39:俺と彼女と帰省②




 眠気を覚えながら高速を降りれば、見慣れた田舎風景が広がっていた。


 地元まではだいたい車で四時間ぐらいの道のりだった。途中似たような帰省組の渋滞に巻き込まれたものの、おおよそ予定通りといえる道のりだった。


 車を走らせながら、周りの景色を眺める。


 青々とした森が広がる山並み。その山と山の間に広がる田んぼには、まだ青いが実り始めた稲が絨毯のように広がっている。それを横目に走る国道は、廃墟となった食堂がポツポツと点在しているぐらいで、飲食チェーン店すらないくせにコンビニだけは二軒もある。


 それでもまだ国道とついているだけあって、車の往来だけはそれなりにある。といってもそれなりだ。対面の二車線しかないからそう見えるだけで、四車線も六車線もある関東のバイパスに比べれば決して多くはない。一本脇道に入れば、ほとんど車が通らない道が続いている。


 俺が今住んでいる場所とは正反対の緑色の景色がそこにはあった。人工物より、自然の方が圧倒的に多い景色。そんな景色を眺めていると、帰ってきた実感が沸く。


 そんな色を眺めながら、もう暫く車を走らせていると実家が見えてきた。二階建ての一軒家だ。母親は、今ここに独りで住んでいる。


 庭に車を停め、案の定鍵もかかってない玄関を開ける。


「ただいま」


「あら、いらっしゃい」


 居間へのガラス戸を開けると、クーラーの効いた部屋で母親がテレビを見ていた。テレビの向こうでは、高校球児たちが甲子園のマモノに弄ばれながらも、熱闘を繰り広げている。


「時間かかったわねぇ。道混んでた?」


「ああ。まあ、そこそこ」


 居間の適当なところにバッグを置き、手に持っていた紙袋を母親に差し出す。


「はいこれ、おみやげ」


「あら、ありがとう。とりあえず休んどきなさい。ああ、でもその前にお父さんに挨拶してきなさい」


「ああ」


 居間とは反対方向の仏間に向かう。


 天井付近の壁には、俺のじいさんとばあさんと、ひいじいさん、ひいばあさん、そして父親の遺影が並んでいる。仏壇には、じいさんばあさんと父親の位牌が鎮座していた。


 俺はろうそくに火をともし、線香をつけて、鈴を鳴らし、手を合わせる。


 ただいま親父。今年も帰ってきました。


 少しの間だけそうして手を合わせ、火を消して居間に戻れば、テーブルに麦茶が置いてあった。


 一人には広い、長いこたつテーブルの一角に陣取りながら、声援の上がったテレビに視線を向ける。どうやら逆転されたようだ。落胆する応援団と、喜ぶ応援団が対比のように映し出される。


「しっかし、あんた今年も一人ねぇ」


「う……」


 麦茶で乾いたの度を潤していると、そんな痛いことを言ってくる。


「でも──今年はいい人が出来たみたいね」


「は……?」


 その言葉にドキリとする。俺は母親に一度も響花のことを話したことはないはずだ。


「なんで?」


「正月に来たときより肌つやがいいもの。あんたが急に健康を気にするとも思えないし。誰か健康に気を使ってくれる人でも出来たんだろうってねぇ」


「そんなに変わってないと思うけど……」


 自分のほほを触る。毎朝鏡を見てもいるが特に変わった気はしない。


「自分じゃわかんないものよ。そういうのはね」


 眉をしかめる。


「そういうもんか?」


「そういうものよ」


 そう言ってお袋は麦茶を飲み干した。

 

