真の断罪イベント

「ソフィア、お前は以前国王主催の舞踏会でわざと柱を倒し、テレジアに怪我を負わせたな」

「はっ!? わ、私は何もしていませんわよ! 変な言いがかりはよして欲しいわ!」

「言いがかりではない。ちゃんとした証拠がある」

「そんなモノあるはずありませんわ! だってあれは事故でしたもの!」

「……やはり認めないか。まあいい。証拠というのは、テレジアが怪我をしたことだ」

「…………は?」


 ソフィアはきょとんとした顔でフレデリックを見る。

 正直私もソフィアと同じ気持ちだった。


(なんで私が怪我したことが証拠になるの?)


 意味がわからず戸惑う。


「ノア、説明を」

「はい」


 フレデリックに呼ばれノアが一礼してから私の隣に立ってきた。


「テレジア嬢、少々右手をお借りしますね」

「あ、はい」


 困惑しながらも言われた通りに右手をノアに差し出すと、壊れ物でも扱うように優しく持たれた。

 そして手の甲を撫でるように触れてきたのだ。

 すると手の甲に不思議な紋様が浮かび上がった。

 私は目を見開いてその紋様をじっと見つめる。


「これは?」

「私が貴女に与えた守りの加護の紋様ですよ。普段は見えないようにされているのですが、私が一時的に見えるようにしました」

「そうなのですか。でもこの紋様を見せてどうするのですか? 守りの加護は、この国に住まう人全員が受けられていますでしょ?」

「ええ。ただ貴女に与えた守りの加護は特別なのです」

「特別? そういえば、そのようなことを以前言われていましたけれど……」


 不思議そうにノアを見ると、含み笑いを溢し私の右手を皆に見えるように掲げた。


「私はこのテレジア嬢に、以前の舞踏会より前に特別な守りの加護を与えました。それは『絶対防護』というものです」


 ノアのその言葉に人々はざわつきだす。


「絶対防護?」

「私達の守りの加護と何が違うんだ?」


 人々は疑問を浮かべ、ノアに問いかける。


「通常の守りの加護は、厳しい気候の影響を受けないようにするためのモノです。しかしこの特別な守りの加護……絶対防護は、あらゆる危険から身を守ってくれる魔法なのです」

「そんな魔法聞いたことないぞ!」

「知らないのも当然です。この魔法は代々我が一族の当主と、跡継ぎにのみ伝えられている秘匿の魔法ですから」


 ノアは騒ぎだす人々に落ち着いた声で優しく語った。


「実はこの絶対防護の魔法、強力過ぎるゆえ王族の方々にも秘密にしていました。使い方によっては、世界の均衡を崩しかねませんからね。さらに術者の身にも危険が及ぶ可能性があったため、秘匿とされていたのです。しかしそもそもこの魔法は、使える者が限られており、現在一族の中では私しか使うことができません」

「それでしたら、わたくしにもその加護を!」

「いやいや、私が先に!」


 我先にと懇願する人々を、ノアは首を振って止めた。


「それは無理です。なぜならこの魔法は、たった一度しか使うことができないからです」


 ノアの言葉に、人々はもちろん私も驚く。


「そのような貴重な魔法を私に使われたのですか!?」

「貴女になら使っても惜しくないと思いましたから」

「ノア……」


 私を見てノアはふわりと微笑んだ。

 そんなノアを見て、何かを察したのか誰も文句を言わない。


「ん? 先ほどノア様は、あらゆる危険から身を守ってくれる魔法だとおっしゃっていましたが、でもテレジア嬢は怪我をされましたよね?」


 一人の貴族が疑問を投げかけてくる。

 その言葉を聞き、私は左手の甲の傷に視線を向けた。


「本来であれば、絶対防護の魔法でテレジア嬢が怪我をすることはありません。私もずっとそう思っていましたから。ですが例外がありました。古い文献を調べわかったことなのですが、私と同じ属性からの攻撃だけは防ぐことができないのです」

「確かノア様の属性は……光」

「ええそうです。そして問題の舞踏会では、光属性の魔法が使える者は私以外では一人しかいませんでした」


 ノアの言葉を聞き、皆が一斉にソフィアを見た。


「っ!」


 ソフィアは青い顔で視線をさ迷わせるが、ノアを見て口を開く。


「それでしたら、ノアが犯人の可能性だってありますわよ!」

「それはあり得ない。ノアはあの時、アスランと共にいた。そうだな、アスラン」

「うん、そうだよ~。僕とノアは、あの倒れた柱から離れた位置で皆を見送っていたからね~。なんだったら他の人達に聞いてくれてもいいよ~。何人か僕達に挨拶していったからさ~」

