癒しの力

 キラキラとガラスの破片が舞う中、悲鳴があちこちから上がり逃げ惑う人々。

 その光景を、私はどうすることもできずただ立ち尽くして見ていた。

 しかしその時、氷の魔法が放たれ破片を飲み込んで割れた天窓を覆い尽くしたのだ。

 私は驚いて放たれた方を見ると、フレデリックが右手を天窓の方にかざしていた。


「殿下の魔法って、氷だったのね」

「そうだよ。それも最強クラスの氷魔法を扱えるんだ」

「そうなのね」


 そう感心するともう一度上を見上げ、まるでシャンデリアのように輝く氷の固まりに思わず見惚れる。


「怪我をしている者はいないか!」


 フレデリックは大広間に響き渡るような大きな声で問いかけた。

 するとその声にようやく状況を呑み込めた人々が、お互いの顔を見て安否を確認する。

 どうやら怪我をしている人はいなかったようで、皆ホッとした顔でフレデリックにお辞儀をした。

 私もその様子に胸を撫で下ろしていたが、ふとソフィアが気になり視線を向ける。

 そしてその表情に疑問を浮かべた。


(なんでそんな悔しそうな顔をしているの?)


 見るからに不機嫌そうな顔で、無事だった人々を睨みつけていた。

 まるで怪我をしなかったことが不満だったかのように。


(ま、まさかね)


 しかしソフィアが、さきほどまでずっと天窓を見ていたことを思い出す。


(……いやいや、さすがに天窓が割れるなんて誰もわからないし。でももし……わかっていて、それが起こるのを待っていたとしたら……)


 あの時のソフィアは、まるで何かを期待していたかのような表情だった。

 そう考えた途端、とても怖い考えが頭に浮かび、私は慌ててその考えを吹き飛ばそうと頭を振る。


「どうかしたの?」

「う、ううん。なんでもないわ」


 不思議そうに見てきたヒースに、私は表情を作って誤魔化した。


「あ、どうやらあれが原因だったみたいだね」

「え?」


 ヒースが指差していたので私も視線を向けると、警備兵が布に包まれた大きな氷の塊をフレデリックに見せている所だった。


「氷? ……もしかして!」


 ハッと気がつき窓から見える中庭を覗き見ると、そこには大小様々な氷の塊が落ちていた。

 どうやら突然雹が降り、それが天窓に当たって割れたようだ。


「ねえヒース、この国はよく雹が降るの?」

「ううん。霰が降ることはたまにあるけど、雹になることは滅多にないよ。それもあんなに大きな雹は初めてじゃないかな?」

「そうなの?」

「うん。一応父上にこの国のことを色々教えられてきたけど、過去に雹による被害があったってことは聞いたことないよ」

「じゃあ今日が異例なのね」


 もう一度中庭を見ると、いくつかの木が雹によって倒されていたのだ。


(街や人に被害が出ていないといいけど……それにランペール邸の人達も)


 前世で見たニュースでは、家屋や車が壊れたり、場合によっては人の頭に当たって大変なことになっていたのを思い出す。

 段々不安になってきた私は、早くランペール邸に帰って皆の無事を確かめたくなっていた。


「皆の者、聞いてくれ。今日は天災とはいえこのようなことになり大変残念に思う。だが、誰も怪我を負うことがなかったことは不幸中の幸いだった。しかしさすがにこのまま舞踏会を続けることは不可能だと判断し、本日はこれでお開きとする。皆の者、気をつけて帰るように」


 国王陛下が声高々に宣言する。

 その傍らにはフレデリックが立っていた。

 おそらくフレデリックが国王陛下に原因を報せたのだろう。

 会場内の人々は皆戸惑った表情でざわつくが、氷で固められた天窓をちらりと見て皆帰ることに決めたようだ。

 国王陛下に一礼してから続々と扉から出ていく人々。

 しかしそんな中、ソフィアだけが焦りの色を浮かべてアワアワしていた。


(何をそんなに?)


 そう思いながらも、私とヒースは国王陛下へ辞する挨拶をしに向かった。


「国王陛下、私達もこれで失礼させていただきます」

「ああテレジア嬢、この国で初めての舞踏会が、このようなことになってしまいすまなかったな」

「いえ、国王陛下が悪いわけではありませんから。それに十分楽しませていただきました。ご招待していただき、ありがとうございます」


 にっこりと微笑み、スカートの裾を摘まんで会釈する。

 隣のヒースも一緒に頭を下げた。

 その時、国王陛下の隣に立つフレデリックが、誰に言うでもなくボソリと呟く。


「……今日を乗りきれば、おそらく大丈夫だろう」

「え? 何がです?」


 フレデリックが言った意味がわからず、問い返すが相変わらず答えは返してくれない。

 私はもう慣れたと諦め小さくため息をつくと、もう一度二人に頭を下げその場を離れることに。

 その途中、アスランとノアにも声をかけてから扉に向かった。


(あれ? そういえばソフィアの姿が見えなくなったような……いや、まあこんなに人が大勢いるんだし、見えなくても当然か)


