第8話_因縁決着_

「くそっ、こんなものいくら割れても…… 」


 屯田とんだは、ごんたちを見送った後、一心不乱に瓦を割っていた。


「自分はヒーローになりたかった、誰かを守れる男になりたかった。

 このザマはなんだ、子供三人を戦場に送って、俺は帰りを待つばかり! 」


 重ねた5枚の瓦が割れる。

 何度も繰り返したせいで、拳が赤くなっていた。


きたえて彼らに届くわけもないのに、未練みれんがましいぞ俺は! 」


屯田君とんだくんはもう既に、立派なヒーローだ。

 そんなに自分を卑下ひげすることはない 」


 屯田とんだかわらに拳を打ち付けようとする寸前、前腕まえうでつか制止せいしする人物が現れる。

 その顔を見て、屯田とんだは驚きと喜びの両方に満ちた表情となる。


「どうやら、小粒ながら良く育った戦士のようじゃな 」


 扉から姿を現したのは、腰が曲がった80歳の老翁ろうおう

 老翁ろうおうごんたちを見ると、嬉しそうに舌なめずりした。


「お前は何者だ?

 ここに戦力は残っていないはず…… 」


「自己紹介がまだじゃったな。

 ワシは黒鉄くろがね 有彦ありひこ、ゼウスに雇われた人間の武術家じゃよ 」


 老翁ろうおうは自己紹介すると、背筋を伸ばして立つ。

 構えてもいないのに、それだけで空気の色が変わった気さえしてくる。


「冗談はよしてよ、おじいさん。

 ここは雷人らいじん至上しじょうとする宗教の総本山、こんな場所に人間がいるはずが…… 」


「正ちゃん、後ろに跳べ! 」


 ごんの叫びに反応して、正一が全力で跳躍ちょうやくする。

 その時に初めて気が付いた、いつの間にか有彦ありひこが目と鼻の先にいたことに。


正一しょういち、気が付いてなかったのか?

 そのジジイ、歩いてお前に近づいてたんだぞ? 」


 竜也りゅうやの問いかけに、正一しょういちは首を横に振る。

 ごん竜也りゅうやの位置からは、老人がただ歩いて正一しょういちに接近するのが見えていた。


 そして正一には、のだ。


挨拶あいさつはこのくらいでいいかの? 

 今のは浮舟うきふね歩法ほほうと言うてな、じくをブラさずあゆめば、敵には間合まあいがはかれなくなるのよ 」


 有彦ありひこは、カラカラと笑う。

 ここで目の前の老人の脅威きょういを認識し、権たち三人はようやく構えた。


「そうじゃよ、それでいい。

 でなければ、面白くないからのう 」


 先陣を切ったのは、ごんだった。

 遠距離からの放電攻撃、しかし有彦ありひこには当たらない。


 老人が避けた、その放電は別の場所に命中していた。


「さっき見せた浮舟うきふね応用おうようじゃよ、君の認識より遠くにワシはおる。 

 ちっとは対応してみせんかい 」


「なら、こいつはどうだ!

