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つまらない就職活動をして、わたしはダンボール会社の事務の仕事に就いた。やりがい云々より、死ぬまでの時間をせめて社会の部品として潰せればよかった。両親はわたしがおっかけをやめて真面目に就職したことによって安堵していたようだった。
「お前が不良になったんだと思っていた」
父はそう言って笑っていたけれど笑う気にもなれなかった。
会社では音楽はそれなりに好きだとか言って、バンドの追っかけをやっていたことはひた隠しにして、会社で行くカラオケには流行の歌を歌わないで中森明菜の『少女A』を歌う。そうするとウケがいい。
わたしがいままで関わってこなかった「ふつうのひと」は“いいひと”が多かった。わたしはジンくんの前でやっていたみたいな笑い方をする。そうするとじぶんもいい人間になったような気になった。そのたび、ジンくんに感謝した。
わたしはほかのバンドに依存することはなかった。わたしはジンくんのいる「god-death」が好きだった。それ以外のバンドには興味が沸かなかった。だけど、彼らのやっていた音楽には真面目に向き合っていたつもりだった。
中学を卒業して十年経った二十五歳のときに、中学校の同窓会の誘いのハガキが来たので試しに行くことにした。わたしは大して似合っていなかったロリータ服を封印して、最近では雑誌に載っているモデルの真似みたいな服を着て、生活している。その服で行けば浮くこともないだろう。伸ばしっぱなしだった黒い髪を巻いて、濃すぎない化粧をする。
駅前の居酒屋に集合で、制服を着ていたときと違って、やたらカラフルだった。
「え? ほんとに玉置さん?」
男も女も関係なく、異口同音にそう言われた。
「地味だったよね玉置さん」
「でも高校デビューしたってきいたんだけど」
口々にそう笑いながら言われるのを笑顔で返しながら訊く。あの頃を黒歴史と自虐できるほどこころの穴は塞がっていなかった。わたしにとってジンくんの関わった思い出は何よりもかけがえのないものだったから。
思えばわたしは成人式の日も、「god-death」の名古屋公演と重なって「god-death」を取ったのだった。あの日のジンくんは紅い着物を着ていて、きれいだったな。
「よ」
ビールの入ったコップと瓶を持った植田が隣に座ってきた。
「ごめん、誰だっけ」
「わかんないよね。植田」
「ああ、植田」
そう言われても中学時代植田と話したことはなかった。
「何の仕事してんの?」
「ダンボールの会社の事務」
「へぇ」
植田はわたしのコップにビールを注ごうとして色からウーロン茶だと思って瓶を傾けるのを辞めた。
植田の顔はとりわけいいわけでも悪いわけでもない。白い肌に奥二重の目。似てる、と思ったわけではない。なんかいいなって、思った。ジンくんを好きになったときもこういう引力だった。わたしは植田との話を続ける。高校のこと、大学のこと。それから植田の話をきいていたらすっかり盛り上がって、終わった後に連絡先を交換した。
植田とそれから連絡を取り合うようになって、何度かデートを重ねて、東京で一人暮らししている彼の部屋にあがった。男の人の部屋というものにわたしはこの二十五年間、入ったことがなかった。植田が特別かもしれないけれど部屋には無駄なものがなく、本棚と机とベッド、部屋の端にはギターが立てかけられていてベランダには白い棚に植物が置かれていた。
「きれいな部屋だね」
「俺、A型だから」
彼は笑うと犬みたいだ。やっぱりジンくんとは違う顔。
ベッドの隣に座り、体を寄せてきた。こんな風に他人と近づくなんてライヴハウス以外でなかった。
「ギターやってたの?」
「うん。高校のとき軽音楽部だった」
ジンくんが死んだことによってほかの三人は活動休止を決め、いまではそれぞれに活動をしている。
わたしはこのひとにも「god-death」が好きだったことを言わなかった。
それからなんとも言い難い沈黙が続いて
「俺はきみのことが好きだ」
そうはっきりと告白された。わたしはいままで好きということがあったけれどそう言われることはなかった。植田のことは好きなのか明確ではなかったけれど、少しだけ愛されてみたいとも思ってしまった。いままで、愛されるなんてことを知らなかったから。
「付き合おう」
彼ははっきりとした男だ。やはり好きかもしれない。大きく頷いた。
手を繋いだのもキスをしたのも初めてだったし、男のひとと同じ布団の中に入ることもなかった。ジンくんは、誰かとこういうことしたのかな。何度か考えたけどやめた。植田は温かかった。ジンくんはいつも、冷たかったね。あなたを想う気持ちと同じようには無理だけど、このひとを、好きになってみたいよ。このひとは、なんでもないひとだけど。わたしと同じように。
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