 さきほどまでソフィアが居た場所を見るが、そこにはもうその姿はなかった。

 私はそれ以上気にしないことに決め、扉に向かって足を進める。

 しかしふと私は、会場内に飾りとして設置されていた飾り柱がぐらぐらと揺れていることに気がつく。

 だけど人々は帰ることに気が向いていて、誰もその様子に気がついていない。

 そしてとうとうそれは、ゆっくりと近くを歩いていた女性に向かって倒れていったのだ。


「危ない!」


 私は咄嗟にそう叫ぶと、足に風の魔法をかけ猛スピードで走り出した。


「テレジア姉さん!?」


 後ろからヒースの声が聞こえたが、説明している暇はない。

 さらに柱の下敷きになりそうになっている女性は、ようやく状況に気がついたようだが恐怖で動けないでいるようだ。

 私は素早く人々の間を抜け、床を蹴って女性に飛びつく。

 それと同時に、柱が大きな音を立てて床に倒れたのだ。


「っ!」


 足に何かが当たった感覚と、皮膚が切れたような痛みを感じた。

 それでも私は痛みを堪えながら、腕の中にいる女性に声をかける。


「大丈夫ですか?」

「え、ええ」


 女性は何が起きたのかわからない様子で、私に頷き返してくれた。

 とりあえず無事だったようでホッとしながら身を起こしていると、そこにフレデリックが駆けつけてきた。


「一体何が起こった!?」

「殿下、すみませんがこの女性を助け起こしてください」

「あ、ああわかった」


 フレデリックは戸惑いながらも、女性の腕を取り立たせてくれた。

 そしてその女性を連れだと思われる男性に引き渡すと、次に私に向かって手を差しのべてくれたのだ。


「ほら」

「ありがとう……っ」

「どうした!?」

「いえ、なんでも……」

「なんでもないという顔じゃないだろう! どこか怪我をしたのか!?」

「えっと……おそらくあの割れた柱の破片が、足を掠めたようで……」


 ちらりと視線を向けると、無惨にも砕けた柱が床に転がっていた。

 フレデリックもそれを見て状況を把握したのか、突然私を横抱きに抱えあげてきたのだ。


「なっ!?」

「暴れるな。怪我が酷くなる」

「だ、だけどこれは……」

「なら、おんぶや肩に担がれた方がいいか?」

「……これでお願いします」


 どう考えてもその二つは、とても情けない姿になることが目に見えてわかったので、おとなしく運ばれることにした。


(これはこれで、すごく恥ずかしいんだけどね!)


 人々の視線が私に集中していることを感じながらも、フレデリックに連れられていく。

 だけど鋭い視線が私に突き刺さっていることに気がついた。

 そちらに視線を向けると、そこにはすごい形相で私を睨みつけているソフィアがいたのだ。


(うわぁ~)


