黒田修介《フレデリック・ミラ・バルゴ》
俺の名前は黒田修介。年は三十七だ。
都内にある会社で部長職に就いている。
仕事は順調でやりがいもあり、優秀な部下にも恵まれ社内でトップの実績を持つ課にまでなった。
しかしそんな中で一つだけ気に入らないことがある。
それは一人の女性社員のことだ。
その女の名前は斉藤夏実。俺より五つ下で俺の部下だ。
有能で与えた仕事は誰よりも早く仕上げてくる女ではあった。
だがどうにも俺とは馬が合わなかった。
何かにつけて口答えをしてくるは、勝手に書類の内容を変更するは……まあ、大概そっちの方がよかったりするが。
それでも上司である俺に、何も相談しないでやることが問題だ。
何度注意しても斉藤は俺の言うことを聞かなかった。
それに斉藤は他の女と違い、ゲームの男にばかり夢中だった。
休憩時間毎にゲーム機を取り出し、一人ニヤニヤと笑いながらプレイしている姿は異様としか言いようがない。
気まぐれに俺がそのゲームのことを聞けば、機関銃の如く語りだす始末。
だから俺は望んでもいないのに、その乙女ゲーム『この輝く世界で恋をして』の知識を植えつけられた。
正直そんな知識はいらん。
そんなに仲が悪いのなら、話さなければいいのにとよく言われるが、なぜかわからないが斉藤のことが気になってしょうがなかった。
その気持ちの答えを知ったのは、いつもの様に仕事中に斉藤と口論となり、
「……相変わらず可愛げのない奴だ。やはり俺は、お前のことが嫌いだ!」
「奇遇ですね。私もあなたが大嫌いです!」
と言い合った次の日だった。
◆◆◆◆◆
その日は昨日斉藤に言われた言葉が思いの外ずっと心に引っ掛かり、なかなか眠れなかったせいでいつもより遅れて会社に到着した。
すると何かいつもと様子が違うことに気がつく。
なぜか皆表情が暗く、中には泣いている者さえいた。
俺は疑問に思いながらもふと斉藤のデスクに目を向ける。
「珍しいな。今日、斉藤は遅刻か? いつもなら一番に来てゲームしているだろう?」
その俺の言葉に、泣いていた者はさらに大きな声を上げて泣き出し、それにつられて泣き出す者も現れた。
そんな皆の様子に戸惑っていると、部下の男である久保田が暗い顔で俺に近づいてきた。
「黒田部長……斉藤さんはもう来ません」
「こない? まさか突然辞めたのか!?」
「いえ、斉藤さんは……亡くなりました」
「…………は?」
一瞬何を言われたのか理解できなかった。
「斉藤、が……亡くなった?」
「はい」
「な、ぜ」
「昨日の帰宅途中、通り魔に襲われナイフで刺されたと……っ」
久保田は我慢できず口を手で押さえて涙を溢し離れていった。
それを俺は呆然と見ていた。
(斉藤が、通り魔に襲われ、ナイフで刺され、亡くなった? ……ということは、もう、この世に斉藤が、いない)
そう理解した途端、俺は持っていた鞄を落としその場に膝をつく。
そして同時に自分の気持ちを自覚した。
(俺は、斉藤のことが好きだったんだ!)
