければならない。護身用程度には役に立つが、武装した複数人が相手となると……

「あの、私が彼らを制圧しましょうか?」

 ホープはおずおずと申し出た。

「えっ?」

 俺は思わず聞き返した。

「御恩をお返しします」

 ホープは胸に右手を当てていった。


「オットー、やっと出てき……誰だお前は!」

 ビリーは外へ出てきたホープを見ていった。ビリーの取り巻きたちはいっせいに彼女の方に銃を向けた。俺はその様子をベッドルームの窓からこっそりと見ていた。

 彼女はやけに自信満々に出ていったが本当に大丈夫なのだろうか?よく見ると、リーの取り巻きたちの中には、パイプ銃ではなく、本物の自動小銃を持っているヤツも居る事に今更ながら気が付いた。コイル・ガンすら渡しそびれてしまったのは、流石にまずかったかもしれない。


『お任せ下さい!』

 ホープは、磁気マグネティッククレーンが仕込まれた胸を軽く叩いた。

『この素体ボディなら彼らぐらい一捻りですよ!何なら、殺す必要すらありません。そこで見ていてください!』

 そういうと、彼女は二階から飛び降り、引き留める暇もなく、外に飛び出して行った


「オットーさんに危害を加えるというのなら容赦は致しません。直ちに武装を解除し、退去してください」

 ホープは左手を突き出し、毅然とした口調でいった。

「オットーめ、こんなものも用意してたのか?良いだろう!てめえら、まずこのがらくたからやっちまえ!」

 ビリーは叫んだ。銃口をホープへ向けていたビリーの取り巻きたちが、いっせいに引き金を引いた。銃声が響き、ホープは弾丸の雨を浴びて、ハチの巣に――ならなかった。弾丸は全て外れ、辺りのがらくたに穴を開けただけだった。

「な、なに?」

 ホープは平然とそのまま仁王立ちしたままだ。明らかな異変を目の当たりにしたビリーとその取り巻きたちは動揺し始めた。俺は、彼女の背中に取り付けてある放熱羽が開いているのに気付いた。そして、なぜ彼女に弾丸が当たらなかったのか思い当たった。

 彼女は磁気マグネティッククレーンを使ったのだ。磁気マグネティッククレーンの超強力な指向性磁場によって、弾丸に渦電流を発生させ、軌道を変えたのだろう。要はアルミ分別機と同じだ。磁気マグネティッククレーンは離れた場所にある大きな鉄クズを動かす為に取り付けたものだが、こんな風に使えるとは考えもしなかった。

「この素体ボディががらくたとは聞き捨てなりません」

 ホープがそういうと、ビリーの持った拡声器や取り巻きたちの銃が、彼らの手を離れて、彼女めがけて飛んで行った。

 ホープが磁気マグネティッククレーンを使って引き寄せたのだろう。これこそ、磁気マグネティッククレーンの常用手段だった。

 ホープは、自分の胸に目がけて飛んでくる拡声器や銃を、左手でキャッチした。

「オットーさんの作った傑作です」

 左手に握られた拡声器や銃が一瞬で木っ端みじんになった。共鳴破砕機レゾナンス・デモリッショナーだ。家電などの外枠を速やかに破壊し、中身の基盤やコンプレッサーなどを頂く為に取り付けたものだったが、こんなにも暴力的な使い方ができるとは。

 自分たちの得物を失ったビリーの取り巻きたちは、蜘蛛の子を散らす様ににげだした。恐らく、彼らは小金で雇われた連中だ。圧倒的に有利な状況から同業者を脅すぐらいの事はできても、命を張る覚悟はできていなかっただろう。

「こ、こら!逃げるな」

 ビリーは塗装の禿げた冷蔵庫の陰に隠れながらいった。

「あなたは逃がしませんよ」

 ホープは右手のかぎ爪のような五指に仕込まれたプラズマ溶断機トーチを全て起動させた。指先から出現した五本のプラズマ柱は、冷蔵庫をまるでバターのように切断した。六つに切断された冷蔵庫の残骸は見えざる力によって飛ばされ、遠くの方で音を立てた。

