ヒロイン?
桃色髪の女の子は、微笑みを浮かべながら堂々と会場内を歩いていた。
「……うわぁ~、あの子も来たんだ」
「ヒース?」
私の隣に立ち、明らかに嫌そうな顔で女の子を見ている。
「僕、あの子苦手なんだよね……」
「あら、ヒースがハッキリとそんなこと言うなんて珍しいわね。知り合いなの?」
「う~ん、知り合いというか……テレジア姉さんがくる少し前に、夜会に出席したんだけど、そこで初めて会った子なんだ。だけど……ちょっと変な子だったんだよ」
その時のことを思い出しているのか、顔をしかめる。
「そもそもあの子……ソフィア・エルモンドって言ってね。エルモンド伯爵の令嬢なんだけど、貴族では珍しく魔法が使えないことで有名だったんだ」
「え? 魔法が使えないって、確かに珍しいわね。貴族は普通、威力は人それぞれでも何かしらの属性魔法が使えるはずなのに」
「そうなんだよ。それでね、その影響かエルモンド伯があまり人前には出さないようにしてて、五年前の十二歳の時におこなった社交界デビューもほぼ身内だけで済ましていたらしいよ」
「そんな子が、ヒースの参加した夜会に出席したのね」
「うん。やっぱりあの子が現れた時も、今みたいに皆驚いていたよ。だけどソフィア嬢は全く気にする様子もなかったし、むしろ注目されるのが当たり前といった感じだった。そして僕を見つけると、なぜか一直線に向かってきて声をかけてきたんだ」
「ヒースに?」
「そう。他の人には目もくれず僕だけに。まるで僕に会うのが目的だったみたいな行動だったよ」
ヒースは困惑した表情を浮かべる。
「ソフィア嬢とはそこで初対面だったはずなのに、ずっと前から僕のことを知っているかのように馴れ馴れしく話しかけてきて、すごく嫌だった」
「本当に初対面だったの?」
「うん、僕の記憶が正しければ初めてのはずだよ」
「もしかしたらヒースの知らない所で見ていたのかもね」
「そうだとしても……ヒースは近い未来、私を選ぶことになるのよ。と言われて正直引いたよ。それも最初っから僕の名前呼び捨てだったし……」
「……確かにちょっとヤバイ子かも」
「それに……ヒースは私の中で四番目だったし、攻略は一番最後にしてあげるわね。って意味不明なこと言ってきたからさ」
「ん? 攻略?」
なんだか引っ掛かる言葉に首を傾げる。
「おそらく公爵子息の僕を狙っての言葉だと思うけど……ああもハッキリと口にする令嬢初めてだよ。僕、ああいう子好きじゃない」
本当に嫌そうな顔をしているので、相当苦手なのだとわかった。
「まあ今回は私もいるし、関わらなければ大丈夫でしょう」
「……絶対離れないでね」
「わかったわ」
苦笑いを浮かべてヒースに答えていると、フレデリックが舌打ちと共にボソリと呟いたのだ。
「ちっ、今日だったか」
「殿下?」
とても不機嫌そうな声に驚いてフレデリックの方を見ると、険しい表情で一点を見ている。
その視線の先を追うとソフィアがいた。
(フレデリックも、ソフィアに何か言われたことがあったのかな? でも滅多に表に出てこなかった伯爵令嬢と王太子殿下が、出会うことなんてあるの? ……まあ当人同士のことだし、もしかしたら意外な所で会っていたのかも)
私には関係ないと思うことにし、皆の注目の的になっているソフィアを見ていた。
するとソフィアはこちらに気がつき、満面の笑顔を浮かべて早足でこちらに向かってきたのだ。
(え? こっち?)
その行動に驚いたが、よくよく考えてみれば私の周りにいる男性達は皆高貴な身分の人なので、挨拶をしに来たのだろうと察する。
私はヒースの腕を引きフレデリックよりも一歩後ろに下がって、盾になってもらうことに。
「テレジア……」
「殿下、あの方は間違いなく貴方に挨拶をしにこられているので、お相手をよろしくお願いします」
有無を言わせない笑みを見せ、堂々と押しつける。
フレデリックはそんな私を見て小さくため息を落とすと、仕方ないと言った表情でソフィアが来るのをその場で待つことに決めたようだ。
ちなみにアスランやノアは、ソフィアとは完全に初対面なのか特に表情を変えることなく、なぜか一歩下がった私のそばに立っていた。
そうしているうちにソフィアは私達の前までやってくると、目をキラキラとさせ興奮した面持ちで祈るように両手を握る。
「きゃぁぁ! とうとうこの日がやって来ましたわ! どれだけこの日を待ち望んでいたことか!」
突然一人で騒ぎだし、私達は皆唖然としながらソフィアを見つめた。
そんな私達の様子に気がついたのか、ソフィアはコホンと小さく咳払いをして淑女らしくスカートの裾を摘まんで会釈する。
「失礼いたしました。私、ソフィア・エルモンドと申します。皆様これからどうぞよろしくお願いいたします」
まるでこれから何度も会うかのような口振りで笑顔を浮かべるソフィアに、私はなんだか違和感を覚えたのだ。
(普通、こういった舞踏会や夜会以外では、招待されない限りそうそう王族や上位の貴族と会うことはできないのに、会うのは当たり前みたいに言うのね。一体その自信はどこからくるんだろう?)