頭の中で色んな表情の斉藤の顔が現れる。
だがその斉藤にもう二度会うことは叶わず、この想いを伝えることができないと自覚した俺は、絶望にうちひしがれそこが会社だというのも忘れて泣き崩れた。
その後のことはよく覚えていない。
だが斉藤の上司ということで、葬式に出席したことだけは覚えている。
棺桶で眠る斉藤の顔がとても綺麗だった。
それからの俺は、前以上に仕事に没頭していった。
そうしないと悲しみに押し潰されそうだったからだ。
部下達は俺を気遣ってくれるが、平気な振りを演じてみせた。
しかし一人暮らしの家に帰ると、途端に斉藤のことが頭に浮かび眠れない日々を過ごす。
それから数ヵ月が経ったある日、俺はたまたま通りかかったゲームショップで一本のソフトを見かける。
それは斉藤が生前愛して止まなかった、乙女ゲーム『この輝く世界で恋をして』だった。
俺は衝動的にそのソフトとゲーム機を買い自宅でゲームを起動させる。
そして斉藤の面影を探すようにそのゲームに没頭した。
ハッキリ言って、男の俺がやっても何が面白いのかさっぱりわからない。
簡単にヒロインになびく男達、イライラするライバルキャラの悪役令嬢。
正直俺がこの男達だったら、絶対ヒロインに恋をすることはないと思った。
それでも全てのキャラを落としゲームをクリアした俺は、ネットでこの続編が発売していることを知る。
もう惰性感もあってその続編も購入しやり始めた。
そして俺は驚いた。
まさか前作で婚約破棄された悪役令嬢テレジアが、まさか続編でも悪役令嬢として登場してくるとは思わなかったからだ。
それも懲りずに他国の王太子の婚約者の地位を獲得している。
その強かさに呆れながらも、まあどうせ最後も断罪を受けるだけだろうと気にもとめなかった。
ゲームのやり方はほぼ前作と同じで、物語の舞台とキャラが変わっただけでやることは一緒だった。
俺は相変わらず簡単にヒロインに惚れる男達に呆れる。
特にメインヒーローであるフレデリックが、婚約者であるテレジアに婚約破棄を言い渡し断罪する場面は、さすがの俺でもどうかと思った。
確かに前作でもメインヒーローがテレジアに婚約破棄を言い渡したが、その後は特に酷い扱いをしている描写はない。
ただ続編では二人の幸せな姿を見ていることができなくなり、自ら国を出て母親の故郷に来たとテレジアが登場した際、説明があった。
そんなテレジアを、いくら父親からの命で婚約したからと言っても、ここまで酷い扱いをするとは思わなかった。
さすがに処刑はやり過ぎだろう。
そう思いネットで前作のレビューを見てみると、悪役令嬢の罰が軽すぎるという書き込みを至るところで見かけたのだ。
どうやらその意見を取り入れ、続編の悪役令嬢には処刑エンドという結末を用意したようだと理解する。
それを知ってから俺は、なんだかテレジアのことが哀れに感じていたのだった。
それでも作られた結末を変えることなどできるはずもなく、俺はもう深く考えることを止め淡々とゲームを続けた。
昼は仕事に集中し夜はゲームに没頭を繰り返していた俺は、周りが心配するほどにやつれていく。
そうしていないと斉藤がいない辛さに、負けそうだったからだ。
ようやく続編も完全クリアした朝、朦朧としながら仕事に行く準備をし家を出る。
そして赤信号の横断歩道で立ち止まっていると、向こうの歩道を歩く女性に俺は目を見開く。
「斉藤!」
俺はそう叫ぶと同時に駆け出した。
すると激しいブレーキ音がすぐ近くから聞こえ、気がついた時には俺は宙を待っていた。
続いて激しく打ちつけられる衝撃が体に伝わり、口から血を吐く。
だが俺はどうしても確認したくて、顔をなんとか動かし斉藤を探す。
しかし俺が斉藤だと思った女性は、全くの別人だった。
似ても似つかない顔で、野次馬の後ろから俺のことを見ていたのだ。
それを知った俺は絶望し、目を閉じて涙を流す。
(斉藤、斉藤……どんな形、でも……いいから……会いたい…………)
最後に斉藤の顔が脳裏に浮かび、そのまま俺は絶命した。
しかし次に目を覚ました時、俺はなぜか日本ではない異世界に転生していたのだ。
そしてそこが乙女ゲーム『この輝く世界で恋をして』の世界だと知り、さらに俺が攻略対象者の一人であるフレデリックだとわかると愕然とする。