「ではノアが、その位置から見つからないように魔法を……」

「ソフィア嬢、私は結界や加護のように守るための魔法しか使えないのです。貴女のように、光の魔法を自由自在に扱うことはできません」

「くっ」


 ソフィアは悔しそうに唇を噛んだ。


「俺はノアにあの倒壊した柱を調べさせ、ついさっき微量だが光属性の魔力を感知したと報告を受けた」

「そんなはずないわ! だってあの時魔法なんて使って…………あ」


 自分の失言に気づき、ソフィアは固まる。

 そんなソフィアにフレデリックは冷たい眼差しを向けた。


「魔法を使っていないのだから言い逃れできると思っていたのだろう。だがソフィア、お前は無意識に魔法を使っていたことに気がついていなかっただけだ」

「え?」

「おそらくあの柱に触れながら、倒れろと強く願っていたのだろう。その時に手から魔力が柱に流れ、女のお前でも容易に倒すことができた。そうでなければ、簡単には倒れない構造となっていた柱が倒れるはずがない」

「それは……」

「まだ認めないのか!」

「っ!」

「ふん、どうせあれはテレジアを狙ったものではないから、糾弾されることが納得できないのだろう。だが柱を倒しそれによって大怪我を負った者を、癒しの力で治してみせるという自己中心的なアピールの方法は許されるものではない。打ち所によっては死んでしまう可能性だってあったんだぞ!」


 すると一人の女性が小さく悲鳴を上げて倒れそうになる。

 私はその女性を見て、あの柱から助けた人だと気がついた。

 女性は青い顔でガタガタと震え、その肩をご主人が手で支えながらソフィアを酷く睨んでいる。

 ソフィアはその様子をチラリと見ると、ふんと鼻で笑い悪びれる様子もなく視線を外した。

 私はそのソフィアを見て、あることを思い出す。


「まさかとは思っていたけれど……ソフィア、貴女もしかして天窓が崩落することを知っていたのかしら?」

「ええ、ヒロインなのだから知っていて当然でしょ? でもそれがどうしたというの? それこそ私は何もしていないのだから」


 当たり前のように答えるソフィアに、私はゾッとする。


(え? もし崩落をフレデリックが止めていなかったら、大惨事になるんだよ? おそらくあの規模だから、死傷者が多数……)


