神は死なない

霜月ミツカ

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 こころが痛いと感じたとき、血が流れればいいのに。

でも実際、痛みは透明であり続ける。どうにかして目で見えるようにするために手首に傷をつけてその血でひとは、安心するのかもしれない。

だけどわたしはそんなことができなかった。


こころが痛いというのを感じるたびどっかから血が流れないかなと思うだけ。でもこうやって痛いと感じるたけでいいのかもしれない。

 

 もしもこころから血が流れていたらとうの昔に出血多量で死んでいるから。


 ジンくん。こころのなかで呼びかけるとき、八歳も年上で、お互いのことは何も知らないのにそう呼んでしまう。

 

 ライヴのときは誰よりも大きな声で名前を呼ぶことができた。でもいまはそんなことができない。

 どんなに叫んでももう届かなくなってしまった。でも実感がわかない。元からあなたは存在しているようで存在していない気がした。

 何度会いに行ってもわたしは目であなたを捉えることができて、触れることができても、ライヴハウスを出ると夢から醒めたようで、実在していたことを実感できなかった。


「ぼくが死んでも世界は変わらないね」


 最期にリリースされたアルバムの最後の曲の最後の歌詞はそう締めくくられていた。


 四日前に彼が死んだことはヤフーのトップページのニュースで知った。


 いままでメジャーデビューのときも、はじめての渋谷公会堂の公演のときも一度もニュースになったことなどなかった。

 

 大切なことはファンの間だけで共有され、密かに喜ぶのだった。だからこうやって「god-death ヴォーカル ジン死去」という見出しがつけられていて、違和感でしかなかった。コメント欄に並ぶ「誰?」という文字を見て、わたしも誰? と思ったけれどそのあとサーバー落ちしつづけた「god-death」の公式ページにようやく繋がったとき、わたしが誰よりも愛したひとが、この世からいなくなったということを知った。


 予定されていたツアーがすべてキャンセルになったことで、わたしは痛みを体感する。会えると思っていたのに、急に会えなくなる。それも一度ではなく、一生。


 わたしはこの三日間、泣いて、泣き止んで、また泣くという流れを繰り返していた。アルバイトのときは考えないようにし、退勤して電車に乗った瞬間涙が汗のように出てくる。ふだんと違って感情が先行するよりも、現象が先にきて後から感情がついてくる。


 リリースがあってツアーが決まっているのに突然の自殺だといろんなファンのひとがブログで言っていた。でもわたしは密かにその予兆を感じていた。だからこそ、それが当たってしまって悔しかった。ジンくんが削れていく、徐々に殺されている。それをわたしの愛では止めることができなかった。


 もっと好きだと伝えていれば死ななかったんだろうか。もっと、愛を伝えていれば死ななかったんだろうか。


 わたしがどう働きかけてもそれは止められなかったような気もする。わたしはただひとりのファンでしかないし、ジンくんは結果、生きることよりも死ぬことを選んだ。彼は、たくさんのひとの愛を信じきることができず、ひとつの死を選んだ。


 よく自殺する勇気があるなら生きる勇気に変えればいいということを訊くけれど、生きるということと死ぬことは同じ線上にあるように見えて、そのエネルギーは根本的にまったく違うような気がするし、生きているのにいろんな理由があるように死ぬのにも理由がある。そう思っているのにやっぱりわたしの単純な感情で寂しかった。


この思いに慣れるのに何年かかるだろう。


 あなたがいなくなることでこんなにもたくさんのひとが悲しむけれど、それが想像できないほどあなたは馬鹿じゃないし、きっと、この悲しみよりも大きなものを持っていたんだろうね。


 でもジンくん。わたしはこの先どうやって生きればいいのかな。

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