番外:おまけ的な何か①





「お?」


「や、おかえり」


 仕事が終わり、駅から出ると偶然にも制服姿の響花と出くわした。半袖のブラウスから伸びる細い腕にはパンパンに膨らんだスーパーの袋を持っており、買い物帰りなのがうかがえる。


「お仕事終わり?」


「ああ。今日は遅かったのか?」


「友達と遊んでたらちょっと遅くなっちゃった」


「なるほど」


 といっても比較的今日は早く帰れた。だから西に沈む太陽はまだ山陰に入ったくらいで、町が夜闇に沈むのはもう少し後だ。


 しかしだと言うのに周りがやたら暗く感じるのは……。


「なんか降ってきそうだね。早く帰ろっか」


 響花が頭上を見上げる。


 頭上には黒い雲が広がっており、時おりくすぶるような雷鳴が聞こえている。夏特有の夕立でも降りそうな天気だ。


「そうだな……」


 足早に駅を離れる。降り出す前に帰らないと。


 と、思ったときにはすでに遅かった。


 ポツリポツリと大粒の雨が落ちてくる。


「あれ? 振りだしてきちゃった?」


 響花は雨を受け止めるように手のひらを差し出し、空を見上げ、その瞬間──


 ──轟音が来た。


 数粒だった雨粒は急激に無数に増え、大粒の雨が、まさしく叩きつけるように屋根に、地面に、俺たちに降りかかってくる。


「ちょ、ちょおおおお!?」


 バケツをひっくり返したような雨……とはよくいったもので、瞬く間に俺たちの体を濡らしていった。


「うわっ、やっべーなこれ。駅まで戻るぞ」


 どしゃ降りの雨のなか、二人で駅まで走る。駅には急に振りだした雨に通せんぼされるような形で、何人かが立ち止まっていた。


 その一角に俺たちも混ざる。駅の屋根下に潜り込んで、俺たちはようやくひと息ついた。


「うわぁ……ひどい雨だね」


「確かタオルがあったような……お、あった」


 雨に濡れた鞄からタオルを取り出す。


「ほら、響花」


「わ、ありがと」


 響花の頭にタオルを被せ、代わりに響花が持っていたスーパーの袋を受け取った。


「あー、もー……服ビショビショ……」


 頭をタオルで水滴を拭き取りながら、響花が不満げな声を漏らす。


「まあ西の方は晴れてるし……一時的な通り雨だろ。直ぐに止むんじゃないか」


 俺は自分についた水滴をハンカチで払いながら言い、空から視線を戻して響花を見て──、


「んなっ!」


 ──硬直した。


「? どうしたの光ちゃん」


 濡れた髪先をタオルで押し当てながら、響花は小首をかしげる。


 雨に濡れた響花は、制服のブラウスが肌に貼りつき、その下の肌がうっすらと浮かび上がっていた。その細い肩も、そこから繋がる胸への稜線も、張り付いたブラウスでくっきり浮かび上がり、白い下着が透けて見えている。


 俺たちと同じように屋根の下で雨宿りしている人たちの中には男の姿もある。


 こんなちょっとエ──じゃなくてみっともない姿を他の男に見せるわけにもいかない。


「響花、ちょっとタオル貸して。あとこっち向け」


「へ? いいけど……」


 自分の姿に気づいていないのか、響花はポケっとしたまま俺にタオルを手渡してこっちに向いた。


 響花の肩を隠すようにタオルを被せる。


 背中はバッグがあるから肩をタオルで隠していれば大丈夫だろう。あとはこっちを向いていれば他人にじろじろ見られることはない、はずだ。


「? 光ちゃん?」


 響花はなんの事かわかってない様子だ。


 俺から言うのも気恥ずかしいが……彼女の耳に顔を近づけ、


「その……なんだ。見えてるから」


「!?」


 こそりと耳打ちする。


 俺の言葉を理解したのか、響花は自分の姿を見下ろすと、その表情が耳まで真っ赤になった。


「うわ……恥ずかしっ」


 肩に置いたタオルを両手で抱き寄せるようにして腕で胸を隠す。


「こ、光ちゃんその……」


「なんだ?」


「し、しばらく隠してもらっててもいい?」


「あ、ああ……」


 雨は本当に通り雨だったのか直ぐにあがった。


 それでも、人々が散らばるまでの十数分の間、響花は小さく縮こまって俺の影に隠れていた。

 




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