祖父と孫

 高い城壁に囲まれたバルゴ公国の王都に入ると、お祖父様が住まう屋敷に向かった。

 そこは貴族街の中でもさらに奥にある、一番大きなお屋敷。

 私はその大きなお屋敷を呆然と見上げながら馬車から降りる。


「我が家も大きかったですけど、ここもすごく大きいですね」

「まあ代々この国の宰相を務めてきた公爵家ですからね、それに見合った家でないといけないのよ」

「そうなのですか……」


 お母様の話にうなずきながらも、これから会うお祖父様のことを思い緊張しだす。


(お祖父様の名前はデイル・ロン・ランペール。数年前までこの国の宰相をされていたらしいけど、今はその役をお母様の弟で私の叔父様のディラン・ロン・ランペールが引き継いだとか。でも引退してから随分経ってるのに、いまだにお祖父様の影響力は強いらしく、わざわざ意見を伺いに屋敷にくる人も。その中に国王陛下の使者もいるらしい。それほどにすごい方とこれから会うかと思うと……だんだんと緊張してきた。怖い人だったらどうしよう?)


 不安を覚えながらも、お母様に続いて屋敷の中に入っていった。


「マリアーヌ様、お帰りなさいませ」

「ただいま、セバス」


 玄関ホールに白髪を綺麗に整え、白い口髭を生やした高齢の執事が恭しくお辞儀をしながら私達を出迎えてくれた。

 そのセバスと呼ばれた執事に、お母様は嬉しそうに微笑む。


「セバス、私の娘のテレジアよ。まだ小さい時に会わせたきりだったけど、わかるかしら?」

「ええもちろんわかりますとも。あの可愛らしかったテレジアお嬢様が、今ではこのようにお美しく成長なされて……お会いできとても嬉しく思っております。テレジアお嬢様、私はこの屋敷で執事長を務めさせていただいているセバスと申します。どうぞよろしくお願いいたします」

「セバス、私の方こそこれからよろしくね」


 セバスに向かってにっこりと笑ってみせた。

 その時、玄関ホールの中央にある大きな階段をゆっくりと降りてくる足音が聞こえ、私は視線をそちらに向ける。

 そこには長い白髪を後ろに流し、口回りを覆うほどの立派な白い口髭を生やした青い瞳の高齢の男性がそこにいた。

 しかしとても近寄りがたい雰囲気を放ち、気難しい人のように見える。


(……あの方がお祖父様ね)


 そう確信すると、顔をこわばらせながらじっとお祖父様を見つめた。

 するとお母様が一歩前に出て笑みを浮かべたのだ。


「お父様、お久しぶりですわ」

「うむ。よく帰ってきた」

「ふふ、珍しく緊張なされているのですね」

「……なんのことだ?」


 階段を降りきり、私達の前までやってきたお祖父様は、お母様の言葉を聞いて顔をしかめる。

 だがお母様はそんなお祖父様を見てさらに笑みを深めると、私の方に顔を向けてきた。


「さあテレジア、お祖父様にご挨拶を」

「あ、はい。お祖父様、お久しぶりです。テレジアです」


 そう言ってスカートを摘まんで軽く会釈をする。

 その瞬間、お祖父様の頬が一瞬ピクリと動いた。


(ん? 何か私、失礼なことしたかな?)


 不思議に思いながらも姿勢を正すと、突然お母様が口元を手で隠しながら吹き出したのだ。

 お母様の様子に私は驚いていたが、お祖父様は鋭い眼差しをお母様に向けている。


「お母様?」

「ふふ、ごめんなさいね。でもお父様、そろそろ我慢なさらなくてもいいのですよ? ここには私達しかいませんもの」

「……そう、だな」


 お祖父様はそう答えると、再び私の方に視線を向け……一気に顔を緩ませたのだ。


「おおテレジア! 会いたかったぞ!!」

「え!?」


 さっきまでの威厳がどこかに吹き飛び、大きく手を広げて私を抱きしめてきた。

 さらに私の顔を頬擦りしてくるお祖父様に、一体何が起こったのか理解出来ずお母様の方を慌てて見る。


「お、お母様、これは?」

「お祖父様からのお手紙はね、いつも貴女やロイドに会いたい会いたいと言葉が綴られているのよ。それに病気はしていないか、ちゃんとご飯は食べているのかと貴女達のことばかり心配されていたわ。さらには二人の近況を逐一報告させられているのよ」


 お母様は楽しそうに笑いながら教えてくれた。

 ロイドとは私のお兄様のことなのだが、私達のことをお祖父様がそのように思っていてくれたとは全然知らなかったので、正直この状況に戸惑ってしまう。

 しかしそんな話を聞いてしまっては、お祖父様を無下に扱うわけにもいかず、そのままされるがままになっていた。

 すると奥の扉が開き、そこから白銀の髪に緑の瞳が美しい一人の女性が現れたのだ。


「マリアーヌお義姉様!」

「あら、レシーダお久しぶりね。元気そうでよかったわ。テレジア、この方はディランの奥方でレシーダよ」

「テレジアです。これからよろしくお願いいたします」

「私の方こそよろしくお願いいたしますわ。さあ皆様、お部屋に移動いたしましょう? あちらでお茶とお菓子を用意してありますのよ」

「ありがとうレシーダ。じゃあセバス、私達の荷物を部屋の方に運んでおいてね」

「畏まりました」


 そうして私達は場所を移動したのだが、その間ずっとお祖父様が私を離してくれなかったのだ。


「……お義父様、お会いできて嬉しいのはわかりますが、そろそろテレジア様を離して差し上げてはいかがですか?」

「いや、もう少し……」

「お義父様、そのままではテレジア様に嫌われてしまいますわよ?」

「うっ!」


 言葉を詰まらせたお祖父様は、渋々ながらも私を離してくれた。

 しかし私の隣にしっかりと陣取って座ったのだ。


(……どんどん私の中でイメージしていたお祖父様の人物像が崩れていく。まあ、嫌われているよりかはいいけど……)


