虫のささやき

在宅勤務が続いたある日のこと

部屋の右隅にいた小さな黒い虫が男の脳に直接語りかけてきた。

「感じたことはありませんか?

 世の中に何一つ貢献していない自分がとてもみじめだと。」


男は聞こえないふりをしている

小さな黒い虫は語りかけ続ける

「今世の中には、何の役にも立たないと思う仕事をするために

 人生を浪費していると気付いている人が、大勢いるのですよ。

 あなたもそんな一人ではないですか?」


男は心を見透かされているようで気味が悪かった 

ここのところずっと悩み、重い気持ちで過ごしていたのだ

「誰のため 何のために仕事をしているのか

 この仕事がなくなってしまうと世の中で何か困ることがあるのか」と


男の心を知るかのように小さな黒い虫がささやく

「信じられないかもしれませんが

 実はボク達が、あなたがたを働かせ続けるために 

 無意味な仕事をわざわざ作り出し続けているのです。」

虫がニヤリとした気がした


男はなぜか腹が立ってきた 

「なんでそんなことをするんだ?」

責めるような口調になっている


小さな黒い虫は穏やかに答える

「あなたがたが食べていくためには、

 手やら何やらを動かして働いているように見えなくてはならないからですよ。

 これでもボク達いろいろ苦労しているんですよ、

 あなた方の無意味な仕事を作り出すのがボク達の仕事ですから

 感謝して貰はないと。」


男は無性に腹が立ってきた

机の上の資料の束を丸めて 小さな黒い虫の上に振り下ろした

虫は うっつ とうめいてぺちゃんこに潰れた


男は スッ として椅子に深く腰掛け深く息を吸い込んだ

すると 部屋の左隅に小さな黒い虫が現れささやいた

「感じたことはありませんか?」

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