33:俺と彼女は相思相愛?



 さて────。


 好きを自覚したところでどうしたものか。


 俺は響花がちゃんと俺のことが好きなのか、はっきりと聞いていない。


 いやまあ、好きでもない男の家に転がり込んできて、居候はしないと思うからとどのつまりはそういうこと──響花も俺のことが好きなのだろうとは思うのだけれども。


 しかし、はっきりとその口から俺のことをどう思っているか聞いたわけでもない。


 やはり言葉にされないと不安だ。しかしそれは──


 響花も同じか。


 一緒に晩御飯を食べている響花の横顔をちらりと見る。バラエティーを見ながらケタケタ笑っていた。


 いや、同じなんだろうか……?


 彼女のことだからもしかしたら深く考えていないのかもしれない。割と勢いだけで行動する子だ。しかし、それでも腹は据わっているというか、覚悟を決めて行動する子だとも思っている。


 それでも一歩、どこか踏み込みが足りないと思うのは……。


 響花自身どこか臆病なところがあるということ、か。


 行動力があるくせに肝心なところは一歩引く。矛盾していると言えなくはないが、それも響花らしさだと思うし、なによりそれが若さだと思う。


 だからこそ、その足りない一歩を踏み込んであげるのはこちらの領分だと思う。


 しかし、そのためにはどうするべきか。


 いっそ聞いてしまうか。俺のことが好きなのかどうなのか。


 …………。


 内心、ため息をつく。そんな度胸があったら年齢=彼女無しなんてやってない。とっくに身を固めていたと思う。


 というか──もしかして好かれてるかも、なんて自惚れを抱いたのも初めてだと気づく。


 色々と人生経験無さすぎだろ俺よ……。


 しかし彼女の性格を考えると、告白は俺からするべきだろう。人生経験がなくともそれが年上としての、せめてものプライドだ。


「──ちゃん」


 告るとしてもタイミングとか雰囲気とか必要だと思う。こんな飯を食ってる時に言うべき事じゃない……はずだ。


 どっかデートにでも連れて言うべきか。そう、最後は夜景の見えるホテルのレストランで──。


「光ちゃん」


 ──いや、それじゃプロポーズだろ!


 違う。飛躍しすぎだ。


 いくら響花相手でもそんなことやってしまえば気遣わせてしまう。


 もっとふさわしいやり方があるはずだ。


「光ちゃん!」


「……ん、おお? なんだ?」


 そこでようやく俺は呼ばれていることに気がついた。


「口、おべんと付いてるよ?」


 そう言って響花の手が俺の唇に伸び、ご飯粒をつまむと、


「ん」



 そのまま自らの口に入れた。


「…………」


 俺は首に手を置き、ため息をつく。


「え、なになに? そんな呆れた顔して」


「いやさぁ……お前、そういうところだよ」


 響花はきょとんとした顔で首をかしげると、


「なにか変なことした?」


 と、さも不思議そうに聞いてきた。


 自覚なしかー。


 こいつやっぱり何も考えてないだけなのでは? さっき俺が考えてた響花の性格論間違っているのでは? そもそも、俺は男として見られていないのでは?


 だから夏とはいえ薄着で無防備なのか。


 じゃあなんだ。どういう風に見ているんだ。


「どうしたのそんなにじっと見て……あー、もしかして私の美貌に見とれちゃったなー?」


 いつものように響花がからかうように俺の頬をつつき、しかしそれに俺は──


「あ……あー……」


 いつものような態度を返せず、自分でもわかるほど頬を熱くして硬直してしまった。


 いつもの俺であれば、やかましいと、その手を軽く叩いて終わらせていたはずだ。しかしこんなあからさまな態度をとってしまえば……。


「……ふぇ?」


 響花も戸惑いを見せ、同じように頬を赤くして硬直してしまった。


「…………」


「…………」


 気まずい雰囲気が流れる。


 なんと弁明しようか悩み、口を開きかけたところで──玄関のチャイムが鳴った。


 


◇  ◇  ◇






 チャイムは一度きりではなく、間を置いて何回か鳴らされた。


「俺が出よう」


 どこの誰だこんな時間に。もう夜の九時を回ってるぞ。立ち上がり、玄関に向かいながら訪問した相手に不満を抱える。だが同時に、気まずい雰囲気が払しょくされて助かったとも思う。


「はいはい、どちら様ですかー。何時だと思ってるんですかー」


 玄関のドアを開け、


「よっ、光太郎」


 熊のような髭面を見てすぐにドアを閉めた。


「ちょ! ちょっと待てよ!! なんで閉めるんだよ!」


 外からドアが叩かれる。くそ、近所迷惑か。


 観念してドアを開ける。


「なにするんだよぉ!」


 そのデブ声とともに、彼はその豊満な腹で俺をどついてきた。腹に押されてたたらを踏む。その隙に玄関に入り込まれる。質量で押してくるのは反則だ。


 響花の二倍以上はあるんじゃないかと思う横幅に半目を向けながら、俺は訪問した人物のあだ名を口にした。


「マル……なんで来た」


「はぁ? 行くってL○NE入れたじゃねぇかよぉ」


 俺がそう返すとマルは少しだけ怒った声色に代わる。


 あれ? そんな連絡来てたっけ。やべ、最近ずっと響花とのL○NE画面しか開いてないから見逃してたか。


「悪い。見てなかった。例年のアレ? もうそんな時期だっけ?」


「それ用のマスターアップ会やるんだよぉ。本番はもう少し先」


 本番じゃないのかよ。っていうかマスターアップ会? それだったら自分の所のサークル行けばいいのに。


「俺のところに来る必要とは……」


「んだよぉ! 友達だろぉ? たまには呑もうぜー」


 うっ。うっ。腹で押すんじゃない。ハート様か貴様。


「え。嫌なんだけど。帰ってくんね?」


「久々にあった友人に対して、反応がどちゃくそ冷めてぇ! そんなこと言わずに──ん? おお? おおお?」


 マルは何かに気がついたかのように俺の背後に視線を向けると、歓喜に近い声をあげた。


 俺の背後なんて一人しか思い当たる人物はいないわけで……後ろを振り返ると響花が顔を覗かせていた。


「あ、えっと……どうも」


 響花がマルに向かって会釈をする。


「女の子!? 光太郎の部屋に女の子ぉ!?」


「急に興奮すんな。ビックリするだろ……」


「いっやお前、これお前、どういうことぉ!? しかも若いし可愛いし! なんだ!? ついに犯罪に走ったのかっ!?」


 胸ぐらを捕まれてがくがくと揺さぶられる。


「んなワケないだろ。彼女が居候してるんだよ」


「いそ、いやそれ──同棲っ!?」


 マルが絶句する。


 硬直しているマルをよそに響花が近づいてきた。


「えっと、はじめまして。長島響花と申します」


「おおっ。いやいやご丁寧に。丸山丸太まるやままるたと言います。光太郎の幼馴染み兼友人やってます」


 マルのその言葉に響花はなんだか納得いった表情を見せる。マルというあだ名の由来に気がついたらしい。


「っていうか本当に若っ。えっ、いくつ? ──うわっ、光太郎なにす……押すなよぉ!」


「やかましい。呑みに来たんだろ。ほら、呑みに行くぞ」


 マルの言葉を無視して俺はその肥満体を玄関の外まで押し出した。


「こ、光ちゃん?」


「すまん。響花。ちょっと呑み行ってくる」





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