第53話 ファントム エピローグ

『本日、連続殺人犯『ファントム』が逮捕されました』

 テレビ画面の上に速報のテロップが流れた後、ニュースキャスターが真剣な表情でニュースを読み上げる。

「連続殺人犯『ファントム』として逮捕されたのは、柳田初美容疑者三十二歳。二日前、『裏路地で人が殺されている』との匿名の通報を受けた警察が現場に駆け付けた所、胸にナイフを刺された女性と一緒に居る柳田容疑者を発見しました。警察はその場で柳田容疑者を殺人容疑で現行犯逮捕したとのことです。殺されたのは小麦岬さん三十二歳。被害者の小麦岬さんと柳田容疑者は大学時代からの友人でした。小麦岬さん殺害の容疑で、柳田容疑者の自宅を警察が家宅捜索した所、柳田容疑者の自宅から『ファントム』事件のものとみられる証拠品が多数発見されたため、柳田容疑者を問いただすと、柳田容疑者は自分が連続殺人犯『ファントム』であることを認めたとのことです。柳田容疑者の供述を受け、警察は本日未明、柳田容疑者を連続殺人の容疑で再逮捕しました』


「逮捕されたんですね。『ファントム』。良かった」

 僕、米田優斗は『ファントム』が逮捕されたニュースを見て、ほっと胸を撫で下ろした。

 この連続殺人犯を皆、怖がっていた。これで安心して暮らせる。 

『なお、柳田容疑者は殺したのは自分だが、それは自分の中にいる怪物に操られていたからだと供述しているとのことです。そのため、近く柳田容疑者の精神鑑定を行なうことが決定され……』

「自分の中にいる怪物」、それってもしかしてアヤカシのことじゃ……。

「どう思います?華我子さん」

 僕は、テーブルの向かいに座っている華我子さんに話し掛けた。

 華我子さんは、肉体こそ人間だけど、中身は『白い大蛇』と呼ばれているアヤカシだ。

 色々あり、僕と彼女は協力関係になった。

 僕はアヤカシを引き寄せる体質で、よくアヤカシに憑かれる。アヤカシに憑かれると、時として命に関わることもある。だけどもし、僕がアヤカシに憑かれた場合、華我子さんがそのアヤカシを食べてくれることになっている。

 僕は憑いたアヤカシを取ってもらうことができ、華我子さんは楽に食料を得ることが出来る。つまり、僕と華我子さんは相互に利益を得ることが出来るのだ。


 別種の生き物同士が同じ生活圏内で暮らす『共生』。特に相手と自分、双方に利益のある共生を『相利共生』というのだそうだ。


 ちなみに華我子さんは小説家で『相利共生』をタイトルにした小説を書いている。『相利共生』は現在、爆発的大ヒット中だ。さらに同じく日本全国で爆発的にヒットした『捕食探偵』の作者も華我子さんだ。

 前作『捕食探偵』は、映画化、コミカライズ、ドラマ化など多方面から映像化の話が来ているらしい(前に華我子さんにこっそり教えてもらった)。

 蛇足だが、僕も小説家だ。でも、僕の書いた小説には映像化の「え」の字も来ていない。華我子さんの小説の足元にも及ばないけど、僕の小説もそこそこ売れているはずなんだけどな……。

 僕は華我子さんに訊く。

「この犯人が言う、自分の中にいる怪物って、アヤカシのことなんでしょうか?」

「……さぁ、分からない。アヤカシのことかもしれないし、幻覚かもしれない。あるいは罪を逃れるために憑いた嘘かもしれない。あるいは……」

「あるいは?」

「アヤカシには憑かれていたが、アヤカシに操られていたわけではないのかもしれない」

「アヤカシに憑かれていたのに、操られていなかった?」

 華我子さんは軽く頷く。

「罪の意識から逃れるために、アヤカシに操られていないにも関わらず、操られていたと自己暗示を掛けていたのかもしれない」

 なるほど、その可能性もあるか。僕では全く思いつかないことだ。

 さすが華我子さん。

「犯人、どうなるんでしょうね」

「犯人は分かっているだけで十一人殺している。通常であれば死刑となるだろう。精神鑑定の結果を受け、裁判所が責任能力無し、と判断すれば減刑、あるいは無罪となる可能性もないわけではないが、限りなくゼロに近いだろうな」