ソフィアの言動に戸惑っていると、フレデリックが無表情で口を開いた。
「俺はフレデリック・ミラ・バルゴ。この国の王太子だ。ソフィア嬢、この舞踏会という短い間だけだが楽しんでいってくれ」
暗に舞踏会が終われば関わる気がないと言っているのがよくわかった。
だけどソフィアはそんなこと気にすることなく、クスクスと楽しそうに笑いながら話を続けてきたのだ。
「もうフレデリック様ったら。でもそんな冷たい態度もそのうち変わるかと思うと、今から楽しみですわ」
「……」
フレデリックは目を細めてソフィアをじっと見つめる。
しかしソフィアは、視線を私達の方に向けてきた。
「ふふ、アスラン王子やノア様、それにヒースもこれからよろしくお願いいたしますね」
「えっと~うん、今日はよろしくね~」
「大聖堂でおこなわれる謁見で、お会いいたしますよ」
「……僕は遠慮するよ」
アスランやノアは何か危険を察したのか、無難な返事を返しヒースはハッキリと答える。
それでもソフィアは気にしなかった。
最後に私の方に視線を向けると……勝ち誇った顔で笑みを深めたのだ。
「テレジア……様。フレデリック様の婚約者でいられるのも今のうちですからね」
「…………ん?」
私は困惑の表情で首を傾げる。
「私が、殿下の婚約者?」
「そうでしょ? だからフレデリック様のそばを離れないでいるのでしょ?」
「いえ、離れないでいるわけでは……」
「ソフィア嬢、何か勘違いをしているようだから言わせてもらう。このテレジアは俺の婚約者ではない」
「……え?」
「俺の直属の部下だ」
キッパリと言いきるフレデリックと私を、ソフィアは意味がわからないといった顔で交互に見てきた。
「部下? …………そんな設定なかったわ」
呆然としながら何かをぶつぶつと呟く。
そして険しい顔で顎に手を置き独り言を言いながら考え込みだした。
「これはどういうこと? フレデリック様と一緒にいるから、てっきり婚約者だと思っていたのに違うだなんて。これじゃあ、私の引き立て役にならないじゃない。いや、待って。多少設定と違っていても、フレデリック様の直属の部下ならきっと私の邪魔をしようとしてくるわ。それに他の方々とも親しいようだし……うん、嫉妬に婚約者の肩書きは必須じゃないわね。よし、全く問題ないわ」
よくわからないが自己完結したようで、再び笑顔を私達に向けてきた。
「私の勘違いでした。テレジア様、これからよろしくお願いいたします…………[悪役令嬢として]」
「え、ええ。こちらこそよろしくお願いしますわ」
最後の方はとても小さな声だったのでよく聞こえなかったが、なんだかとても嫌な予感を覚えたのだった。
◆◆◆◆◆
ソフィアはあの後、あっさりと私達から離れていったのだ。
その後ろ姿を見送ったフレデリックは黙って何か考えだし、突然用事を思い出したからと言って去っていく。
そしてアスランやノアも、再びあの集団に捕まり連れていかれてしまったので、私とヒースは少し休憩しようと壁際に移動した。
「本当にソフィア嬢って、変わった方だったわね」
「そうでしょ? だけど……まさかフレデリック殿下やアスラン王子、さらにはノア様にまで遠慮なく話しかけるとは思わなかったよ」
「そうね。アスランやノアは気にされていなかったけど、お二人が名乗ってもいないのに名前を呼ばれて普通に話されていたものね」
「エルモンド伯は、どんな教育を受けさせたんだろう……」
私達は何とも言えない顔で、すっかりソフィアのことなど気にせず楽しそうに談話している人々をぼーっと見つめた。
(あれ? あそこにいるのは……ソフィアだよね。何をしているんだろう?)
ソフィアは人々の輪から離れ一人佇んでいたのだが、なぜかずっと天井を見つめていたのだ。
(一体何が?)
視線の先が気になり上を見上げて、そこに大きな天窓があることに気がついた。
(うわぁ~すごく大きい! それにそこから見える夜空も素敵! あんなのがあるなんて全然気がつかなかった)
思わずうっとりとその天窓から望む夜空を見つめる。
(ああそうか。ソフィアもこの綺麗な夜空を見ていたんだね)
そう思いソフィアの方を見ると、その表情が唐突にニヤリとした顔に変わった。
不思議に思いながらもう一度天窓の方に視線を向け、怪訝な表情を浮かべる。
「あれ?」
「テレジア姉さん、どうかしたの?」
「ついさっきまですごくいいお天気だったのに、急に黒い雲が出てきて……」
私の言葉を受け、ヒースも同じように天窓の方を見た。
「ああ、この国では時々こうして天気が急変することがあるんだよ。多分ちょっと強めに雪が降ると思うけど、すぐに収まると思うから気にしなくてもいいよ」
「そうなの? それならそれでいいけれど……とても黒い雲だったから」
「大丈夫だよ。ほら、その証拠に雲が出て少し薄暗くなっても誰も気にしてないでしょ?」
ヒースに言われ会場内の人々を見ると、確かに誰も気にしていなかった。
だけどその中で一人だけ、じっと天窓を見つめている人物に気がつく。
(フレデリック?)
その表情はとても厳しく、何かを警戒している様子だった。
(あの天窓に何かあるのかな?)
そう思い、視線を再び天窓に移したその時──。
バリィィィィィン!!
とても大きな音を立てて天窓が割れ、ガラスの破片が大広間に降り注いできたのだった。
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