 球電砲プラズマキャノン絶対包囲網オールディレクションズ!! 」


 竜也りゅうやの放った無数のプラズマ球が、有彦ありひこを囲む。

 プラズマによる包囲網を、有彦ありひこは興味深そうに見ている。


「ほう、これは中々考えられた技じゃ。

 少しばかり、骨が折れそうじゃな 」


 包囲網が狭まり、有彦ありひこの逃げ場を無くしていく。

 それが完全に閉じる直前、有彦ありひこが腕をスッと動かすと、プラズマの動きが制御され、包囲網に穴が開いた。


「なっ 」


 竜也りゅうやが技の制御で足を止めている隙を狙い、有彦ありひこが初めて攻撃を行う。

 人間としては速い、しかし雷人達らいじんたちの目には緩慢かんまんに見える一撃だった。


 その遅いはずの攻撃を、竜也りゅうやは何故かかわすことが出来なかった。

 人中(鼻の下)に右拳うけんを食らい、呼吸が乱れて膝をつく。


ごんちゃん! 」


 合図に応じて、ごん正一しょういちが同時に打撃を仕掛ける。

 亜音速あおんそくの同時攻撃を、有彦ありひこはゆっくりと動きながら、僅か一歩でかわす。

 そして伸び切った正一しょういちの腕に、有彦ありひこ自身のてのひらを触れさせる。


 正一しょういちの腕に加わったのは、紙切れ一枚をせられた程度の重さ。

 けれども、その力に抵抗ていこうすることが出来ずに、正一は空中で回転する。

 そしてごんを巻き込みながら、地上に落ちた。


 肉体的なダメージも大きかったが、権と正一はそれ以上に精神的な衝撃を感じていた。

 それは何より、その技に見覚えがあったからだ。


「ゆっくり動いてるのに、余裕を持った回避と、相手の力を利用した技。

 権ちゃん、これって……」


「ああ、“鎧”に対して深明しんめい先生が使っていた技と同じだ 」


「お主ら、やはり深明しんめいの弟子じゃったか」


 有彦ありひこが、嬉しそうにしている。


「お主らの動きは、あやつの物と似ておったでな。

 奴の動きは見切っておる、あれに及ばぬ貴様らの動きも、全て見切れるわい 」


「二つほど、訂正ていせいさせていただきましょう 」


 このタイミングで、扉を開けて入ってくる人物がいた。

 その姿を見て、三人は目を見開く。


「一つには、彼らの力はあなたにやぶれた当時の私を超えている。

 そしてもう一つは、貴方が見切っているのは動きではなく、呼吸だ 」


「「「深明しんめい先生!!! 」」」


 そこに立っていたのは、人質として捕まっているはずの、山中やまなか 深明しんめい本人だった。


「お久し振りです、黒鉄くろがね先生。

 政府の命令により、あなたと決着をつけに来ました 」


「ふん、あの頃よりは技が磨かれておるようじゃな。 

 それ、久方振りに稽古けいこをつけてやるから、おぬし研鑽けんさんを見せてくれ 」


 深明しんめいの姿を見て、有彦ありひこは初めて構えを見せた。

 左手は掌を下にへその前に置き、右手は手刀の形で喉元に突き付ける、独特の構えだ。


「残念ですが、時間の余裕が無いのです。

 ごん正一しょういち竜也りゅうや、力を貸してくれ! 」


「「「はい、先生! 」」」


 深明しんめいに呼びかけられた三人は、深明しんめいの元に集い構える。


「先ほど言いかけたように、あの技は攻撃直前の呼吸の変化を読み取り、最適なタイミングの回避を導き出すもの。

 同時攻撃では互いの攻撃タイミングが一致してしまう、だから必要なのは連続攻撃! 」


 深明が端的に、三人に指示を出す。


「ワシの技を食らってまだ動けたのか。

 さて、どこからでもかかってらっしゃい 」


 深明しんめいの指示に従って、三人は攻撃のタイミングをずらす。

 先に攻撃したのは、竜也りゅうや

 少し遅れて、かなり低い体勢で走ってくる正一しょういち


 右前蹴りを、有彦ありひこはすれ違うように右側面に入り込んでかわす。

 そして足をすくうように投げて、足首を捕まえに来た正一しょういちの背中に落とす。


 ごんの攻撃は、頭部へのタッチ。

 電流を流して、行動不能にするつもりだったが、肘を軽く叩かれて軌道きどうれる。


 ごんの背後に隠れるように、深明しんめいが接近している。

 有彦ありひこごんを突き飛ばし、深明しんめいの足を止めようとしたが。

 ここで想定と違うことが起きた。


 ごんが、あり得ない方向に吹き飛んだのだ。


 有彦ありひこは思い至った、雷人らいじんは強い磁力じりょくまとう。

 先ほど潰した竜也りゅうや正一しょういちが地面で、ごんが上で磁力を反発させあうことで、真上に飛ぶ力を生んだのだ。


 深明しんめいの頭上スレスレを飛んで、その向こう側に権は落ちる。

 そのおかげで、深明しんめい有彦ありひこふところもぐり込む。


 有彦ありひこは、右貫手みぎぬきて深明しんめいの喉を、深明しんめい右掌底みぎしょうてい有彦ありひこの右胸を狙う。

 腕が交錯こうさくし、肉を叩く鈍い音が聞こえる。

 貫手ぬきては首に触れる直前で止まり、掌底しょうていは右胸に届いている。


 有彦ありひこひざを付き、地面に倒れる。

 静かな勝利だった。


 深明しんめいは、即座に心臓に電流を流し、有彦ありひこ蘇生そせいする。


「何故止めを刺さん?

 ワシは、畳の上で死にたくない。

 戦場で戦士に殺される最期が良いのだ、深明しんめいならワシを超えてくれると…… 」


「私には、貴方を殺すことはできません。

 貴方に負けたからこそ、今の私があるのです 」


 深明しんめいに断られた有彦ありひこは、三人の方を見る。


「そこの三人、先ほどの連携は見事じゃった。

 君たちの中なら、誰に殺されても良い…… 」


 救いを求めるように、弱々しく手を伸ばす有彦ありひこ

 三人は見合って相談していたが、ごんが代表して拒絶の意思を示す。


「あんたの気持ちは俺にはわからねえけどよ、死に急ぐことはないんじゃねえの?

 それこそ、先生みたいに新しい弟子を取って、育てる生き方だって悪くないさ 」


 なにより、とごんは一呼吸おいて


「誰かが殺されれば、そこに憎しみの連鎖れんさが生まれる。

 それを止めるためには、誰かが殺しをやめる必要があるって、俺はこの旅の中で学んだんだ 」


 ごんの言葉を聞いて、有彦ありひこは涙を流す。


「殺してくれないなんて、お主らは残酷で厳しいのう 」


 言葉とは裏腹に、口元は嬉しそうにほころんでいた。(第8話 終)


 次回予告

 ついに権たちは、天真教三大使徒最後の一人、ゼウスの元にたどり着く。

 その恐るべき正体、そして真の目的とは?

 そして、権は両親と真の名前を取り戻せるのか?

「Nameless Hero」、ついに完結!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る