しかしそれでも俺は、ここは似て非なる世界だと思うようにして生きてきた。
だが俺の前に悪役令嬢テレジアが現れると、やはりここはゲームの世界なのだと思い知らされる。
それでも俺はゲームの通りに攻略対象者になるつもりなどなく、さらに恋愛のもつれで処刑などしたくはなかった。
だからキッパリと、テレジアに婚約者にするつもりはないと突き放したのだ。
これでゲームとは違う展開になるのではと思っていたのだが、予想に反して俺の前に再びテレジアが現れる。
そしてどうもそのテレジアは、ゲームとは違い酷い性格ではないことに気がつく。
高飛車な態度は取らず困っている人を助け、俺に婚約を迫ってこない。
さらに仕事もできる有能な人材だった。
俺はもう少しこのテレジアを近くで見ていたいと思い、俺の部署に雇うことにした。
テレジアは公爵令嬢とは思えないほど気さくで、コロコロとよく表情が変わる。
さらに王太子である俺に臆することなく意見を述べてくるところは、正直好感を持てた。
この感じは斉藤と仕事して以来久しぶりだと思い、毎日の仕事が楽しくなっていた。
まあこれは本人には絶対言いたくはないが。
そうしてすっかりここがゲームの世界だというのを忘れて過ごしていたが、あの舞踏会で引き戻されてしまう。
続編のヒロインであるソフィアが現れたからだ。
そしておそらくソフィアも転生者。
さらにゲームの内容を熟知し、俺達を落とす気満々の目を向けてくる。
俺はそんなソフィアを見て、絶対この女だけは選ばないと心に誓った。
それから俺は、ゲームの通りに進まないよう舞踏会で起こる天窓崩落を間一髪で食い止めることができたが、結局ソフィアは聖女として認められ大聖堂に住まうことに。
ただソフィアが聖女と認められる切っ掛けとなったテレジアの怪我を見た瞬間、斉藤を失った時と同じ気持ちになり酷く動揺してしまったのだ。
その後も俺なりに対策を講じ、ソフィアとのイベントが起こらないように行動する。
さらに疫病イベントも、あのソフィアのことだから全員を助けるようなことはしないと確信し、早めに特効薬に着手した。
しかし想定よりも完成に時間がかかってしまい、多くの人が病気に苦しんでしまった。
なんとか薬が完成し、まず城の保護施設にいる患者に飲ませようと向かった先で、俺はしばしその場で固まる。
なぜならテレジアが窓から射し込む日の光に照らされて、キラキラと輝いているように見えたからだ。
さらにテレジアは寝込んでる患者に向かって、
「皆さん、私には病気を治す力はありませんが、少しでも快適に過ごせるよう手助けはしますからおっしゃってくださいね」
と言って優しく微笑んでいた。
その美しさに思わず見惚れてしまう。
そして鼓動が早鐘を打ち始めていたのだ。
そんな自分の気持ちに戸惑いながらも、とりあえず俺は患者を優先することにした。
しかしそのすぐ後に熱を出し倒れてしまう。
すると俺は熱にうなされながら、斉藤がナイフを持つ男のもとに向かって行ってしまう悪夢を見てしまった。
俺は必死に呼び止めるが、斉藤はこっちを振り向いてくれない。
手を伸ばしながら悲痛な声を上げたその時、何か温かいモノが俺の手に触れた。
さらに優しい声で「大丈夫よ。どこにも行かないから」と聞こえ、一瞬にして悪夢が消え去ったのだ。
そして心地のよい風に包まれながら俺は、そのまま深い眠りについた。
朝、目を覚ますと部屋には誰もいなかったが、右手に温かな感触が残っていて不思議だった。
侍女に聞いても皆、困った表情で誰もいなかったと答えが返ってきた。
結局気のせいだったと思い、俺はすぐに事後処理に奔走し、それが終わると総務部の仕事を再開することに。
しかしそこでテレジアは、いつも以上に俺に突っかかってきた。
俺も段々とイライラしだし、とうとう俺は思ってもいないことを言ってしまう。
「……相変わらず可愛げのない奴だ。やはり俺は、お前のことが嫌いだ!」
「奇遇ですね。私もあなたが大嫌いよ!」
前世でもあった言い合いに、俺は固まる。
するとテレジアも同じように固まっていることに気がついた。
そして同時に呟く。
「黒田部長」
「斉藤」
俺は目を見開いて、テレジアを見つめたのだった。
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