ミミックに転生してた

甘木 銭

ミミックに転生した

目を覚ますと、俺は洞窟の中にいた。


ひんやりと冷たい空気。上も下も岩に囲まれていて、薄暗い。


何が何だか全く理解が出来ない。

現代日本に生きていて洞窟の中で目覚めることなどそうそうあるものではないし。


前後の記憶がどうにも曖昧で、なぜこんなところにいるのかもわからない。


視界も妙に狭いし、体が思うように動かない。


まあタイトルで言ってしまっているので、ここの描写をあまり長引かせる必要もないだろう。


俺はミミックになっていた。


そう、ミミックだ。

あのRPGとかで出てくる宝箱型モンスターの。

ダンジョン内で遭遇するとめんどくさいやつ。


話が長くなりそうなので細かい描写はカットするが、観察と考察を繰り返してようやく自分が宝箱の中に納まっているという状況を理解したころ。

視界の隅で、何やら大きな影がゆらりと動くのが見えた。


足音を立てながら近づいてくるそいつを見て、驚愕する。

直立二足歩行をした、爬虫類型のシルエット。


リザードマンだ。

直訳するとトカゲ男。


比べる対象が無いので大きさは不明だが、このミミックの身体から見上げた感じでは子供とヒグマくらいの差がありそうだ。


ネットで検索すればビジュアルはわかるので細かい描写は割愛。


というか、細かく描写する暇も無く、俺はその場から逃げ出した。


ミミックの体というのは移動が困難だ。

二足歩行に慣れていればさらに。


なんと言うか、前方に頭を突き出すことで体全体を引っ張るような、そんな感じだ。

体のほとんどが宝箱の中なので柔軟な動きもできない。

とてもぎこちない動きで、それでも少しずつ前に進んでいく。


あれがモンスターか。初めて見た。

まあ俺もミミックだけどさ。

なんて言うか、他のモンスターが存在する可能性を全く考えていなかった。


さっきまでは、状況を確認しつつも夢なんじゃないかとも思っていた。

だが、あのリザードマンが近づいて来た時に感じたあの背筋が凍るような感覚。

いや、ミミックに背筋あるのかは知らないけど。


しかし、あの感覚には覚えがある。

あのリアルな恐怖感は、絶対に夢なんかじゃない。


俺がこの世界で、確かに命を持っていることの証拠だと思った。


もちろんあのリザードマンが襲ってくる確証なんかない。

案外魔物同士仲良くできるかもしれない。


だが俺の本能が逃げろと告げている!

あのリザードマンは、獲物を狙う目をしてた!気がする!


それにほら、俺宝箱だし。



---------------



俺がその人に会ったのは、しばらく洞窟をさまよった頃である。


やっとこのおかしな体に慣れてきた俺は、改めて状況の整理をしていた。


現在分かっていること。


その一。ミミックは寝なくても大丈夫。

三日間魔物から逃げたり隠れたりし続けているが、眠気を感じることは全くなかった。

しかし疲労は感じるので、たまに休憩が必要だ。


その二。宝箱から出ることはできない。

これは何度も試してみたが駄目だった。

体を少し出すことはできたが、完全に抜け出すことはできない。

亀の甲羅やカタツムリの殻のようにくっついてるものなんだろう。


その三。

本体はスライムみたいなやつ。

手が無い上に自分の姿を見ることもできないが、体を動かす感覚的には関節が無いらしい。

骨の存在も感じないので、柔らかい体でもぞもぞと動いている。

体を動かす上でこれが一番手間取った。


次に、現在わからないこと。

ミミックが何を食べるのか。


そもそも洞窟の中で植物もほとんど生えていないし、動物も魔物だけなので狩って食べる気も起らない。

というか、逆に狩られそう。


せめて水くらいは飲みたかったが、水源も見つからない。


しかし、空腹感はあるがそれで動けないということは無い。


何日こうしてさまよっているのかはわからないが、もし人間がこんなに長い間飲まず食わずでいたら動けなくなってしまうような時間だと思う。


そんな状態でも思い宝箱をズルズルと引きずって歩いている。


いや、歩く?どうなんだろう。


とにかく移動していると、後ろから声が聞こえた。


「あれ?お前、ミミックか?」


驚いて、ぎこちなく後ろを振り向く。

そこには、蓋の少し開いた宝箱があった。


いや、違う。この宝箱は……


「いやー、やっと同族に会えた!いつぶりだ!?」


そこにいたのは、いやに陽気なミミックだった。


「お前、名前はなんて言うんだ?俺はラバイって呼ばれてたんだけど」


あ、名前……。

そういえばミミックとしての名前なんてなかったな。

ミミックの世界でのスタンダードな名前が何なのかなんてわからないしな。


「えっと、倉田空って言うんですけど……」

とりあえず本名で行こう。


「……ん?」

まあ、変に思われるだろうな。


「クラタ?お前、もしかして日本人か?」


……え?


