第29話 俺と褐色美少女と引きずる想い

 急な逆プロポーズに、俺は一瞬気が遠くなりかけた。


 野生的な美を備えたセーラという少女は、恵まれた体格で女性らしい魅力に溢れた子だと言える。

 少し話しただけの印象に過ぎないが、多分彼女は正直者の良い子なのだと思う。

 普通に考えれば、こんな綺麗な女の子から結婚を……というか、将来を見据えて同棲を申し込まれるというのは、男にとって喜ばしいサプライズだ。

 セーラのようなしっかりした美人の奥さんが貰えるのなら、きっと世の男達から羨望の眼差しを受けるレベルだと断言出来る。


「番……か……」


 しかし、この話を飲んだとしても、俺も彼女も本当の意味で幸せにはなれないだろう。

 何故なら気が遠くなったその刹那、俺はこんなことを思ってしまったからだ。



 ──この子と結婚したら、ラスティーナのことを忘れられるんじゃないか……?



 ……そんな汚い考えを抱いてしまった男が、突然現れた目の前の少女を、本当の意味で愛していけるとは思えなかった。

 だってそれは、身寄りの無いセーラを利用することに他ならないからだ。


 自分の口でラスティーナに別れを切り出した分際で、俺の中での彼女の大きさが、日々浮き彫りになっていく。

 ふとした出来事の中で、ラスティーナと過ごした十五年の思い出が蘇ってきて……。

 従者の俺への扱いに対する、これまでの怒り。

 幼馴染の俺と彼女、二人で過ごした瞬間。

 それら一つ一つが思い起こされる度に、胃は痛むし、心まで掻き乱されてしまう俺が居る。

 だが──ラスティーナと最後に交わした、あの会話。



『あ、あたし……そんなつもりで言ったんじゃ……』

『じゃあどんなつもり? 俺のことなんて、何でも言うことを聞く都合の良い便利道具とでも思ってた? どうせそうなんでしょ、知ってる』

『ちっ、ちがっ……!』



 あの時、俺は怒りに任せて思いの丈をぶちまけた。

 俺が今までエルファリア家で過ごした十五年間という濃密な日々は、その全てが初恋の少女の為に捧げられた時間だった。

 死にかけていた孤児の俺を拾い、そんな俺と普通に接してくれた、世界で一番可愛くてどうしようもないお嬢様──俺のたった一人の幼馴染、ラスティーナ・フォン・エルファリア。

 俺の想いは実る気配も無かったけれど、それでも彼女を想い慕い、尽くしてきた事実は揺るがない。

 きっと俺は、後にも先にも彼女以外の女性ひとを愛せないのだ。

 ……だからここでセーラの手を取ることは、俺のこれまでのラスティーナへの想いを裏切ることになる。


 あんなに酷い言葉を投げ付けた俺を、彼女はもう見限っているはずだ。

 ならば俺は、その罰を背負って生きていく。

 生涯ラスティーナだけを想い、ラスティーナの幸福を祈って死んでいく。

 それこそが、大切な命の恩人を捨てた俺に相応しい人生だから。


「……れ、レオン。その……き、君の返事を、聞かせてはくれぬだろうか……?」


 不安げに、心細そうに尋ねてくるセーラ。

 こんな俺が彼女にしてあげられることなんて、たかが知れている。

 そうして俺は──




 *




「セーラちゃんって言うんだね? わたしはジュリで、こっちは妹のジーナ。今日からよろしくね、セーラちゃん!」

「う、うむ……よろしく頼む」


 ニッコリと微笑むジュリが、ぎこちない笑顔を作るセーラを温かく出迎えた。

 そう。俺は彼女を家に泊めさせずに、ひとまず村長さんの家に連れて行くことにしたのである。

 番という言い回しは独特であったものの、セーラは『同じ屋根の下に住む男女なら、結婚すべし』という教育を受けてきたのだろう。

 故郷を奪われた彼女はあらゆる面で追い詰められ、関わりの浅い俺に助けを求めるしかなかった。そうでもなければ、こんな見知らぬ男と突然結婚しようなんて思わないはずだからな。


「それではジュリさん、セーラさんのことをよろしくお願いします」

「困った時はお互い様だよ! レオンさんには西の森の件で助けてもらったし、行くあてが無い女の子を放り出すなんて出来ないもんね」


 村長さんの家は、村の中でも特に大きい。

 それにジュリとジーナちゃんの二人も居るこの場所なら、きっとセーラも心強いのではないかと思ったのだ。

 一度教会に預けることも考えたのだが、慣れない環境で神父さんと二人きりというのも気不味いかもしれない。となると、やはり同じ年頃のジュリが居るこの場所がベストだという回答に至ったのである。

 それに、釣りから帰って来た村長さんにそれとなく事情を伝えたところ、セーラの保護を引き受けてくれたのも大きかった。

 ……俺としても、いきなり女の子を自宅に連れ込むのは避けたかったしな。村で変な噂が立っても困るし。

 それに……ラスティーナのことを引きずっている限り、セーラを住まわせるのは無理だと判断したからだ。


「それじゃあセーラちゃん、そろそろ夕食の時間だから早く食べちゃお! お母さんが、セーラちゃんの為に張り切ってごちそうを作ってくれるって言ってたんだよね〜!」

「そ、そうなのか。かたじけないな……」

「気にしないでいいよ。じゃあレオンさん、また明日!」

「ええ、また明日。セーラさんも、今夜はゆっくり身体を休めて下さいね」

「あ、ああ……そうだな。君の気遣いに、感謝する……」


 そう言って別れの挨拶を済ませたのだが、玄関のドアが閉まる直前。

 こちらを振り返る寂しげな金色の瞳に、俺は何故だか既視感を覚えた。

 しかし、その理由は分からないまま。

 俺は漠然とした気持ちを抱えながら、家路につくのであった。

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