27:俺と彼女は一勝一敗




 風呂から上がると、先に風呂から上がった響花がベッドで寝転んでスマホを弄っていた。パッと見た感じ、L○NEで友達とでもチャットしているのだろう。


 それはいい。


 いつもの黒い髪をアップでまとめて通気性をよくしているのもいい。可愛い。


 しかしだな、タンクトップと、ショートパンツの姿は如何なものか。


 寝転んだ状態のタンクトップだと横からチラチラ、白い横乳が見えている。肩甲骨から腰まで浮かび上がった体のラインは細く、しなやかだ。そこから繋がるショートパンツから伸びる白い脚線美にはどうしても視線が吸い寄せられる。


 そう……この姿は目に毒過ぎる。


「響花。その、なんだ。今日は露出多すぎるんじゃないか?」


「え?」


 響花は俺の言葉に顔をあげると、


「そんなことないない。暑いしこれくらいが普通だって」


 と、苦笑し再びスマホに顔を戻した。


 冷房はつけてあるが、冷えすぎないように弱冷房にしてある。今風呂から上がったばかりの俺では少し暑さを感じてしまう。そんな程度だ。


 それは響花も同じなのだろうが……にしてもなぁ。遠回しに注意しておくか。


「響花。あのな、よく聞け」


「んー?」


 スマホから顔を上げずに、響花は生返事で応える。


「俺も、あー、そのなんだ。男な訳だから、そう肌を晒されると目のやり場に困るというか」


「んんー?」


 響花がスマホから視線をはずし、俺の方を見る。


 その顔はニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべており、俺はしまったと思った。


 これは、ブービートラップだ!


 響花は起き上がりベッドの上であぐらをかくと、覗き込むように俺の顔を見上げる。


「ほー。へー。光ちゃんは、もしかしてー? 私の体に欲情しちゃったのかなー?」


 くっ、こいつ調子にのりやがって……!


 しかし、俺の視線の先は響花の顔ではなくその先、タンクトップのU字カーブの奥に行ってしまう。Yの字の美しい稜線が全ての人間を魅了する。


 違うんだ。不可抗力だ。男じゃなくたって女だって見るだろ。


「あー!」


 自らの腕でその胸を挟んで強調しながら響花が悪戯っぽい声をあげる。


「今、胸見てたでしょ?」


「ぐ……」


 視線をそらすが、正直もう遅い。


「ほらほら、見てもいいーんだよ?」


「くっ……いや、お前なぁ! そういうコトしてたら、いつか襲われるぞ」


「誰に?」


「誰って……誰か知らないやつだよ」


「もう、心外だなぁ」


 響花に視線を戻せば、眉を逆立てて怒っていた。


「光ちゃん以外にこんなカッコ見せるわけないじゃん」


「俺ならいいのか」


「うん。あー、思い返してみれば私、友達の家に泊まった時もこういうラフなカッコしたことないかも」


「そうなのか?」


「うん。敦子……あ、友達ね。その子の家に泊まったときもちゃんとパジャマ着てたし……ほら、友達の家族の目もあるし」


「俺の目はいいのか……」


 こめかみを押さえてため息をついた。


「うーん、だってまあ……ワザとやってるし」


「おいぃ?」


 半目を向けると、彼女は舌を出して小悪魔っぽい笑みを浮かべた。


「でも、嬉しいでしょ?」


「お前な……」


「嬉しくないの?」


「…………しいです」


 響花の視線に負けて、俺は目を逸らす。


「ん? なんて?」


 小悪魔の笑みをいっそう深めて、彼女が聞き返す。


「嬉しいっていってんだよ!」


 膝をついてがっくりとうなだれる。なんだこの妙な敗北感は。


 脳内で試合終了のゴングが鳴る。3ラウンドTKO負け。勝者響花。決め手は十代の肌。


 畜生!


 男はな、可愛い女の子を見ちゃう本能があるんだよ! 肌の露出多くて嬉しくない野郎がいるものかよ!