俺が異世界に来て初めて、日本人に出会った瞬間だった。



---------------



この陽気な日本人ミミックは、名前をコダマというらしい。

上の名前なのか下の名前なのかすらも教えてもらえなかったが、俺と同じで目を覚ましたらミミックになっていたらしい。


「21!?若いな!じゃあそんな歳で死んじまったのか!?」

「え?いや、死んでは無いと思いますけど……」


どうやら、コダマは死んだと思った次の瞬間にはこの洞窟で目を覚ましていたらしい。

この現象は転生、つまり生まれ変わりだと思っていたので、この話には驚いたらしいが、最終的には

「もしかしたら死んだ瞬間のことを覚えていないのかもしれないな。突然の事故だとか、あるいは思い出したくもないような死に方だとか……」

と言っていた。


「でも助かったよ。ミミックってのは個体数が少なくてなかなか同族に会えないんからな。そのめったにいない同族が同じ日本人なんだからラッキーだ」


確かに、しばらくさまよって色々な魔物を見たが、ミミックを見たのはコダマが初めてだ。

最初に会えたのが日本人だったというのは俺にとっても幸いだ。

状況の整理もしやすいし、色々と聞くことが出来る。


「ところで、俺ここに来てから何も食べてないんですけど、ミミックって何を食べてるんですか?」


コダマは、何から説明するか少し迷うようにしていたが、やがて考えがまとまったのか少しずつ話し始めた。


「モンスターがいることから考えてもこの世界がファンタジーな感じなのはわかるだろ?」


言葉は変だが言いたいことはわかる。

この洞窟は、さながらRPGのダンジョンだ。


「当然、魔法なんてものも存在している」


ここから後は説明が長かった上に散々話が脱線したので、大まかに情報をまとめることにする。


この世界には魔法があり、魔法を使うための力が魔力である。

この魔力は空気中に漂っており、なおかつ魔物も含むすべての生物が体の中に持っている。

よくある設定でわかりやすい。


さて、ミミックはなんやかんやその魔力を生命力として生きている。

なので呼吸をしていれば最低限生きることはできるが、それだけではエネルギーが少ないので魔物から吸収する必要がある。


魔物から魔力を取るには殺す必要はなく、そういう魔法を使う。


とまあ、大体こんな感じらしい。


魔力を得るために魔力を使うわけだが、まあこれは食べるために動くのと同じだな。


コダマに魔法の使い方を教えてもらって、魔物から魔力を吸い取る。


しかしここは重要ではないのでカット。


重要なのはここから。


「なあ、ソラ。ミミックがなんで宝箱みたいな姿してると思う?」

行動を共にするようになってからしばらくしたある日、コダマがこんなことを言ってきた。


「そもそもだ、人間がほとんど来ないようなところに宝箱が置いてあってアイテムが入ってるってのがおかしな話だと思わないか」


確かにそれはそうだ。

コダマによると、この世界にも人間はいるらしいが、この洞窟の中で見かけたことは無い。

だが、ミミックではない宝箱なら何度か見かけることがあった。

宝箱ってのは人工物のはずだし、人間がいないところに置いてあるのは不自然だろう。


「結論から言うとな、ミミックが宝箱なんだよ」


なんだかわけのわからないことを言い出した。

ミミックが宝箱なのは当然だろう。


と、こんな風にシラを切っても、察しのいい人ならもうわかってそうだな。


「まあ、俺はこっちに来てからお前より長いわけだけど。お前より先に一体、ミミックと会ってるんだよ。そいつは日本人じゃなくって純粋なミミックだったけどな」


純粋なミミックってなんだ。


「そいつと一緒にいた時、大型のモンスターに襲われたんだ。俺もそいつもすぐ箱の中にこもったから、どんな奴だったかはわかんねえけどな。とにかく、箱の中にこもってたら隣ですごい悲鳴が聞こえてな。その時は死んだかと思った」


コダマの声が、少し低くなった。


「しばらくしたら静かになった。箱の蓋を少し上げて周りを見ても、もう一体のミミックが箱の中にこもってるだけだ。助かったと思ってそいつに声をかけたんだが、反応がない。叩いても、揺すってもだ。これはおかしいと思って少し強めに揺らしてみたら、音を立てながら箱が後ろに倒れた」


そこでコダマは黙ってしまった。


たっぷり間を置き、コダマが重々しく口を開いた。


「倒れたとたんにふたが開いたんだ。中に入っていたのは動物の骨。それだけだった」

「それってつまり……?」

「ああ、あの大型の魔物に中身を食われたんだ。そして、多分持ち物を保管するために箱の中に入れてったんだろう。俺が食われなかったのは、あいつを食って満足したからだろうな。ラッキーだった」