 もう令嬢としてどうかと思うほどの表情に、少し恐怖を感じながらも見なかったことにして視線を逸らす。


「誰か至急侍医を呼べ!」

「僕が呼んでくるよ!」


 フレデリックの声に、ヒースが返事をして慌てて出ていったのが見えた。

 それを見届けたフレデリックは、使用人に用意させた椅子に私を座らせてくれた。


「テレジア、大丈夫か?」

「これぐらい平気よ」

「……見せてみろ」

「え!? ここで!?」

「そんな見せれない場所を怪我したのか? なら別室に……」

「いえ、そこまで移動するほどの怪我ではないわ。痛みの位置からして足首近くだと思うし……」


 そう言って少しだけドレスを上げ、痛みの感じる右足を見せる。


「……思ったよりも酷いぞ。よくそんなに平気そうにしていられるな」

「確かに痛いけど、我慢できないほどではないから」

「我慢すれば、すぐに治るわけではないだろう。ちっ、この深さだと傷が残るかもしれんな。……すまない」


 フレデリックは辛そうな顔で謝罪し、ハンカチを私の傷口に当てて止血してくれた。


「い、いえ! 殿下が謝ることではないわ! それに位置的にも人に見られない場所だし、私は平気よ」


 なんてことないように見せるため、私は笑って見せた。

 そんな私をフレデリックはじっと見つめる。


「テレジア…………侍医はまだか!」


 フレデリックは後ろを振り向き叫ぶが、まだ到着していないようだ。

 しかしその時、ざわつく人々の中からソフィアが手を上げ声を張り上げた。


「私がその傷を治しますわ!」


 その声に人々は驚き、ソフィアに視線が集中する。

 だがソフィアは気にする様子もなく、私達のもとに近づいてきた。


「……ちっ。そういう風に繋がるのか」

「殿下?」


 フレデリックはとても嫌そうな顔で舌打ちした。

 そんなフレデリックを、私は不思議そうに見たのだ。

 そうこうしている内にソフィアは、私達の前に立つと自信満々の表情でフレデリックに話しかける。


「フレデリック様、実は私……光属性の魔法が使えますの」

「え!?」


 その言葉に、私を始め会場内にいた人々から驚きの声が上がる。約一名、フレデリックを除いて。


「ソフィアさん、貴女は魔法が使えないのでは……」

「ソフィアで結構ですわ。あの中でそう呼んでいましたもの」

「?」

「ああ、気になさらないで。それで私が魔法が使えることについてですけど、つい最近魔法の力が発現しましたの。それも光の魔法よ。お父様はそれを知って大変喜ばれたわ。だから今日の舞踏会に出席することも許してくださったの」


 とても嬉しそうにソフィアは語った。

 その話に、人々は半信半疑の目でソフィアを見る。


「さあテレジア様、私がその傷を治して差し上げますわ」


 そう言ってしゃがもうとしたソフィアを、フレデリックは立ち上がり手で制した。


「フレデリック様? 私の言葉が信じられないのはわかりますが、一度その目で確かめてみてください」

「……」

「私でしたら、傷跡も残らず治すことができますわ」

「……くっ」


 なぜか悔しそうな表情を浮かべたフレデリックは、目を閉じ静に手を下ろした。


「頼む。治してやってくれ」

「ふふ、お任せください」


 ソフィアは嬉しそうにしゃがみ、私の傷口に手をかざした。

 だけどその時、一瞬ソフィアの顔が歪む。


「……本当はこんな小さな傷程度じゃなくて、大惨事の状況を助けて脚光を浴びるはずでしたのに。それも……ライバルを助けることになるなんて、想定外だわ」


 ぶつぶつと小さな声で呟く。


「ソフィア?」

「え? 何かしら? すぐに治すからじっとしていてくださいね」

「え、ええ」


 なんだか不穏な気配を感じ声をかけると、ソフィアはパッと笑顔に変わり私を見てきた。

 そんなソフィアに、私は何も聞くことができなかったのだ。

 ソフィアは目を瞑り意識を集中すると、その手の平から光が私の傷口に注がれていく。


(……暖かい。それに段々と痛みが引いてきた)


 心地よい感覚にリラックスしていると、あっという間に傷が綺麗サッパリなくなった。


「終わりましたわ」


 ソフィアは満足そうに立ち上がった。


「……すごい」


 私は血の跡さえ残っていない足を、驚きながら確認し恐る恐る立ち上がる。

 やはり痛みは全くない。

 試しに少し歩いてみたが、普通に歩け驚愕の表情でソフィアを見た。


「光魔法……癒しの力ですね」

「そうよ」


 その瞬間、会場内が驚きとどよめきで騒がしくなる。

 さらに教会関係者が聖女だと騒ぎだし、保護しなければと集まり相談し始めていた。

 ソフィアはその様子を見て、ほくそ笑む。


「……ソフィア、治してくださってありがとうございます」

「ふふ、大したことないわ。それにこれは私のために……いえ、なんでもないわ」


 一瞬カルーラ王国に居るリリアーナを思い出したが、口には出さずソフィアにお礼を言った。

 その後、侍医を連れて戻ってきたヒースが、ソフィアによって傷が治ったことを聞きひどく驚く。

 そうして私はヒースに何度も心配されながらも、今度こそ帰宅することができたのだ。

 ちなみに、助けた女性とその夫からは帰り際何度もお礼を言われたのだった。


  ◆◆◆◆◆


 テレジアが大広間から出ていくのを、アスランとノアは離れた場所で見ていた。


「テレジアの怪我、治ってよかったね~」

「……」

「ん? ノア、どうかしたの~?」

「そもそもどうしてテレジア嬢は、怪我を負ったのでしょう……」

「え? あの柱の破片が当たったからって言っていたよね~?」

「いえ、そういう意味では……テレジア嬢には、守りの加護を付けてあるのにです」


 アスランは意味がわからないといった表情で首を傾げる。


「ん? それがどうかしたの~? だって守りの加護って、気温の変化から体を守ってくれる魔法でしょ~?」

「通常はそうです。ですがテレジア嬢には、特別な守りの加護を付けてあげていたのです。……これは少し調べる必要がありますね」


 ノアは難しい顔で顎に手を置き考え込む。


「よくわからないけど、頑張ってね~」

「はい」


 アスランの応援に笑みを見せて頷き、もう一度テレジアが去っていった方を見つめたのだった。

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