 人のささいな変化も、親になればわかるようになるものだろうか。俺も響花にそういう気づかいが出来るようになるのだろうか。


「さて、少ししたらお墓参り行くから、卒塔婆とか運ぶの手伝って」


「ああ、わかった」


 今年もいつも通りのお盆が始まった。





※  ※  ※





「ん?」


 丸山丸太は自分の車から、ちょうど実家に入っていく光太郎の姿を見た。しかし、その傍らにあの少女の姿がないことに首をかしげる。


 連れてこなかったのだろうか。連れてくればおばさん大喜びしただろうに。


 家が近所な事もあって、ちょくちょく顔を出している丸山は少し残念に思う。丸山自身も、その後の顛末とか聞きたく、話がしたいと思っていた。


 しかしこうして連れてこないのを見ると、二人の仲に何かあったのかと心配になる。


 そこから車で一分の自分の家まで運転しながら丸山はひとつの考えが浮かぶ。


 おせっかいかもしれないけどねぇ。


 そう思いつつも、スマホを取り出しある人物にメッセージを送る。


 ……何となくあの二人を見ていると応援したくなるのだ。


 それに、と丸山は口元をほころばせる。


 同人作家として、そのネタは見逃せないよねぇ。





※  ※  ※





 響花に実家に着いたことの連絡をして、墓参りに行って、戻ってきたら庭先で迎え火を焚いて、提灯に火を灯す頃にはすっかり日が暮れていた。


 一番星と共に様々な星が瞬き始める空を見上げて、響花はどうしているかなと思う。今日は一日バイトだと言っていたから、今頃バイト先でひーひー言っているだろうか。


 案外一人の時間にウキウキしているかもしれない。


 まさか本当に寂しがっているってこともないだろう。


 もしかしたら寂しがっているのは俺の方なのかもしれない。オフの時に、こうして傍らに彼女が居ないことに、なんだか違和感を覚えるくらいにはその存在が当たり前になっていたように思う。


 珍しくレスポンスの悪い響花のL○NEの画面を開き、先程から特にメッセージが届いてないことに少し肩を落とす。


 全く、人のことを言えた義理ではないなと思う。


 半年前正月に来たときには、独りでいることなんて気にも止めなかったというのに。ここ数ヵ月で色々と変わってしまったように思える。


 我ながら彼女に依存しているなとは思う。


 でも、それが悪いことだとは思わなかった。


「光太郎ー。ご飯できたわよー」


 網戸の向こう、居間に晩御飯を運んでいたお袋から声がかかる。


 居間に戻れば二人分にしてはやたら多い料理が並んでいた。


 湯気のたつご飯に、味噌汁。主菜は大皿に盛られた鶏の唐揚げ。副菜はこれまた大皿に盛られたサラダ。それに煮物、漬け物。


 響花の場合は主菜もそれぞれの皿に盛ってくるから、大皿から自分の分をよそうのは実家の時ぐらいだ。でも、これが家庭持ちの標準なスタイルなんだと思う。


「いただきます」


 手を合わせて、味噌汁を口に運ぶ。大根だけのシンプルな味噌汁は、やっぱり響花の作る味噌汁とは少し味が違っていて、慣れ親しんだ味だった。


「どう? 美味しい?」


「ああ、うん。いつも通りうまい」


「そ。よかったわ」


 料理の感想はそれだけのものであったが、それで十分ではあった。


 久々の母の味に舌鼓を打ち、たあいもない雑談を交え、晩御飯を食べ終わる。


 お風呂をもらい、上がる頃には夜十一時にさしかかろうとしていた。


 お袋はテレビを見ながら寝てしまったのか、クッションを枕にしていびきをかいていた。その体にタオルケットをかけてから、俺はクッションに背中を預ける。


「~~ふぁ」


 大きなあくびが出た。満腹になって、体も暖まったし、久々に長時間運転したからか、体が睡眠を求めているのだろう。


 いつもに比べれば大分早いが、寝てしまおうかと考える。実家にいるときぐらいのんびりと睡眠をむさぼっても良いだろう。


 布団を敷くかと腰をあげたところで──玄関のチャイムが鳴った。


「……?」


 こんな夜更けに誰だ? 回覧板? いや、それにしては遅すぎるな。


 少し警戒しながら玄関の明かりをつける。すると、玄関に立っている人物のシルエットがぼんやりとガラス戸の向こうに浮かび上がった。


 その、思いの外小さなシルエットに、とある少女の姿を連想し心臓が跳ねた。


 まさか、と思う。そんなはずはない、とも。


 だって俺は自分の実家の場所を彼女に伝えていない。


 駅から遠く離れたこの家は、歩けば軽く一時間はかかる。


 バカなと思いながらも俺は玄関を開ける。


「────な」


 最初、夢を見ているのかと思った。既に俺は寝落ちしていて、そんな俺が見た幻覚なのだと。


 しかし、虫のさざめきがが、遠くから聞こえるテレビの音が、目の前の人物の吐息が、あまりにリアルすぎて夢ではないのだと気づく。


 蛍光灯の薄い灯りに照らされたその下で、見覚えのある黒髪の少女が気恥ずかしそうに頬を染めながら俯いていた。


「お前、なんで……?」


 少女は──響花は、はにかみながら顔をあげる。


「え、えへへ。きちゃった」



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