衝撃だった。

しかし、同時に自分の中で納得がいった。


「その少し後、人間がやってきて、その箱を拾っていった。『中身はクソだけど中々いい箱だ』って言って持って帰って行った。あれには驚いたな」


要するに、宝箱というのはミミックが持って生まれてくるものなんだ。

貝殻のように、柔らかい中身を守るための硬い外殻。

その殻を、魔物が自分の物を入れるのに使い、それが宝箱となる。

あるいは、人間が持って帰り、宝箱として使っている。


つまり、ミミックが宝箱に擬態しているのではなく、宝箱の正体はミミックの空箱。


このよく出来たシステムには思わず感心してしまった。


しかし、この世界でミミックが生き残るのが相当大変らしいことも理解してしまった。

どうやら、出会う者全員敵だと考えた方が良さそうだ。



---------------



「正直、これは罰なんじゃないかと思う時がある」


何体か魔物を殺して魔力を吸い取り、ねぐらにしている場所まで帰ろうとしていた時。

不意に、コダマがぽつりと呟いた。


「罰?」

「ああ、六道輪廻ってあったろ?あれみたいなさ」


六道輪廻。

人間に限らずあらゆる生物が死後生まれ変わって別の生物になるっていう、仏教の話だ。

たしか生前の行いによって何に生まれ変わるかが決まるんだったか。


正直、馬鹿らしいと思った。


「ミミックに生まれ変わるって、どんだけ悪いことしたんですか」

大体、仏教の世界観の話なのに、ファンタジーな世界の魔物に生まれ変わるなんて。


仮にそれが関係ないとしても、だ。


これが生前の行いに対する罰だというなら、誰が見ていて、誰が悪だと判断を下したって言うんだ。


だが、そんな俺の考えなど全く知りもしないコダマは、そのまま話し続ける。

それは、まるで懺悔のようでもあった。


「ずいぶん親不孝したよ。やりたいことはあったけど、結局達成できずじまいで」


そこまで言うと、それきりコダマは黙ってしまった。

どうやら悔しさに身を震わせているようで、箱の上で蓋がカタカタと鳴っていた。

その目には、怒りと憎しみが浮かんでいた。

いや、目は無いけど。


わかるだろ?そういうの。





---------------



それにしても納得がいかないのは、死んでもいない俺がミミックに生まれ変わっていることだ。


当然だが死んだ覚えはない。

はっきりしている最後の記憶は、自転車に乗っているところだ。


いつもの道を、自転車で走って……。


そして、どうなったんだっけ?



「おい、こっち来てみろ」

記憶をたどっていると、コダマに声をかけられた。

コダマのいる方へ行き、岩の陰から指示された方をのぞき込むと、その先には複数の影がうごめいていた。


「あれは……人間?」

「そうだ、冒険者ってやつだな」

「この世界に来てから初めて見ました」


そこには三人の人間がいた。

男二人と女一人、それぞれRPGで見るような装備を身に着けている。


「話しかけに行きますか」

「こっちはミミックだぞ、宝箱になりたいのかよ」

「それは……」


確かに、それはそうだ。


「なら、やることは一つですね」

「ああ、このまま隠れてやりすご……」

「カース!!」


俺は、いつも魔物相手に使っている呪いの呪文を、冒険者たちに向かって唱えた。


目の前にいた三人が、苦しみながら倒れる。

呪いは魔物だけでなく人間にもしっかり通用した。

もう息は無いだろう。


「え……」

「これで安心ですね」


せっかく倒したので、魔力を摂取しておく。

人間の魔力は魔物の物とは一味違うな。

いや味は無いけど。感覚的に。


「お前、何やってるんだよ」

「え?ああ、先手必勝かなと思って……」

言いかけて、コダマの様子がおかしいことに気が付いた。


「カース!!!」

「!!??」


世界がゆがむ感覚。

呼吸が出来ない。


まずい、何をされた?

呪いをかけられた?

なんで……


「倉田……空……。偶然だと思ったてたけど。やっぱり、お前だったんだな」


何を言っている!?


こいつは、何故俺を殺そうとしている!?


俺は、ただ人間を殺しただけじゃないか。


「人生を投げ打って探してたやつと、こんなところで会うなんてな」

「何を言ってるんだ!?」

「覚えてないならそれでもいい。父さんも母さんも、復讐なんか望んでないだろうけどな。でもな、やっと会えたんだよ」


復習……!?

ああ、そうか……こいつは……


ミミックの呪いに充てられた俺は、反撃も出来ずにこのまま死んでいくのだろう。


ああ、死に際に走馬灯が見えるってのは本当らしいな。


人間だったころの記憶も浮かんでくる。


子供のころの帰り道、学生時代の悪友、詰まる呼吸、高揚、つまらない職場、圧迫感と開放感。そして、正面に見える、トラック。


ああ、でも、わからない。

一つだけどうしてもわからない。


コダマは、誰の子供だったんだろう。




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