それでも魔女は毒を飲む

久宝 忠

第1話それでも魔女は…

「なあ、リョウ」

「何ですか、アベル。またお金?」

「なんでだよ。お前に金を要求したことなんてないだろうが!」

「ただの会話の潤滑油ですよ、気にしないでください。僕は全然気にしてませんから」

「うん、少しは気にしろ」


冒険者ギルド食堂。

今日も、二人の漫才…もとい、会話が交わされている。


「この前のクエストの報告書、読んだか?」

「ああ…。アベルが、『つい、倒してしまった』ブラックベアのやつですか? 『捕獲して来い』というクエストだったのに、いきなり首を斬り落とすなんて…剣士の風上にもおけませんよね」

「…いやそれじゃねえ。確かにブラックベアのやつはすまなかったと思うが…それじゃなくて、『魔女』のやつだ」

剣士アベルは、うな垂れながらそう言った。

『つい、倒してしまった』ばかりに、報告書という名の始末書を十枚も書く羽目になったのは、悲しい思い出である。

「魔女サーシャのは…ええ、読みましたよ。あれは、ちょっと悲しい話でしたね…」




ルンの街の、冒険者ギルドに所属するB級冒険者並びにC級冒険者20人が、総出で駆り出されたクエストであった。

ただし、別のクエストで出張中であったリョウとアベルは除く。


20人が駆り出されたクエスト内容は『ゲティスバーグ森の魔女を討伐せよ』。



20人の冒険者が、強大な魔力を持つ魔女とは言え、ただ一人の女性を、その家の前で包囲した。

魔女は、かくたる抵抗もせず、負けを認め、冒険者たちの前で毒を飲んで死んだ。

冒険者たちは、魔女の死体をルンの街まで運び、クエスト依頼者である代官に引き渡す。

確認した代官は、即刻、代官屋敷の広場で死体を焼き、一件落着…のはずだった。



「その後、代官屋敷の広場には、夜な夜な魔女の霊が現れるとか…」

「ああ。そして、毎晩一人ずつ、代官の側近が死んでいるらしい…」

「側近が死に絶え、代官まで死んだら、次は、やっぱり関わった冒険者ですかね…死ぬの」

「その可能性は高いよな」

リョウもアベルも、小さく首を振りながら言った。

そして、自分たちが、そのクエストに関わらないですんだ幸運を、信じてもいない神に感謝するのだ。


「だが、毒を飲んで死に、死んだことを確認され、あまつさえ死体すら焼かれたのに…それでも人を殺せる魔法ってのは凄いな」

「フフフ、ようやくアベルも、魔法使いの偉大さに気付きましたか!」

魔法使いの灰色のローブを着て、魔法使いの大きな杖を持つリョウは、そう言うと何度も頷いた。

「ああ、魔女の魔法が凄いってのは認める。どこかのエセ魔法使いさんとは違うな」

「アベル、喧嘩なら買いますよ。表に出なさい!」

「やめとけ。リョウの魔法が発動するより先に、俺が一発いれて気絶させて、それでおしまいになるだけだ」

「くっ…脳筋剣士の横暴、ここに極まれり!」

「誰が脳筋だ」

そんな会話は日常茶飯事である。


「実は、魔女サーシャの呪いは、『毒を飲んで死んだ』というところがポイントなんですけどね」

「どういうことだ?」

リョウが指摘し、アベルが疑問を呈する。

「死んだ今でも、魔女は毎晩毒を飲み続けているのです…殺す対象の体を乗っ取って」

「なんだと…」

「魔女に殺された人たちは、毒だとは思わずに…そう、水やお酒と思って飲んでいるはずですよ。催眠術みたいなものです。催眠術って、『死ね!』とかって命令を出しても、催眠状態にいる人たちは死ぬような行動はとらないじゃないですか。だから、飛び降りるとか、自分の短剣で喉を貫くとかだったら、やらないんですよ、きっと。でも、飲むだけなら…」

「つまり…毒を飲み続けるために…殺し続けるために…魔女は自ら毒を飲んで死んだと?」

「ええ、そういうことです」

リョウは一つ頷いて、続けて言った。

「女性の執念は恐ろしいですね。アベルも気を付けてください」

「お、おう…」



リョウとアベルの、そんな会話から四日後。

代官が毒を飲んで死んだ。

それを最後に、ルンの街で続いた毒による連続死は止まった。

危惧されていた、冒険者たちへの毒による死は、起こらなかったのである。



リョウは家に戻ると、寝室に向かった。

寝室のベッドには、一人の女性が眠っていた。

そして、優しく声をかけた。


「サーシャ、もうすぐ目覚めることができるからね」

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