 予想外の孫LOVEなお祖父様に、どういった態度をとればいいのか困っていた。

 そんな私の気持ちなど露知らず、お祖父様は私の隣でにこにことしながらお茶を飲み、向かいの席ではお母様とレシーダ様が楽しそうにおしゃべりを始めていた。

 すると扉をノックする音が聞こえ、続いてそこから一人の少年が入ってくる。

 その少年はきらめく白銀の髪を後ろで束ね、ガラスのように美しい水色の瞳をした美少年であった。


(うわぁ~まるで天使みたいな男の子。なんだか背中に羽さえ見えるような気さえするよ……)


 思わずその男の子に見入ってしまう。


「遅くなり申し訳ありません」

「おお、来たか」


 お祖父様は少年を見て、嬉しそうに笑う。私は戸惑いながら小首を傾げていた。

 そんな私を見て少年は苦笑いを浮かべると、胸に手を当て軽く会釈をする。


「初めまして。僕はヒース・ロン・ランペールと申します。貴女がテレジア様ですね。ずっとお会いしたいと思っていました」

「まあ、貴方がディラン叔父様のご子息のヒース様ですのね。初めまして。お母様から貴方のお話はよくうかがっていますよ。今はおいくつになられたのですか?」

「十六になりました」

「そう。もうそれほど大きくなられたのですね」


 ヒースと会うのは今日が初めてだったが、お母様から話を聞いていたので、なんだか感慨深くなっていた。


「ちなみにテレジア様、僕に敬称はいらないですよ。気軽にヒースと呼んでください」

「あら、なら私も敬称はなくていいわ。だって私達、従姉弟同士なのですから」

「ん~では、テレジア姉さんとお呼びしてもいいですか?」

「姉さん? ええ別に構わないわよ」

「ありがとうございます、テレジア姉さん! 僕一人っ子だったので、ずっと姉弟というものに憧れていたんです!」

「それなら、私のことを本当の姉のように思ってくれていいわ。私もヒースを弟のように接することにするから」

「はい!」


 本当に嬉しそうな笑顔のヒースを見て、私もなんだか嬉しくなる。

 そしてお祖父様達も、そんな私達を微笑ましく見ていたのだ。

 私はヒースにも座るよう促すと、なぜか空いてる方の私の隣に座ってきた。


(……いくら大きめの長椅子だからって、わざわざここに座らなくても)


 そう思ったが、楽しそうにしているヒースを見て何も言えなくなってしまった。


「そう言えばテレジア、やはりロイドは一緒に来なかったのだな」

「ええ、お兄様はお父様の仕事を手伝っていまして、忙しく今回は家に残られました。ただお祖父様によろしくお伝えするよう言われています」

「そうか……久しぶりにロイドの顔も見たかったのだがな」

「ふふ、では家に戻りました際、お兄様にお伝えしておきますね」

「……」


 お兄様が来なかったことに不満そうな顔をしたお祖父様を見て、軽く吹き出しながらそう言うと、なぜかお祖父様は難しい顔で黙り込んでしまう。


「お祖父様?」

「テレジア……お前がここに来ることになった経緯は、マリアーヌから聞いて知っている」

「……」

「テレジアは賢く優しい子だ。マリアーヌからの手紙でワシは知っている。そのテレジアが、あのような行動をしたのにはきっと何か訳があるのだろう」

「それは……」

「よい。お前なりに何か考えがあってのことだとワシはわかっているからな。追及するつもりはない。それに結果として、テレジアとこうして会うことができたのだ。ワシとしては悪いことではなかった」

「お祖父様……ありがとうございます」


 お祖父様は私の頭を優しく撫でてくれた。


「よいよい。それにいつまでもここにいてよいのだからな」

「いえ、そんなに甘えるわけにはまいりません。あちらが落ち着いたら戻るつもりでいます」

「そんな遠慮などしなくてもよいのだぞ?」

「お祖父様の言うとおりです。テレジア姉さん、ずっとここにいていいのですからね」

「お気遣いありがとうございます。ですが私なら大丈夫ですよ。それに家に戻りましても、時々会いに来ますから」


 安心させるようににっこりと笑ってみせる。

 しかしヒースは不満そうな顔になり、お祖父様は再び何か考え込むように黙ってしまったのだ。


「どうかなされたのですか?」

「うむ、いいことを思いついたぞ!」


 突然お祖父様は椅子から立ち上がり、拳を握りしめて大きな声をあげた。

 その様子にお母様達も驚き、何事かとお祖父様を見る。

 私も目をパチクリさせながら、戸惑いの表情を浮かべてお祖父様を見上げた。

 そのお祖父様はニヤニヤと顔を緩ませ、私の方を見てくるとこう言い放ったのだ。


「テレジア、明日ワシと共に城に行くぞ」

「……はい?」


 なぜお城に? と困惑するが、お祖父様は笑みを浮かべるだけでそれ以上は説明をしてくれなかったのであった。

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