「ま、待ってくれ降参だ……」

 追い詰められたビリーは両手をあげた。その瞬間、ビリーの太鼓腹が爆裂した。爆音と共に爆炎が噴き出し、一瞬遅れて黒煙が立ち上った。

「……どうだ!おれの奥の手は!」

 ビリーは右手を突き上げ、勝ち誇った。ビリーはサイバネ化により、腹部に超指向性爆雷を仕込んでいたらしい。その爆発はホープを直撃したように見えた。だが……

「視えていましたよ」

 黒煙の中から声が響いた。ビリーはびくりと震えた。黒煙が晴れると、中から無傷のホープが現れた。ビリーと彼女の間の空中には鉄板があった。ビリーが超指向性爆雷を爆発させる瞬間、彼女がどこからか磁気マグネティッククレーンで引き寄せていたのだろう。がらくたの中に混じる不発弾やプラズマ封入体カプセルを避ける為に付けておいた高エネルギー体探知装置ディテクターがこんな風に役に立つとは。金がない時にちょうどこのセンサーを見つけ、換金したいのをぐっとこらえて、しばらく一日二食で耐え忍んだ甲斐があったというものだ。

「さて、あなたをどうしましょうか。解体して臓器を全て――あら」

 ホープがビリーの襟首を掴んで立たせた時、既に彼は失禁し、気を失っていた。


 俺とホープは、ビリーをとりあえずケーブルでぐるぐる巻きにして地面に転がした後、キャンピングカーの上に登り、満月を眺めていた。

「ありがとう。ホープ。助かったよ。君こそ命の恩人だ」

「いえいえ!そんな……私は恩を返しただけですから。それに……」

 ホープは一瞬俯き、意を決したように顔を上げた。

「私、実は呼ばれていた名前があるんです」

「えっ?」

役立たずノンスターターと呼ばれていました。私は暗殺用アンドロイドだったんですが。思考ルーチンに欠陥があって、ついつい喋りすぎてしまって、それで任務に何度も失敗して。最後は廃棄処分に……でも、私、さっきは役に立ちましたよね?」

「ああ、最高の大立ち回りだったよ」

「へへへ……」

 ホープは照れくさそうに頭を掻く仕草をした。

 なるほど、暗殺用アンドロイドか。ならあの戦闘能力も、あの美しい顔も納得できるというものだ。しかし、暗殺用なのにお喋りとは。確かに致命的な欠陥だろう。

「まあ、がらくた漁りなら気が済むまで喋っても大丈夫だ」

 俺は彼女の人工筋肉剥き出しの肩を叩いた。

「そういえば、なぜ、がらくた集めの手伝いにアンドロイドが必要だったんですか?」

「がらくたを売りまくって、金を貯めて、いつか都市シティに行く為だよ。いつまでもこんな所のがらくた漁りスカベンジャーでいるつもりはない。都市シティに行って俺は技師になる。それが、俺の夢。俺の希望ホープなんだ。この希望があったからこそ、俺はこの辛い生活を続けてこれたんだ」

 俺は熱を込めてホープに説明した。俺の人生が拓けるのはこれからだ。彼女が俺の人生の火付け役ファイヤースターターだったのだ。これから何もかも上向きになる。そんな予感がした。

「そんな回りくどいことをしなくても……この素体ボディを売れば、都市シティに行くお金ぐらいにはなるはずですよ」

 ホープの4基の機眼カメラ・アイがまっすぐ俺を見つめていた。冗談を言っている様子ではなかった。

「本当?」

「本当です」

 ホープは簡潔にいった。

「それは……考えもしなかったなあ」

 俺は雲一つない夜空に輝く満月を見上げていった。

「オットーさんって、この素体ボディをがらくたから作れるくらいの天才なのにちょっと抜けてるところがありますね」

 ホープは右手を口元に当ててクスクスと笑った。

「……でも、俺は抜けてて良かったよ」

「なぜです?」

 ホープは首を傾げた。

「君に会えたからね」

 俺はもうホープの方を見れなかった。自分の頬と耳の先が真っ赤になっているのが、鏡を見なくてもわかった。

「……私も役立たずノンスターターで良かったです」

 ホープは小さな声で、だがはっきりと応えた。俺はそれからずっと満月を見上げていた。多分、ホープも同じことをしているのが、何となくわかった。今日の満月はひときわ明るく、美しく見えた。

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