「犯行も計画的みたいですし、証拠も隠滅していますもんね。責任能力無し、と判断されることはまずないでしょうね」

 テレビではキャスターやコメンテーター達が、犯人はどのような経緯で犯行に至ったのか?とか、犯人はどのような人生を送って来たのか?といった話をしている。

 まず犯人が、これまで証拠を残さず犯行を重ねることが出来た理由だが、それは犯人の職業に関係していた。

 犯人は医者だったのだ。それも唯の医者じゃない。警察の捜査に何度も協力したことがあるほどの優秀な医者だったのだ。

 警察の捜査に何度も協力した経験があったため、犯人は警察がどのような捜査をするのか、どのような物から犯人に辿り着くのか、熟知していたとのことだ。

 ニュースでは犯人の生い立ちについても話している。

 犯人は幼少期の頃より親から虐待を受けていたらしい。それが今回犯人を連続殺人犯にしたきっかけではないかとテレビでは報道している。

 また、犯人の女性は仕事やプライベートでも大きなストレスを抱えていたらしい。そのストレスも犯人を連続殺人に走らせた要因の一つではないか?とテレビに出ている精神科医が話している。


 犯人は、辛い環境の中で自分の心の中に怪物を生み出してしまったのだろうか?

 

 多くの人間が罪を犯さない理由は二つある。

 一つ目は恐怖。警察に捕まるのではないか?とか、被害者に復讐されるのではないか?とか、犯罪を起こした後のことを想像し、その恐怖で犯罪を思い留まるパターン。

 二つ目は、罪の意識が心にブレーキを掛けるパターンだ。

 多くの人間は生まれながらに「他人を傷つけたくない」という感情を持っている。その心が人間を犯罪に走らせるのを止めている。

 だけど、もし自分の罪悪感を自らが生み出した怪物に責任転嫁したとしたらどうなるだろう?

 罪を犯したのは自分のせいじゃない。怪物が自分を操ったからだ。と怪物に責任転嫁すれば、自分の心を罪の意識によるストレスから守ることはできる。だけど犯した罪を別の存在のせいにしてしまうと、罪の意識は希薄となり、心のブレーキを踏むことはできなくなる。

 犯罪の証拠を完璧に隠滅できる技術を持っていれば、警察に捕まる恐怖を抱くこともなくなる。

罪を犯すことの恐怖と、罪を犯した罪悪感。その二つを無くした人間は、おそらく、何度も犯罪を繰り返すことになるだろう。

 僕はふと、あることを想像した。

 もし、全ての人間がアヤカシを視ることができ、その存在を認知するようになれば、本当であれ、嘘であれ『自分はアヤカシに操られて悪さをした』と主張する人間はたくさん出てくることだろう。

アヤカシの存在を公にしないのは、こういった理由もあるからかもしれない。


 それにしても……。

「う~ん」

「どうかしたか?」

「いえ、この犯人どこかで見たことがあるような気がして……」

「……どこかとは?」

「この前、裏路地で華我子さんに憑いたアヤカシを食べてもらったじゃないですか。あの時にこの犯人と似た顔を見た気がするんですよね」

 華我子さんと出掛ける約束をしていたが、待ち合わせの場所に行く途中、僕はアヤカシに憑かれてしまった。アヤカシに憑かれ、気分が悪くなってふらついていた時、華我子さんが来てくれた。

 華我子さんは人目につかないように裏路地に僕を連れて行き、そこで僕に憑いたアヤカシを食べてくれた。僕はその後、気を失ってしまったが、気を失う瞬間、物陰にこの犯人と似た顔の人物を見たような気がするのだ。

「気を失う前にチラリと見ただけだったんで、はっきりとは覚えていないんですが……華我子さん。あの時、裏路地に僕と華我子さん以外に誰かいましたか?」

 犯人が最初に逮捕された場所も、裏路地だったとテレビで言っている。だから、あの人影が犯人だったのではないかと思ったんだけど……。

「いいや、誰もいなかった」

 華我子さんは首を横に振った。

「そうですか……」

 彼女がそう言うのなら、誰もいなかったのだろう。きっとあれは僕が視た幻、

ファントムだったのだ。


「もう春だな」

 華我子さんがポツリと呟いた。僕は頷き、同意する。

「そうですね」

 テレビの画面には、満開の桜が映っていた。

「今度、どこかに行きませんか?前は行けませんでしたので……」

 僕がアヤカシに憑かれたせいで、前からしていた一緒に出掛ける約束を果たすことが出来なかった。この誘いは、その埋め合わせだ。

 華我子さんは僕の顔をじっと見た後、首を縦に振り、

「楽しみにしている」

 と言った。

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相利共生 カエル @kaeruu

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