竜の王子様と遠いところから来た女の子

有部理生

第1話

むかしむかし、とてもとおい北の国のお話です。

その国には勇敢な王さまと優しいお妃さまがいました。

二人はとても仲がよかったのですが、なかなか子どもができませんでした。

幸せに暮らしていた二人でしたが、それだけが心配ごとでした。

なにせ昔の話です。今なら夫婦ふたりきりで一生過ごしても誰にも何にも構わないのですが、その当時は王さまを継ぐものがいなければ国の皆が困ってしまうのでした。


それはそれとして、悩みに悩んだお妃さまは、夏のはじめのある日、昼下がりにお城のお庭を散歩していました。

すると、とても年をとったおばあさんにであいました。


「悲しそうな顔をしているね、どうしたんだい?」


おばあさんはお妃さまにたずねました。


お妃さまはとても悩んでいたところに城の中に見知らぬ人がいてとてもびっくりしたものだから、うっかり思わず


「言ってもしようがないことでございます。誰もわたくしの助けになってはくれないのでしょう」


と答えました。


「きかせてごらん、本当に無理なことどうかなんてわからないだろう? ことによっちゃぁ、わしがどうにかできるかもしれないよ」


おばあさんはやさしげにお妃さまをうながしました。あんまりやさしげにおばあさんが言うものだから、お妃さまも心を動かされて、暗い胸のうちをぽつりとうちあけました。


「……王さまとわたくしの間には子どもがおりません。わたくしにはそれがとても辛いのです」


「フム、もう悲しむことはないよ。それならわしの得意分野さ。よくお聞き、きょう日が沈む時、コップをふたつ、城の庭の北西のすみに伏せて置いときな。そして翌朝日がのぼったら、コップを開けてその下を見てごらん。片方には紅、もう片方には白いバラが咲いているはずさ。男の子が欲しかったら紅いバラを、女の子が欲しかったら白いバラをお食べ。ただし、絶対にバラを両方とも食べてはいけないよ。さもないと絶対後悔するからね――わしは忠告したよ。いいかい、食べるのはどちらか一方だけだからね! それを忘れちゃだめだよ!」


詳しくお妃さまの望みをかなえる方法を述べて、最後に大きな声で注意をしたおばあさん。


「何度感謝してもしたりません。ほんとうにありがとうございます!」 


お妃さまは心の底からお礼を言って頭を下げました。気が付くと、おばあさんの姿はみえなくなっていました。お妃さまは今のは夢だったのかしら、と一瞬ぽかんとしましたが、それでも心がすっと晴れたようで、足取りも軽く城に戻っていきました。


おばあさんのいったことを全部信じたわけではなかったけれど、苦しかったことを誰かにうちあけて、お妃さまの気分はずいぶんよくなっていました。


そこでその夜、本当に子どもをさずかるならと、お妃さまは女の人に言われた通りにコップをふたつ、城の庭の北西のすみの地面に伏せました。


そして一晩たった夜明けのころ、お妃さまはゆうべ伏せておいたコップを開けました。


するとなんということでしょう!


ひとつのコップの下に一本ずつ、きのうおばあさんが言ったとおりバラが咲いていたのです!


そう、おばあさんは魔女だったのです。お妃さまはびっくりしつつも、おおよろこびでバラをながめました。


さてどちらを食べましょうか、とお妃さまは悩み始めました。


女の子か男の子か。女の子ならお嫁に行ってしまう、男の子なら戦争に行ってしまう。なにぶん昔のことですから、お妃さまはそんなことを心配していました。


どちらもせっかくさずかる子どもと別れてしまいますものね。でもそれをいま考えてもしょうがないかもしれません。


さんざん迷ったすえ、お妃さまは女の子をさずかるという白いバラを食べました。


バラはとても甘くて、素晴らしく香りが良く、信じられないくらいおいしい味がしました。


お妃さまは紅いバラの方を見ました。こちらもきっとおいしいにちがいないわ。お妃さまの目が、キラリン、と光りました。


 このときお妃さまのあたまからは、おばあさんが最後に告げた忠告――バラを両方とも食べてはいけない――が完全にふきとんでいました。


 白いバラはそれほどおいしかったのです。


 こんどはゆっくり味わおう、とお妃さまは紅いバラに慎重に手をかけました。


 紅いバラを口に入れた瞬間、ようやくちらっとお妃さまのあたまの片隅に、魔女のおばあさんの忠告がよぎりました。


けれど、お妃さまはどうせそんなに悪いことなどおこりっこないだろう、とたかをくくりました。


そしてとうとう、紅いバラもむしゃむしゃと食べてしまいました!


やはり紅いバラも甘くて、天にも昇る心地の、とても素晴らしい味わいでした。



それからしばらくして、お妃さまは無事にふたごの子どもを産みました。


ふたごのひとりは玉のようにかわいらしくも元気な女の子――王女さまでした。


そしてもう一方は――ながいぐねぐねした体の、鱗をもった、いちおう王子さまであるらしい、蛇のようないきものでした。


その王子さまは、しなやかな蛇という意味のレンオアムと名付けられました……

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

竜の王子様と遠いところから来た女の子 有部理生 @peridot

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