第5話 超絶人気アイドル

 俺は、ぶつかった女子と向かい合って喫茶店の席に座っている。


 あまり関わりたくないと思っていた。


 でも、ここまできたらそんなことも言ってられない。


 俺は、なるべく細かなところまで女子の一挙手一投足を観察した。


 よく見ると、とてもかわいらしい女子じゃないか。


 こんな女子、俺の学校にいただろうかと思うくらい。




 その顔の輪郭は小振り。身体も小さい。如何なる衣装もかわいく着こなせそう。


 少し日焼けが目に付く。


 健康的でとても好印象。


 地肌は透き通るように白い。


 頬の辺りは焦げ茶色をしているというのがその証拠。




 あれだけ走っても息を切らさないところから、日頃の訓練の壮絶さが窺える。


 瞳は萌萌という文字をネームペンで書いたように黒々。


 つまり、真黒でいて輝いているというわけだけれども。


 俺がその女子を見ているのと同じように、まじまじと向かいにいる俺を見つめている。


 吸い込まれてしまいそうだ。




 特筆すべきは、鼻筋の通り具合だろう。


 低さといい小ささといい、上品過ぎる。


 キスをするときに邪魔になることはないだろう。




 ま、俺が彼女とキスすることなんてないだろうけどね!




 はぁ……。




 係の人が注文を取りににきた。


 女子はコーラを、俺はホットミルクを注文した。




 そのあとになって、ようやく互いに自己紹介をした。


「超絶人気アイドルは、活動時間は1日3分限定だって?」

「そう。けど普段は地味なの。みんなにはさくらって呼ばれてるわ」


「えっ! それ、まずいんじゃないの。秘密なんだろ、アイドルのことは?」

「のんのんのん。本名は佐倉菜花。だから平気よ!」


「そうやって半分本当のことを混ぜて嘘をごまかすってことか」

「ごめーとー!」


 係の人がテーブルに来た。コーラとホットミルクと伝票を置いて去っていった。


 伝票はクーラーからの風でひらりと舞い、床の方に落ちていった。


 俺は椅子の上から屈んでそれを拾おうとした。


 そしたら、さくらも同じように拾おうとした。


 その瞬間、今度は下からの風に煽られて、伝票が上昇してきた。


 俺はすかさずジャンプ!


 さくらもジャンプ!


 危ない。このままじゃぶつかる。




 ドサッという音がしたときは、俺は目を閉じていた。


 だからどうしてこうなったかは全然分かんない。


 でも、俺の唇は何かに守られていた。


 慌てて目を開けると、俺とさくらの鼻は見事にすれ違っていた。




 代わりに、唇と唇がドッキングしていた。




 どうして俺、さくらとキスしてんだーっ!


 はぁ……。




 殺される。さくらにこのことがバレたらきっと殺される。


 SNSとかでキス魔として名前晒されたりしたら、堪らない!


 幸いなことに、さくらは目を閉じていてキスのことには気付いていない。


 俺は慌てて起き上がり、さくらに手を差し出した。




「しっかりしろよ、さくら!」


 使える。たしかにさくらというあだ名は使える。


 だって、佐倉菜花はこれっぽっちも超絶人気アイドルぽさがないもの。




「あっ、ありがとう。まさか、2度も助けられちゃうだなんて。はぁ……。」


 さくらの姿には、哀愁が漂っていた。


 アイドルものでいうところの全26話中の19話目あたり。


 最後に倒すべきライバルが見つかり、あまりの強さに打ち拉がれているときの哀愁だ。


 悪くないぞ、さくら。俺は心の中でそう思った。


 そして、席に戻ったあと、さくらは、とんでもないことを言い出した。




「兎に角、今日1日は私と一緒に過ごしてもらいますからね!」


 どういうことだろう。このあと、詳しく聞かねばなるまい。

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俺は普通の高校生生活がおくりたい! 〜異世界から戻った元勇者のフラグ&リカバリー〜 世界三大〇〇 @yuutakunn0031

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