 その誰でもわかることを、ソフィアは全くわかっていない……いや、わかっていて気にしていないのだ。


「ソフィア……もう一度自分が何を言ったのか考えてみて」

「だからなんなの! あれは私が聖女として認められるための大事なイベントだったのよ! 正直それを台無しにされて、すごく不愉快だった私の気持ちも考えて欲しいわ!」

「……」


 ソフィアの言葉に、私は唖然となる。


「それよりもフレデリック様、いい加減この氷の拘束を解いてください! いくら私の癒しの力で痛みを抑えているとはいえ、この体勢は辛いですわ!」

「……解くわけないだろう」

「なぜですの!? 私はヒロインなのよ! それに私の癒しの力はこの国にとっても必要なモノでしょ? そんな私をこのように扱っていいのかしら?」


 絶対の自信を見せるソフィアの態度に、フレデリックの我慢が限界に近づいてきていた。

 私はノアから手を離しそっとフレデリックの体に触れる。


「フレデリック、落ち着いて。ここからは私の出番でしょ?」

「……ああ、そうだったな」

「任せて」


 フレデリックの眉間の皺が緩んだのを確認してから、私は気を引きしめソフィアに近づいていった。

 そんな私を、ソフィアは怪訝な表情で見てくる。


「何?」

「ソフィア、貴女は自分だけが癒しの力を使えると思っているわよね?」

「もしかしてリリアーナのことを言いたいの? でもリリアーナは前作のヒロインよ。続編のヒロインは私。リリアーナはこの続編では部外者なのよ」

「そうではないわ」

「だったら何よ?」

「まあ論より証拠ね」


 私はスッと左手の甲をソフィアに見せた。

 そこにはソフィアに付けられた傷がある。

 その傷口へかざすように右手を添え、意識を集中し魔法を発動した。

 すると優しい風が手の甲を撫で、あっという間に傷が消えてなくなる。

 私はすっかり綺麗になった手をソフィアに見せつけた。


「なっ!?」


 ソフィアは予想外の事態に、目を見開き驚愕の表情で私の手に見入る。


「う、嘘よ! 何か仕掛けがあるに決まっているわ!」

「そう。だったら、別の方の傷を治してみせるわ」


 そう言って私は、ビビによって怪我を負った騎士達のもとに向かった。


「うちの子がごめんなさい」


 打撲や切り傷が痛々しく私は騎士達に謝罪する。

 騎士達は私の謝罪に焦りながらも首を横に振って、これぐらい平気だと答えてくれた。


「それでも飼い主として償いをさせて」


 私は騎士達に向かって両手をかざすと、癒しの風で体を包み込むように送る。

 騎士達の髪や衣服がふわりと揺れ、みるみる内に打撲痕や切り傷が治っていった。


「ふう、これで大丈夫だと思うわ」


 手をおろしにっこりと微笑むと、騎士達は惚けた顔で私を見ておもむろに傷があった部分を確認し驚きの声を上げる。

 その様子を見た他の人々もざわつきだした。

 私は完全に騎士達の怪我が治ったのを確認すると、ソフィアの方を向く。


「これが答えよ」


 ソフィアは信じられないモノでも見たかのような表情でいたが、わなわなと体を振るわせだした。


「あり得ない、あり得ない……こんなのあり得ないわ! 悪役令嬢が癒しの力を使えるだなんて、そんなの絶対におかしいわよ!」


 目をつり上げてわめき散らすソフィアを見て、人々はコソコソと話しだした。


「テレジア嬢をずっと悪役令嬢と呼んでいるが、どう見ても悪役令嬢はソフィア嬢の方だと思うが?」

「実はわたくしもそう思っていましたわ」

「それに聖女と呼ばれる方が、あのような非道な考えをお持ちなのもどうかと……」

「教会関係者の方々はどう思われていますの?」

「そ、それは……」


 その内容が聞こえたのだろう、ソフィアはキッと睨みつける。

 しかしそれが、さらに人々の嫌悪感を煽る結果となった。


「……なんですのその目は。あなた達は、私を引き立てるためだけに存在するモブのくせに!」


 その言葉を聞き、私の中で何かが音を立てて切れた。

 私は無表情でソフィアに近づくと、間髪入れずにその頬を叩いたのだ。

 乾いた音が広間に響き、そしてシーンと静まり返る。

 ソフィアは何をされたのか理解できていないようで、呆然としながら私を見つめていた。

 しかし殴られたことに気がつくと、怒りを露にして怒鳴ってきたのだ。


「何をするのよ!!」


 だけど私は目を据わらせたまま、静かな声でソフィアに話しかけた。


「確かにここは乙女ゲームの世界よ。そして貴女はヒロイン。だけどここで生きている人々には、それぞれの物語があり決してモブではないわ。全員が主役なの。だからこの世界は、貴女のためだけにあるわけじゃないわ!」


 ソフィアは私を見ながら唖然とする。


「ま、まさかあなたも……転生者なの?」

「……ええ、そうよ」


 私はソフィアの目を見ながらしっかりと頷いた。


「……ああ、そういうこと。だから何もかもが上手くいかなかったのね」

「ソフィア?」

「あなたがシナリオを、自分に都合がいいようにねじ曲げたのね!」

「…………は? 何を言い出すの? 私にそんな力はないわよ?」

「嘘よ! こんな状況になったのも、フレデリック様が私を愛してくれないのも全てあなたが原因だったのね!」


 ソフィアは私に向かって憎悪を向けてくる。

 するとそのソフィアに異変が起こった。

 黒く禍々しい靄がソフィアの体から溢れだしてきたのだ。

 私は思わずソフィアから距離を取る。


「光と闇は表裏一体……」


 ノアの呟きが聞こえ振り向いた。


「闇は光となり、光は闇となる。文献で見た通りです。すでに闇から光はビビで立証されていましたが、光から闇も……」


 私はハッとしてソフィアの方に向き直る。


「ちょっとソフィア、落ち着い……」


 このままではソフィアが大変なことになると気づき、手を伸ばして止めようとしたその時──。


「私が主役じゃないこんな世界なんて要らないわ!!」


 そう叫ぶと同時に氷の拘束が弾け飛び、ソフィアの体から一気に黒い光が溢れだす。

 そして黒い光が一カ所に集まると、渦を巻いて私に向かって飛んできたのだ。

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