「でも、これ以上露出あげるのは無しだぞ。親しき仲にも礼儀有り、だ」


「へ? これ以上露出って……何考えてるの、光ちゃんのエッチ」


 響花は腕で自らの体を守る様に体を隠す。今更だな、おい。


「お前こそ何考えたんだよ? 俺は、下着とかベビードールとか……」


「ベビードール?」


 聞きなれない言葉だったのか響花が首をかしげる。


 ベッドの上に置いていたスマホを手に取り、検索しはじめてきっかり十秒。その顔が爆発したように真っ赤になった。


「なにこれスケスケじゃない!? なんてもの考えてるのよっ!?」


「はぁ!? 今の格好とあんま変わらねぇだろ!?」


「全然違いますぅ! 変態! むっつりスケベ!」


「た、例えで出しただけだろ……」


 否定はできねぇけどさぁ!


 響花はジト目で俺とスマホを交互に視線を向け、


「光ちゃんはこういうのが好きなの……?」


「…………嫌いじゃ、ない」


「ふ、ふーん……」


 響花は口をへの字に曲げながらスマホの画面をスワイプさせ何かを探している。


「……無いとは思うが、お前、買うなよ?」


 そう言うと響花はビクリと肩を震わせた。


「かか、かかか買うわけないじゃない! もう、本当に変態なんだから」


 響花はベッドに寝転がると、俺から背を向けてしまった。


 どうやらご機嫌を損ねてしまったらしい。まあ、本気で怒っているわけではないだろうから。そのうち機嫌が直るだろう。


 俺は、やれやれとベッドに背を預けて座りこんだ。

 

 

 

 ◇  ◇  ◇

 

 

 

 

  二十分後。


 タブレッドで動画を見ていると背後で動く気配があった。


「光ちゃんなに見てるの?」


 どうやらもう機嫌が直ったらしい。


「ボクシングのフェザー級世界戦」


「ふーん……なんか意外」


 ベッドの下で座っている俺の肩に手が置かれ、頭上から響花の声が聞こえてくる。


 しかしなんか妙に頭が重いな……。響花の奴、頭でも乗っけてるのか?


「うへぇ、ボコボコにされてるじゃん。これ、面白いの?」


「よく見ろ。ボコられてるようでちゃんとガードしてたり、致命的なのは避けたりしてるんだよ」


「ふぅーん……よくわかんない」


 興味なさそうな声。まあ仕方ないか。


 しかし、この頭の重さ……響花の頭にしてはなんか柔らかいような。


「ん……」


 頭をほんの少し動かすと予想外の弾力のある感触が返ってきた。


 例えるなら、ただひたすらに滑らかな感触のするビーズクッションというか、でかいマシュマロというか、ちょっとたるんだ二の腕の感触というか────。


 いや、これ──ッ!


「胸を俺の頭に乗せてんじゃねぇ!」


 慌てて頭を動かしてその重量から逃れる。


「あ、ちょっと楽だったのに」


「人の頭を胸置きに使うな」


「男の人なら喜ぶかなと思って」


 素でそんなことを言うもんだからたまったものではない。


 しかし、俺は響花の言葉に首を捻りながら、


「いや、取り立てては」


 と否定した。


「そーなの!?」


 ガーンという擬音が聞こえてきそうなぐらい、響花はショックを受けていた。


「そりゃ、まあ、十代だったら胸踊るドキドキのシチュエーションだったんだろうが。俺もう三十代だし」


 そもそも一緒に寝るときに既に当たってるし。


「うーん、そっか。そっかぁ……」


 スマホを見ながら響花は落胆した声を出す。


 なんとなく、その行動でピンときた。


「いったい、誰に何を吹き込まれた」


「へっ!? な、ナンノコトデスカ?」


 白々しい……。おおかた友達あたりと、色仕掛けか何かの話にでもなったのだろう。


 俺はため息ひとつ付き、


「響花ならそんなコトしなくても、素で十分可愛いんだから必要ないだろ」


 俺はそう言うと──、


「──~~っ」


 響花は見るからに顔を赤く染め、ダイブするようにベッドの枕に顔を埋めた。


 そのまま何度か足をパタパタとさせると、枕に顔を埋めたまま、少しだけ顔を出し、なぜか俺を睨む。


 そして、


「ばか」


 そう一言だけ漏らして彼女は、ぷいっと顔を背けてしまった。


 どうやらまた機嫌を損ねてしまったようだ。


 が……精神的には勝利した。そんな気分だった。

 

 

 

 

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